2009年11月8日日曜日

Blue Monk

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----- Jazz Story #12 -----

  「Blue Monk」 水城雄


「あなた、ひとつ聞いていい?」
「なんだ」
「あなた、あたしと結婚してから、浮気したことある?」
「おいおい、なんだい、唐突に」
「いいから、答えて」
「なんでこんなときにそんな質問に答えなきゃならないんだ」
「こんなときからだからこそ、教えてほしいのよ」
「待ってくれよ。おまえ、いまのこの状況、わかってんのか?」
「もちろんわかってるわ。もうどうしようもないってことぐらいね」
「まあ、それはそうなんだが……」
「だから、教えて。いいじゃない、もうあたしたち、終わりなんだから」
「終わりだからこそ、もっと有意義な話をしようじゃないか」
「有意義な話って、どんな話よ」
「それはその……あれだ」
「こんなことになって、いまさら有意義もなにもないじゃない。どうせ死ぬのよ、あたしたち」
「おい、それをいうなって」
「だって本当のことだからしようがないじゃない。現実を直視しなきゃ」
「わかった。現実を直視しよう。だから、昔の話なんか持ちだすのはやめろ。
どうしようもないだろう?」
「知っておきたいのよ、死ぬ前に」
「知ってどうする。どうせ死ぬんだ。知っても、その記憶は闇に消えるんだ。
どうせ消える記憶なら、清らかで美しい記憶のほうがいいだろう」
「あなた……」
「なんだ」
「そうやって話したがらないってことは、つまり、浮気したことがあるのね」
「なにいってんだ。あるわけないじゃないか」
「ほんとのこといって。どうせもうすぐ死ぬのよ。いまさらあたしに嘘ついてもしかたがないでしょ。最後に本当のことをいってよ」
「だから、浮気なんかしてないっていってるじゃないか」
「そうやって逃げるのね」
「逃げてなんかいないって。どうやって逃げるっていうんだ、こんなところから」
「そうね。外は真空だもんね。そしてエアーの残り時間はあと一時間」
「そういうことだ。いまさらあれこれいってもしかたがない。おれが浮気したことがあるかどうかなんて、どうでもいい問題なのさ」
「やっぱりしてたのね、浮気」
「してないって」
「なんだか熱いわ、あなた。息苦しいし」
「空調がおかしいんだ。酸素も残り少ないし」
「どうしてこんなことになっちゃったんだろう」
「わからない。すべて順調にいっていたのにな。コンピュータが暴走して、軌道をはずれてしまった」
「コンピュータなしじゃなにもできないのね、人間って」
「頼りすぎてたのかもしれないな」
「いまごろは無事に火星に到着して、植民地のみんなに再会しているはずだったのに」
「…………」
「ねえ、さっきの話だけど」
「浮気のことなら、ノーだ」
「…………」
「なあ、この曲、だれが演奏しているか知ってるか?」
「知らない。あなたはジャズ、あたしはテクノ。いつも違う音楽を聴いてたじゃない。いまはあなたに妥協してあげてるのよ」
「それはどうも、ありがとう」
「だれが演奏してるって?」
「モンク。セロニアス・モンク」
「ふーん、知らない。何歳くらいの人?」
「もう死んだ。ずっと前に死んだ。一世紀も前に死んだ」
「そうなの。なんか変な演奏」
「じっくり聴けばよさがわかる」
「そうね、じっくり聴けばね。でも、もうそんな時間はないわね、あたしたち」
「ああ……」
「浮気の話なんか持ちだしたりして、悪かったわ。いまさらそんなこと聞いても、しかたがないもんね」
「まあな」
「あたしの人生って、いったいなんだったんだろう。あなたのこと、なんにもわかってなかったような気がする。このピアニストのことだって、全然知らなかったし」
「それはお互いさまだよ。でも、そんなことをいまさらいっても、しかたがない。もうすぐ、おれたちはふたりとも死ぬ。人はみんな死ぬんだ。セロニアス・モンクを知ってる人も、知らない人も、みんな死ぬ。モンクもちゃんと死んだ」
「でも、彼はいまもこうやって聴いてくれる人がいる」
「その人間も、やがて死ぬ」
「…………」
「まんざら悪くもなかったよ」
「え?」
「きみといっしょにいられて、よかった」
「あたしもよ」
「いまもだ」
「うん」
「ほら、見てごらん。しし座のほうで流星が生まれているよ」

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