2010年1月11日月曜日

きみを待つぼくが気にかけること

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----- Urban Cruising #4 -----

  「きみを待つぼくが気にかけること」 水城雄


 20時1分発の登り列車がホームを出ていき、ぼくはその少女に気づいた。
 きみを乗せてやってくるはずの列車が、架線事故のためにしばらくおくれると、たったいまアナウンスがあったばかりだ。
 プラットホームのベンチにたったひとりで、少女はすわっていた。

 ベンチにすわっている少女に、見たところ連れはなかった。
 ホームは違うが、少女の様子はぼくのすわっているベンチからよく見えた。線路をへだててちょうど真向いの位置になる。
 大きな白い衿のついた赤いワンピース。白いソックス、赤いくつ。
 小さな白いポシェットを、肩からななめにさげている。
 長い髪は頭の両側でおさげにして、胸にたらしている。
 小学校にはいるかはいらないか、五歳あるいは六歳ぐらいに見えた。そのくらいの年齢の女の子が、だれにも連れられずに、たったひとりで駅のベンチにぽつんとすわっているには、すこし不自然な時間といえた。
 ぼくは、その少女のいるホームをずっと左右に見渡してみた。
 20時1分発の列車で到着した乗客は、すでに改札口へと続く階段をのぼって、見えなくなっている。次の列車までにはまだ時間があるのか、待っている人もいない。駅員も、列車を見送ったあと、引きあげてしまっている。
 どうやら、ホームにいるのは、その少女ひとりだけらしい。
 少女はまるで動かなかった。
 足をそろえて投げだすように前にのばし、両手でポシェットをしっかりかかえこんだ姿勢で、線路のあたりへ視線を落としている。
 名前を思いだせないけれど、そのような生きている人間そっくりの人形を作る彫刻家がいたんじゃなかったっけ。少女は、その彫刻家が作った彫刻みたいに見えた。
 きっときみならその彫刻家のことを知っていることだろう。きみが到着したら、聞いてみることにしよう。
 少女もだれかを待っているのだろうか、とぼくは思った。彫刻がそうであるように。

 車を駅の裏手の駐車場に置き、ぼくはきみを迎えに来ている。
 何か月ぶりだろうか、駅にやってくるのは。そして、何年ぶりだろうか、きみに会うのは。
 都会を離れ、ぼくが生まれ故郷のこの街に帰ってきたのは、もう五年も前のことになる。
 都会での生活に疲れ、ある意味で夢やぶれ、ぼくはふるさとにもどってきた。ひとりでちいさな事務所を作り、すこしずつ仕事をはじめた。
 都会に残ったきみの活躍は、ときどき耳にはいってきた。ぼくには手のとどかなかった夢を、きみがすこしずつ実現していってくれるのが、うれしかった。ぼくはぼくで、こちらにとても居心地のいい場所と、ぼくなりにやりがいのある仕事を作ることができた。
 そんなぼくのところへ、突然きみから電話があったときは、正直いってびっくりしたよ。
 駅には、夏の夜の湿っぽい空気がゆっくりと流れている。空気には、夜の街と人々の汗のにおいがふくまれているようだ。そして線路のほうからは、かすかな金属のにおいが立ちのぼってくる。
 駅の蛍光灯に虫が集まっている。大きな蛾が蛍光灯にぶつかるたびに、きらめく粉が飛びちるのが見える。
 向かい側のホームには、相変わらず少女がひとりで、身動きもせずにすわっている。
 だれを待っているのか。
 架線事故に関する二度目のアナウンスがはいった。それによると、きみを運んでくるはずの列車は、もうすこし遅れそうだという。
 まあいいだろう。
 そのほうが、何年かぶりに会うきみの姿を想像して楽しむことができる、というわけだ。
 粉をまきちらしていた大きな蛾は、いつのまにかいなくなっている。

 改札口へと続く階段からおりてきたひとりの女性が、少女のすわっているベンチに近付いていった。
 少女のとなりに腰をかけた。
 知合いというわけではなさそうだ。まして母親でもないようだ。ただとなりにすわっただけなんだろう。
 しばらくすると、その女性も、こんな時間に少女がたったひとりで駅にすわっていることが気になったとみえ、なにやら声をかけている様子だ。身体を少女のほうにかがめ、のぞきこむようにして話しかけている。
 なにを話しているのだろう。声はここまで聞こえない。
 少女はしきりに首を横にふっている。が、口は開かない。
 そのうち、女性は少女に話しかけるのをやめた。
 プラットホームに人が増えてきた。次の登り列車の時間が近付いているのだ。ぼくのホームにはまだ列車はやってこない。
 少女のいるホームに、登り列車がはいってきた。車両の蔭になり、彼女の姿が見えなくなる。
 発車ベルが鳴り、列車が動きはじめた。ホームにいた乗客は、あのベンチにすわった女性もふくめみんないなくなったが、少女はまだすわったままだった。
 ぼくは立ちあがり、階段のほうに歩きかけた。そのとき、アナウンスがあり、遅れていた列車が到着することを告げられた。
 間もなく、ぼくの待っていた列車がこちら側のホームにすべりこんできた。
 きみがおりてくるのが見えた。
 五年前よりすこしやせ、大人になり、華やかな感じになり、それでいてすこし疲れた顔のきみが、ぼくにむかって手をあげ、ほほえんだ。ぼくはきみに近寄り、
「よくきたね」
 といった。
 それから向かい側のホームに目をやった。少女の姿は車両にじゃまされて、見えなかった。
「どうしたの?」
 ときみがたずねた。そのきみの声を、ぼくはとてもいいな、と思った。落ち着いていて、自信にあふれている。五年の歳月というきみの物語を、ゆっくり聞きたくなった。
 改札口を出ながら振りかえってみると、いつのまにかあの少女はいなくなっていた。

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