2010年1月18日月曜日

祈る人


  「祈る人」 水城雄


 祈る人よ。
 あなたはもう忘れてしまったのか。
 私たちがやってきた道を。
 ここへとつづく道のことを。
 連なる尾根と人々の悲しみを越えて、はるか旅してきた道のりを。

 いま、あなたはなにを祈るのか。
 あなたは知っている、自分が無力であることを。
 あなたはなに不自由なく日々の糧を得、だれからも強制されることなく好きな場所に行き、さまたげられない眠りについている。だからといってそれを人に分け与えることはできないし、まして見も知らぬ他国の人々の境遇を変える力などあなたにはない。
 世界は紛争と災害と貧困でおおわれている。あなたには関係のないところで銃弾が飛び交い、地雷が破裂している。あなたには関係のないところで子どもが飢え、疫病が蔓延している。あなたには関係のないところで、血が流れ、人が転落し、暴力がふるわれている。それをあなたはどうすることもできない。

 あなたにできるのは、ただそれらに思いをはせるだけ。
 あなたにできるのは、祈ることだけ。
 あなたにできるのは、それらに思いをはせながら祈ることだけ。

 あなたは祈る。
 音楽をかなでながら。
 絵を描きながら。
 愛する人のために食事を用意しながら。
 窓枠をふき、鉢植えに水をやりながら。
 あなたは祈り、ただ思いをはせる。
 そのことでなにも変わらない、なにも変えることができないと知っていながらも。
 もはや世界に希望がないことをあなたは知っているだろう
 それでも私は聴いている。
 森は鳥とともにさえずり、風はかぐわしき命をうたっている。
 私たちが生まれるはるか以前から。
 しかし、あなたのなかでなにかが変わる。
 描く人よ。
 歌う人よ。
 祈る人よ。

1 件のコメント:

  1. 唐ひづるです。
    6月21日に「月夜の子猫」というシャンソニエに行くことになりました。
    正式な出演という形ではありませんが、ピアノ・シャンソンと共演で朗読をさせていただくことになっています。
    「彼は眠らない」「祈る人」はじめ、水城先生の作品をいくつかロードクさせていただきたいと思っています(*^_^*)

    返信削除