2009年11月5日木曜日

洗濯女

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----- Jazz Story #33 -----

  「洗濯女」 水城雄


 わたしは今日も川に行く。洗濯物を抱えて。
 山々のいただきは、とうとう白いものに覆われた。朝の空気は身を切るように冷たい。
 わたしの粗末な家から川までの道は、泥や石ころですべりやすい。畑や林を縫って、だらだらとくだっていく道だ。
 立ち枯れて、開ききった穂を風に揺らしているススキが、朝の日差しをすかして光っている。
 柿の実はすっかり熟して、いくつかは地面に落ちている。渋柿だが、わたしは今年も干し柿を作った。その残りが、まだ木になっている。
 干し柿を作っても、わたしたち夫婦には子どもがいない。食べるのはわたしと、彼だけだ。
 彼は今日も山にはいっている。今日は冬にそなえ、柴を刈りに行っているのだ。昨日は大きな山芋を掘りあげてきてくれた。その前はサルノコシカケを採ってきた。
 川のせせらぎの音が近づいてきた。
 小さな川だが、昨日の雨で少し水量を増し、豊かに流れている。下のほうのよどみの手前に、彼が作ったヤナがまだ仕掛けたままになっているが、今年の漁はもう終わった。
 わたしは洗濯物の入った洗い桶を石の上に置き、川の水に手を入れた。

 水は肌を切るように冷たく、痛かった。
 わたしは歯を食いしばり、洗濯をはじめた。
 洗濯物といっしょに持ってきた洗濯板を流れに差し入れ、その上で着物をゴシゴシと洗う。水の冷たさを払いのけるように、手に力をこめる。
 ゴシゴシと着物をしごいていると、やがて手が冷たくしびれてくる。
 一枚洗い終わるごとに、わたしは手を休め、両手をこすりあわせて暖めなければならなかった。
 何度めかの手休めのとき、わたしは川面になにか浮かんでいるものを見つけた。
 上流のほうから流れてくる。
 丸いなにか。プカプカと浮かんで、こちらに流れてくる。
 それはどう見ても、桃だった。しかも、異常に大きい。
 こんな季節に桃?
 わたしは腑に落ちない気持ちのまま、川に足を踏みいれ、手をのばしてそれを取った。
 ずっしりと重い。まるでなかに、赤ん坊でも入っていそうだ。
 わたしは洗濯物を洗い桶にもどし、その上に大きな桃を乗せた。
 早く帰って、彼に見せなければ。でも、まだ彼は山からもどってきていないだろう。
 わたしたちに子どもがいたらどんなによかったのに。ふとわたしは、そう思った。

1 件のコメント:

  1. はじめまして。鈴木あい子と申します。
    SHOWROOMにて朗読させていただきたくコメントいたしました。
    新しい視点でのお話、しかも登場人物が実際よりも若いような書かれ方で親近感がわきました。

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