2010年1月10日日曜日

S'Wonderful

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----- Jazz Story #31 -----

  「S'Wonderful」 水城雄


 携帯電話をエプロンのポケットにもどしたとき、客が入ってきた。
 中年というには若すぎる。青年と呼ぶには歳を食いすぎている。男が花屋に来ることが珍しいわけでもないが、それでもそう多くはない。
「いらっしゃいませ」
 黒いスーツ姿。黒い革靴。しかし、ネクタイは黒ではない。
 男は答えずに、ゆっくりと花を見渡している。
 メールは母親からだった。
 今夜は帰りが遅くなるらしい。が、姉が幼稚園からまっすぐうちに寄ってくれるらしい。だから、夕飯の心配はしなくていい。
「花束を、作ってほしいんだ」
「どのようなものを?」
「白い花が好きなんだが。いや、送り先の者がね。適当に選んでくれないか」
「ご予算は」
「適当でいい」
 ぼくはうなずくと、何本かの花を抜き取った。白のグラジオラス、白のトルコキキョウ、それから白いカーネーションとかすみ草。
 無造作にたばねて見せると、男はうなずいた。
「おくやみですか」
 念のために聞いておく。
「いや」
 男は眉をひそめ、首を振った。

 剪定鋏で都合のいい長さに切りそろえ、花を束ねる。
 根元を輪ゴムでとめ、水を含ませたオアシスペーパーを巻く。ビニールの小袋をかぶせてから、ホイルでかためる。
 この作業にもすっかり慣れた。
 店は兄が継ぐことになっている。仕事にあぶれたぼくは、ただの手伝いだ。
ときどき居場所がないような気がすることもある。
「これを届けてもらいたいんだ」
「どちらさまに?」
 男が口にした住所と宛先の名前は、ぼくも知っているものだった。近所のおばさんのもので、店のお得意さまだ。子どものころからかわいがってもらった人だ。いまはひとり暮らしをしている。いや、一匹の猫といっしょに暮らしている。
 そういえば、おばさんも白い花が好きだった。
「メッセージカードはつけますか」
 尋ねると、男はうなずいた。
 完成した花束をカウンターに置き、ぼくは何枚かのカードを男に見せた。
 男はそれと花束を交互に見ながら、しばらく考えこんでいる。
「いや、やっぱりいい。やめとこう」
 この人とおばさんはどういう関係なのだろうか。考えながら、ぼくは彼に花束を渡した。

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