2010年1月6日水曜日

妻のいない日、ひとり料理を作る

(C)2009 by MIZUKI Yuu All rights reserved
Authorized by the author

----- Urban Cruising #5 -----

  「妻のいない日、ひとり料理を作る」 水城雄


 テーブルの上に並べてみた。
 玉ねぎ。じゃがいも。塩。こしょう。酢。
 それ以外のものはすべて買わなければならないらしい。あいつめ、冷蔵庫の中をすっかりきれいにして帰りやがった。

 妻が帰省した翌日、夕食の準備のためにぼくは冷蔵庫の点検に取りかかった。
 まだ昼すぎだ。が、今夜は、いつも食べさせられている冷凍食品、化学調味料、インスタント食品、そういったものからすっかり足を洗い、自分ひとりのために完璧な料理を作るのだ。
 メニューは考えてある。シンプルかつぜいたく。
 冷蔵庫には、ぼくのメニューに使えそうな材料はほとんどなかった。
 まあいい。どちらにしても買物には出かけなければならないのだ。
 窓から外の庭を見ると、からからに乾いた植木鉢の土が、照りつける太陽の光を反射してまぶしい。
 頼まれていた水やりを忘れてしまった。外は暑そうだ。
 車はよそう。どうせ歩いていける距離なのだ。
 そのかわり、景気づけにビールを一本あけてから行くことにしよう。
 ぼくは冷たいビールを思いきりあおると、だれにともなくにんまり笑った。

 土曜日の午後、思ったとおりショッピングセンターは、買物をする主婦や家族連れでごった返していた。
 ショッピングセンターの中にある酒屋で、まずワインを買った。ボルドーの赤。
 作っておいた買物リストを手に、食料品売場にはいっていく。
 ときどき妻の買物につき合うことはある。プラスチック製のかごを持たされ、召使いよろしくあとをついて回るのだ。妻が血走った目で食料品を物色するあいだ、ぼくは年若い主婦や女子学生に目をうばわれている、というのが常のパターンだった。
 今日はちがう。血走った目こそしていないが、ぼくは女子学生などには目もくれず、自分のための買物に没頭する。
 サラダのための野菜、メインディッシュのつけ合わせなどを見つくろってから、最後に肉を買うことにした。
 こここそ今日のメインなのだ。
 ぼくは、獲物に近付く猛獣よろしく、慎重に売場に近付いていった。

 食肉売場もやはり、主婦などでごったがえしていた。
 何人もの女性がびっしりとガラスケースに取りつき、店員にむかって口ぐちに注文を叫んでいる。中には、ガラスケースを指先で叩き続けて、自分のほしい品物がなんであるのかを店員に伝えようとしている女性もいる。
 さすがのぼくも、ガラスケースに近付くのをためらった。
 妻は毎日、この修羅場をくぐりぬけて食料品を手にいれてくるのだろうか。
 ちょっと立ちくらみを感じる。が、ここを避けて通るわけにはいかない。ここで目的の肉を買って帰らなければ、ぼくは今夜、飢えて死ぬことになる。
 ありのようにガラスケースにたかっている女性たちのうしろに、ぼくはぴたりとついた。だれかが買物を終えて場所をあけたら、すぐにそこにもぐりこもうという魂胆だ。
 何時間とも思える時がすぎ、ようやくぼくのすぐ前にいた女性が場所をあけた。ぼくの横からそこに割りこもうとした中年の女性がいたが、ぼくはすばやく前に進んだ。なんだかすさまじくうしろからにらみつけられているような気がしたが、いたしかたない。
 それから店員にむかって、文字どおり叫んだ。
「牛のロース、500 グラム!」
 ほとんど永遠とも思える時がすぎ、ようやくぼくのオーダーが通り、ぼくはひとかたまりの肉を手にすることができた。
 それからぼくは、ぐったりした身体をレジまで運び、長い長い列にならび、お金をはらい、ビニール袋に買ったものを押しこみ、太陽にあぶられるために外に出た。
 ぼくは、日ごろの妻にたいする感謝の念がわき起こってくるのを、押えることができなかった。
 くやしいことではあったけれど。

 冷たいシャワーと今日2本目のビールが、なんとかぼくを立ちなおらせた。
 料理に取りかかる前に、音楽をかけることにした。
 ステレオセットは居間のほうにあるが、ボリュームをあげればキッチンまで聞こえる。
 なにか軽やかな音楽がいい。
 そう、たとえばボサノバのような。
 ぼくはミルトン・バナナのCDをプレーヤーにセットした。かつてはよく、レコードで聞いたものだが、レコードは結婚するときに処分してしまった。このCDも、妻がいるときには聞かないことにしている。
 10年以上前の夏の思い出にはげまされながら、ぼくは料理に取りかかった。
 焼いている間に型くずれしないように、肉をたこ糸でしばる。表面に塩、こしょうをすりこむ。野菜を切る。
 肉をフライパンで焼く。焼き色のついた肉を、オーブンにいれる。
 肉が焼きあがるのを待つあいだ、サラダを作ることにした。
 レタス、チコリ、アンディーブ、クレソン、それによく熟れたトマト。指でちぎった野菜は、大きめのサラダボウルにおおざっぱに投げいれる。
 にんにくをきかせたドレッシングを作る。妻なら、鼻をつまんで悲鳴をあげることだろう。
 肉が焼けた。
 オーブンプレートにこびりついたうまみを利用して、グレービーソースを作る。ブイヨンは固形のものだが、まあいいとしよう。なにからなにまで完璧というわけにはいかないものだ。どこかに妥協がなければ、孤独を楽しむことはできない。
 できあがった料理をテーブルにならべ、ぼくはワインの栓を抜いた。
 音楽を変え、手を洗い、ひとり食卓につく。
 テーブルにはぼくの今日がいいにおいを立てている。
 音楽は、妻とよく聞くモーツァルトだ。
 ま、それもいいだろう。
 夏に感謝だ。

0 件のコメント:

コメントを投稿