2009年11月21日土曜日

京都という街へのタイムスリップ

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----- Urban Cruising #15 -----

  「京都という街へのタイムスリップ」 水城雄


 山中越えで京都にはいろうと、大津の競輪場で右折した。
 161号線バイパス、という表示が目にはいる。こんな道は知らない。が、山科から東急インと都ホテルを左に見ながら、東山五条に降りていくとき、10年という歳月のへだたりが瞬時にして消えるのを感じた。

 結局、161号線バイパスに乗ったのは、道をまちがえたということになるのだ。そもそも、山中越えで京都にはいるつもりだったのだから。
 ところが、ついつい同行の女性にいいところを見せようと、知ったかぶりをよそおってバイパスに乗ってしまった。
 こんな道、いつできたのだろう。
 そういえば、湖西道路にしてもそうだ。かつては敦賀から琵琶湖の西を通って京都にはいるには、161号線一本しかなかったのだが、湖西道路などという自動車専用道路ができていて、驚かされる。その161号にしたところで、あちこちの町でバイパスができていて、ずいぶんと走りやすくなっている。
 たった10年という歳月で、こうも変わってしまうものだろうか。
 が、まちがえて乗った161号バイパスが山科で1号線と合流するあたりから、わたしの記憶は7年前と一致しはじめた。
 渋滞した山科を抜け、東山を京都市街にむかって降りはじめたとき、頭のすみで「右に寄れ」という声がする。
 やがて標識があらわれた。東山五条右に寄れ、とある。身体が、神経が街を思いだしはじめている。変わっていないな、と思う。
「3年ぶりぐらいかしら」
 と同行の女性が助手席でいう。
「観光ですか?」
「ええ。友人と」
 彼女の3年とわたしの10年。
 彼女の3年には歳月がつめこまれているが、わたしの10年はいま、どこに行っってしまったのだろうか。

 グランドホテルを予約してあった。
 夕方のラッシュをかいくぐり、ホテルの駐車場まですんなり車を乗りいれると、同行の女性がいった。
「慣れてらっしゃるのね」
「住んでたんですよ、この街に。8年ばかり」
 わたしは白状した。
「道理で。すいすいと運転されるんだなと思いました。さぞかし、なつかしいでしょうね」
「そうですね」
 わたしはうなずいたが、なつかしいという言葉ではいまの感情をいい表せないことがわかっていた。
 泊まったことはないが、このグランドホテルは多少知っていた。学生時代の皿洗いのアルバイト。妻とはじめての海外旅行に出かけたときは、ここから空港行きのバスに乗ったものだ。
 そんなことを、宿泊の予約をしたときにはまるで思いださなかったのに、ここへやってきたとたん、次から次へと思いだしはじめた。
 街、あるいは建物自体が、記憶を呼びおこす引き金になっているようだ。いや、記憶が呼びもどされたというより、感覚としてはわたし自身が10年前にそっくりそのままタイムスリップしてしまったようだった。
 チェックインし、それぞれの部屋に荷物を置くと、地下の〈たん熊〉で夕食をとった。まずしかった8年の間、決して口にすることのできなかった京の味覚だ。
「明日の仕事の成功を祈って」
 同行の女性がグラスを持ちあげた。

 コマーシャル・ヴィデオのロケの下調べのために、わたしたちは嵯峨野に車を向けた。
 秋も深まり、また平日ということもあって、観光客はまばらだった。
 車を丸太町の駐車場に置き、嵯峨野の細くまがりくねった道を、ゆっくりと歩いてのぼっていった。
 かたまって歩いている修学旅行らしい高校生のグループがいる。気のあった仲間で来ているらしい主婦のグループがいる。
 そういえば、わたしも学生時代、同級生3人でここへ来たことがある。男ばかりで来たものだから、アベックにずいぶんあてられて、つまらない思いをしたものだ。
「この角度から見た風景、使えると思いません?」
 ふと気づくと、彼女は持参したコンパクトカメラを構え、古びた竹の垣根を撮ろうとしている。
 そうなのだ。仕事なのだ、これは。感傷にふけっている時ではない。
 落柿舎、念仏寺、大覚寺と、わたしたちはロケの下見をすませていった。
 すっかり歩きつかれて、みやげ物屋にはさまれた喫茶店のひとつで、わたしたちは休むことにした。
 だしぬけに彼女がいう。
「いつもとちがう顔をしてらっしゃるのね」
「そうでしょうか」
 わたしはつるりと顔をなで、照れかくしにコーヒーを飲んだ。
 窓の外を、手をつないだ制服の高校生が通りすぎていった。

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