2010年1月19日火曜日

The Sound of Forest

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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #50 -----

  「The Sound of Forest」 水城雄


 きみは森の音を聴いたか。
 はるかな瓦礫の街から、僕はようやくここにたどりついたばかりだ。
 噂は本当だった。本物の森がまだここに残っている。瓦礫の街の人々はだれも信じちゃいなかった。でも僕は信じていた。森の音がいつも僕の耳の奥に聞こえていたから。
 灼けた風が埃を灰に変えながら吹き抜けるときも、硝酸の雨がコンクリートを溶かしながら降りそそぐときも、僕には森の音が聞こえていた。放射線が人々のリンパ腺を灼きつくして血液ガンが蔓延しても、生き残ったバイオチップが自己増殖を始めて人間を攻撃しはじめても、森の音は僕の耳にとどいていた。
 いま、それは幻聴ではなく、まぎれもなく直接ぼくの鼓膜にとどいている。
 微風が木々の葉を揺すり、触れあわせる音。それはかすかな音だけれど、まるで森全体がささやいているようだ。ささやきはときにはっきりとした言葉になり、そしてメロディになる。風が変化するたびに、森の歌声は高まり、ハーモニーは複雑な響きを作る。その風がたとえ文明の末期のしわざによって穢されていようとも、森がささやき、歌声をあげるたび、すべてが浄化されていく。
 ここに来れてよかった。
 森は希望だ。森だけが希望だ。森だけがまだ生きて世界を清め、命を守りはぐくんでいる。
 死神としての人間はこのまま消えていくか、あるいは森とともに生きるすべを学ぶしかないだろう。
 僕にはもう時間は残されていない。ここにたどりつくために命の残りをほとんど燃やしてしまった。
 きみは森の音を聴いたか。きみもここに来て、森の歌をともに聴けるだろうか。

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