2010年1月5日火曜日

The Burning World

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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #43 -----

  「The Burning World」 水城雄


 時がはてたこの地に、やつはひとり立っていた。
 虫けらのようにグジグジとはびこっていた人類は、すべて死にたえた。
 やつがプログラムするまでもなく、突然変異による生物学的欠陥をかかえた人類は、自滅の道をひた走った。
 陽が沈もうとしている。やつはそれをひたすら見つめている。目が灼けるのもかまわず、まっすぐに赤い太陽を見ている。
 水素の塊である太陽。水素と水素が高温と高圧で融合してヘリウムに変化するときに生ずる核融合反応熱を、過去から未来永劫にわたって発しつづけてきた太陽。地球上のすべての生命のみなもとの太陽。
 それもいつかは終焉を迎える。赤色の巨星となり、最後は太陽系全体を呑みこんで、真っ黒な虚空に流れこむ。
 やつの目にはそれがうつっている。
 赤い太陽の前を、黒い鳥の影がゆっくりとよぎっていく。いや、鳥と思ったのは、遺伝子変異して巨大化したトビウオだった。彼らはいまや、肺を持ち、空気呼吸をしながら、大陸間を移動する能力を身につけている。それは、やつが人類を滅亡に追いやった変異バクテリオファージの副作用とでもいうべき現象のひとつだ。
 鳥、いや、トビウオを見て、やつは突然思う。女を抱きたい、と。
 やつの記憶には、柔らかな女の感触がはっきりと残っている。抱きしめたとき、グニャリとくずれそうに形を変えた女の肉の感触。自分をすべりこませたときに、からみついてきた女の肉の感触。
 それはもう永遠に味わうことはできない。しかし、やつはそれを後悔してなどいない。すべてを終わらせることを覚悟の上でのことだったからだ。
 ちっぽけな土地や財産をあらそって殺しあう人々。狭隘なイデオロギーや宗教観を押しつけあって戦争を繰りかえす民族や国家。たえまない略奪と殺戮と悲劇の連鎖。
 自分ひとりが生き残ったことだけが、計算外だった。どこかで変異マクロファージに対する耐性を、開発者である自分ひとりが獲得してしまったようなのだった。
 それはそれでかまわない、と思う。人はいずれ死ぬ。どんな者も死をまぬがれることはない。自分とてそれはおなじだ。次の世代につながらない限り、人の死は絶対的なものだ。自分が死ねば、それですべてが終わる、とやつは思った。
 人類によって陵辱され、汚染され、焼きつくされるという世界は、もう二度と来ないだろう。死にたえさせられた多くの種も、もう二度とは帰ってこないかもしれない。が、破壊者がいない進化の楽園において、また別の、美しく、英知に満ちた動植物の新種が生まれることはまちがいない。そのことを想像して、やつはこの上ない至福に震えてしまうのだった。
 太陽が燃えている。
 やつが見ているのは、燃えつくされ、砂漠化した瓦礫の都市の風景だ。が、それがやがて砂に覆われ、地衣類にまとわれ、やがて緑が増し、草原から森林へと変化し、多くのまだ見ぬ新種の生命にあふれることは、やつの想像を超えてたしかなことだ。そのときにはもちろん、やつはもうここにはいないだろう。
 しかし、ここではないどこか、いや、ここのどこか、ここでもあるどこでもないどこかで、やつが未来に参加していることはまちがいないことだろう。略奪も殺戮も戦争も悲劇もない未来。さまざまな多様性が調和しあい、いのちが連綿とつながっていく時間軸。
 そしてそれもいずれは、まっ赤に燃える巨大な太陽に呑みこまれていく。
 燃える太陽が地平線に沈みこみ、一瞬の緑光をはなったとき、やつの意識は肉体を離れ、解き放たれる。そのとき私は、やつを私のなかに受けいれる。すべての集合意識としての、宇宙という名の、私のなかに。

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