2009年11月4日水曜日

サンタの調律師

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----- Urban Cruising #22 -----

  「サンタの調律師」 水城雄


 そのちいさな講堂にはいっていくと、まず大きなクリスマス・ツリーが目にはいった。
 イルミネーションが不規則に点滅している。
 イルミネーションの前では、子供たちが元気よく駆けまわっている。

 講堂にはいっていったわたしをはじめは気にもとめていなかった子供たちも、わたしがピアノのそばに行き道具箱を広げると、たちまち興味を示しはじめた。
 床に膝をつき、道具箱の中身を出してならべていると、講堂をかけまわっていた子供たちのほとんどが、わたしのまわりに集まってしまった。
「おじいちゃん、これ、なに?」
 とりわけ好奇心が旺盛で活発そうな女の子のひとりが、わたしにたずねた。
 わたしはその子を見た。
 膝をついているわたしと、目の位置がほとんど同じくらいだ。母親にゆってもらったのか、長い髪をきれいなおさげにして、赤いリボンを結んでいる。
 わたしはこたえた。
「これはね、調律の道具なんだよ」
「チョーリツってなに?」
 女の子はたたみかけるように聞いてくる。
「調律っていうのはね、狂っているピアノの音を、ちゃんと元にもどしてやることさ」
「でも、このピアノ、狂ってなんかいないよ」
「よく聞くと狂っているのさ」
 わたしは立ちあがり、アップライト・ピアノの天蓋、前板、それから下の板などを取りはずし、弦の部分をむきだしにした。
 子供たちのあいだから、歓声があがる。
 毎年、クリスマス・イブになると、この幼稚園にやってきて、ピアノを調律するのが、わたしのなによりの楽しみなのだ。

 イルミネーションの前で、わたしは仕事をはじめた。
 ちいさなハンマー、音叉、共鳴を抑えるためのゴムのクサビ、弦を巻きあげるためのドライバー。
 椅子の上にならべられたそれらの道具に、子供たちは鼻をこすりつけるようにしている。
 わたしはゴムのクサビを弦の間に打ちこんでから、おもむろにまん中のAの音を鳴らした。それから音叉を膝にたたきつけ、ピアノの共鳴板の部分にあてがう。澄んだ正弦波の音が、ピアノの音にからまる。
 ドライバーで弦をしぼり、最初の音を合わせた。
 まわりでは、子供たちが興味シンシンでわたしの一挙手一投足を見守っている。加えて、なにごとかを口ぐちにしゃべりあっているが、音を合わせられないというほどではない。
 これで、神経質だった若い頃なら、幼稚園の先生に頼んで子供たちを遠ざけてもらったろうが、いまではむしろ子供たちがまわりにいてくれたほうが、仕事は楽しい。
 そういえば、わたしの息子にもこのような時期があったのだ。あの頃はまだ子供が多くて、町内にも子供会などというものがあった。子供会でクリスマスをしたことをおぼえている。わたしをはじめとする父親たちが交代で、サンタの役をさせられたものだ。子供の人いきれでむんむんする集会場で、あの服装をしているのはかなりつらかったものだ。
 わたしももう、このくらいの孫がいても不思議はない年齢になっているのだが、どういうわけか息子は子供を作ろうとしない。嫁とふたりで、気楽にやっているようだ。
 それもそれでよかろう、というわけだ。
 そんなことを考えながら、わたしはかなり弾きこまれて狂ってきているピアノの弦を、次々と調節していった。

 幼稚園のピアノの調律は、30分ばかりで終わった。
 そのあいだ、子供たちがいれかわりたちかわり、わたしの仕事の進行具合を点検しにやってきては、口ぐちに質問をあびせていった。
「おじいちゃん、この機械、なに?」
「どうしてこんなところにゴムをはさむの?」
「おじいちゃん、ピアノを作ったりもするの?」
 彼らにとって、わたしの仕事や仕事道具は、興味がつきないらしい。
 調律が終わると、わたしはピアノを片づけ、道具をいつもどおり、きちんとしまいこんだ。
「おわり?」
 とひとりの男の子が無邪気な顔で聞く。
「ああ、おわりだよ」
「もう弾けるの?」
「ああ、弾いていいんだよ。きみ、弾けるのかな?」
 男の子はかぶりを振った。
「あたし、弾けるよ」
 横にいた女の子が、目をかがやかせて、いった。
「ほう。それはすごい。でも、ちょっと待っててね。ちゃんと弾けるかどうか、最後にもう一度点検してみるからね」
 そういって、わたしは椅子にすわった。
 この瞬間が、わたしには一番たのしい。
 わたしは指を鍵盤に乗せると、おもむろにジングルベルを弾きはじめた。
 まわりから歓声があがった。
 弾き終え、道具箱をぶらさげて講堂から出ていくわたしのあとを、子供たちがゾロゾロとついてきた。
「おじいちゃん、ほんとはサンタさんなんでしょ?」
 ふりかえったわたしの目に、クリスマス・ツリーのイルミネーションが見えた。
 わたしはうれしくてしようがない。

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