2009年11月15日日曜日

タイム・トラベラー

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----- Urban Cruising #23 -----

  「タイム・トラベラー」 水城雄


 どこまでも続くまっ白な雪原。
 樹木の枯れ枝に咲いた雪の花が、冬の陽光の中できらめいている。
 その樹木のあいだを縫うようにしてテンテンと続いているのは、野ウサギの足跡だろうか。

 年に一度、わたしは時間旅行をする。
 大晦日、12月31日の午後11時59分、わたしは時間旅行者となって、自分の過去へとさかのぼるのだ。
 いまもわたしは、自分の書斎の椅子にもたれ、手にスコッチのグラスを持って、その時が来るのを待っている。
 お気にいりの部屋。
 お気にいりの音楽。
 お気にいりの飲物。
 ゆったりとしたぜいたくな気分の中で、わたしは時間旅行を楽しむための心の準備をしている。

 いつのことだろう、はじめて時間旅行を経験したのは。
 それは神のおぼしめしだろうか、あるいは神の気まぐれか、ふいにやってきたのだ。数年前の大晦日、いつものように家族と年越し蕎麦を食べながらテレビを見終わり、ひとりのんびりと入浴しているときだった。
 気がつくとわたしは、20歳にもどっていた。
 20歳のわたしは、寒い風に身をちぢこまらせて、自転車をこいでいた。見おぼえのある街だった。当然だ。そこはわたしが20歳のとき住んでいた街なのだから。
 わたしはこごえそうになりながらも、懸命に自転車をこいでいた。寒くてしようがないというのに、なぜか幸せな気分だった。手は冷たくかじかんでいたが、首に巻いたマフラーが暖かい。そうなのだ。このマフラーは、きみが編んでくれたものだ。クリスマスにきみがプレゼントしてくれたものだ。
 横断歩道にさしかかると、ちょうど信号が赤から青に変わった。わたしはとても幸せな気分だった。そうだ。これから君に会いに行こうとしているんだ、わたしは。
 そんなことがあったのを、数年前の大晦日まですっかり忘れてしまっていた。
 それが最初の時間旅行の経験だ。
 それ以来、毎年わたしは、いろいろな時間に旅行してきたものだ。
 今年はどこに行くことができるのだろうか。

 年に一度の時間旅行者となって以来、わたしは自分のさまざまな時代、年齢に旅行してきた。
 あるときはまだほんの五歳の自分へと旅した。五歳のわたしは、いまはもういない父親の膝にまたがって遊んでもらっていた。父親はまだ若く、いまのわたしとほぼ同じ年齢のたくましい男だった。父親はわたしに顔をこすりつけ、ごわごわした髭でわたしを痛がらせて喜んでいた。
 またあるときは、中学時代のわたしへと旅した。高校受験が間近にせまっていたわたしは、机にかじりついて英単語を暗記しようとしていた。わたしの背後にはストーブがあたたかく燃えており、わたしは必死になって睡魔とたたかっていた。部屋のドアがひらき、母親が夜食を持ってはいってきた。夜食のラーメンには、わたしの好きなもやしがたっぷり乗っかり、スープからはいい匂いの湯気が立ちのぼっていた。
 またあるときは、ほんの数日前のわたしへと旅したものだ。
 わたしはぬくぬくと布団にくるまり、目ざめようとしていた。妻がわたしの身体を揺すり、なにごとかをしきりに話しかけている。わたしはそれを聞くともなく聞いている。妻はわたしに、早く起きないと会社に遅れるわよ、といっているのだ。そのほかに、息子が昨日幼稚園でしでかしたいたずらの報告もしている。わたしは聞いているのだが、そのことは数日たつとすっかり忘れてしまうのだ。
 さて、今年はどこへ行くことができるのだろうか。どの年齢、どの時代へと旅することができるのだろうか。
 期待に胸をふくらませながら、わたしはスコッチをちびちびすすり、その時が来るのを待っている。

 時計の長針がほとんど真上を指そうとしている。
 今年もあと数分で終わりだ。新しい年がはじまろうとしている。しかし、わたしはその前に、時間旅行を経験してくるのだ。
 わたしはいま、去年の時間旅行のことをなつかしく思いだしている。
 去年の大晦日も、やはりいまと同じように、この書斎で時間旅行を経験したのだった。ただしスコッチではなく、確かブランディを飲んでいた。
 気がつくと、わたしはまっ白な雪原に立っていた。雪原にはところどころ、枯れた樹木が立っており、枯れ枝には雪がつもっていた。妙に暖かな光景で、雪原を横ぎる野ウサギの足跡を、わたしはずっと目でたどっていた。
 空には雲ひとつなく、冬の太陽がすべてをくっきりと照らしだしていた。ときおり枯れ枝から雪が音もなく落ちるのが見えた。雪が落ちるたびに、風に飛ばされた破片が空中に舞い、キラキラと光を反射している。
 その光景に見とれているぼくの横に、だれかが立った。
 顔をそちらにむけると、そこにはきみがいた。
 やあ、きみか。
 なつかしいね。
 忘れてはいないよ、この顔は。
 わたしの心の奥底で眠っていたなつかしい記憶が、いっきによみがえるのを感じた。そうだ。ここは、学生時代、きみとやってきた冬山だ。ほかにも何人かの仲間がいたんだっけ。みんな、どこに行ったのだろう。もうスキー場に出かけてしまったのかな?
 まあ、そんなことはどうでもいい。いまはこうやってきみとふたりきりで、まっ白な雪原をながめていられるのだから。
 時計の針が今年の終わりを告げようとしている。
 わたしはひとり、わたしがこれまでに歩いてきた道に乾杯しようと、グラスを持ちあげた。その瞬間、いつものように時間旅行がはじまった。
 さて、今年はどこに行くことができるのだろう。

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