2009年11月19日木曜日

ひとり、秋の海を見る

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----- Urban Cruising #16 -----

  「ひとり、秋の海を見る」 水城雄


 偶然うまく焼けたパウンドケーキのように晴れあがった秋の日、ひとりで出かけた海岸は荒れていた。
 砂浜の手前で車をとめると、フロントガラスが波しぶきで白く曇った。

 だれだってそういう時があるだろう?
 生きていることに疲れ、いやけがさし、ふいにひとりになりたくなる。
 いろんなことが思うようにいかず、トラブルが続き、雑用ばかりがたまっていく。
 体調はぐずつき、部屋は散らかり、食べ物もおいしく感じられない。家族との会話も、なんだかすれちがいばかりだ。
 彼女が元の上司と親しげに歩いていたという噂を同僚から聞いたとき、ぼくはひとりになりたくて海に向かった。
 いつだってそうなんだ。車に乗り、ひとりになると、海に向かってしまう。海が近くにあってよかった、と思う。
 こんなに天気がいいのに、海はひどく荒れていた。
 砂浜には、見たこともないほど深くまで、波が押しよせていた。とがった波頭が、海からの強い風で白く泡だち、飛沫を空中にはねあげている。こまかい飛沫が、かすかに、ぼくの立っているところまで飛んでくる。
 こうやってしばらく立っていれば、髪はしょっぱくなり、肌はベトついてくることだろう。そんなことは、ぼくには気にならない。
 サーフィンをしている若者が、はるか沖に見えた。そのあたりでは、波が急激に海から立ちあがり、まるで絶壁のようにそそり立ってくるのが見える。その絶壁を、ウェットスーツを着た若者が、ころげおちるようにしてすべりおりてくる。
 晴れた空に荒れた海。
 一枚の板きれを武器に波とたたかう若者たち。
 みょうに心さわぐ光景だ。

 沖で急激に立ちあがった波は、不規則な線をえがきながら燈台のある突堤に向かってやってくる。
 突堤にななめにぶつかった波は、思いがけず高くしぶきを打ちあげる。いつもなら突堤の上を燈台にむかってぶらぶらと歩いていくのだが、今日はとても歩けそうになかった。ふだん、かならずひとりやふたりいる釣り人の姿も、今日は見えなかった。
 なにも彼女をひとりじめしようなんて、考えているわけではない。それほどまでぼくたちの関係は発展していない。ときおり会い、お茶を飲み、仕事の愚痴をこぼしあい、ときには映画をいっしょに観る程度の仲だ。
 でも、ぼくにはいま、彼女以外、女友だちと呼べるようなものはいないし、彼女のほうもそういったはずなんだ。会えばいつも元気な顔を見せてくれるし、別れぎわには「楽しかったわ」といってくれた。
 仕事がきつくなりはじめたこのごろ、せめて彼女の声を電話で聞くのが、ぼくにはなによりうれしかったんだよ。
 あの噂はほんとうなんだろうか。
 まあいい。いまはそんなことを考えるのはよそう。
 波は、ほとんど水平線をかくしてしまうほど、高くそそり立って、こちらに向かってくる。
 頭上では、強い風にさからって、カモメが羽をピリピリ震わせながら飛んでいる。

 夏には浜茶屋があったあたりも、いまはすっかり片づいている。
 打ち上げられた大きな流木のひとつに、ぼくは腰をおろした。波もここまではとどかない。
 ということはつまり、この流木をここまでうちあげるような高い波のときがあったってことだろうか、とぼくは考えた。先日の台風のときだろうな、きっと。
 そういうことをとりとめもなく考えるのは、楽しかった。仕事上のトラブルのことや、散らかった自分の部屋のことや、まずい昼食のことや、うそかほんとうかわからない噂のことをくどくど考えるより、波のことを考えているほうが、よほど楽しかった。
 流木に腰かけて波をながめていると、犬と少年がふいに視界の中にはいってきた。犬は、少年の祖母だろうか、ひとりの老女にロープで引かれている。というより、老女を引いているといったほうがいいだろうか。
 老女は、困ったような、それでいてうれしいような笑顔を浮かべながら、身体をうしろにそらせるようにして歩いている。
 まだ子犬だった。生後四、五か月といったところか。少年のほうはたぶん、小学二、三年だろう。子犬とそっくりなキラキラした目をしている。
 子犬が砂浜に穴を掘りはじめた。小さな前足でさかんに砂をはねあげながら、どんどん掘っていく。少年もその穴掘りを手伝いはじめた。
 老女はそのかたわらに立ち、海の方角をじっと見つめている。
 ぼくも海に視線をもどし、つまらない噂のことなど考えるのはよそう、と思った。
 沖を、大きなタンカーがゆっくりと横ぎっていくのが見えた。

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