2010年1月29日金曜日

群読シナリオ「前略・な・だ・早々」(2)

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----- 群読のためのシナリオ -----

  群読シナリオ「前略・な・だ・早々」(2)

   原作:夏目漱石・太宰治/構成:水城雄


  音楽演奏。
  四人、その場でゆっくりと回転する。
  回転、ストップ。

B「私《わたくし》はその人を常に先生と呼んでいた。だからここでもただ先生
 と書くだけで本名は打ち明けない。これは世間を憚かる遠慮というよりも、その
 方が私にとって自然だからである。私はその人の記憶を呼び起すごとに、すぐ
「先生」といいたくなる。筆を執っても心持は同じ事である。よそよそしい頭文字
 などはとても使う気にならない」
D「朝、食堂でスウプを一さじ、すっと吸ってお母さまが、「あ」」
B「私がその掛茶屋で先生を見た時は、先生がちょうど着物を脱いでこれから海
 へ入ろうとするところであった」
D「と幽《かす》かな叫び声をお挙げになった」
B「私はその時反対に濡れた身体を風に吹かして水から上がって来た。二人の間
 には目を遮る幾多の黒い頭が動いていた。特別の事情のない限り、私はついに先
 生を見逃したかも知れなかった。それほど浜辺が混雑し、それほど私の頭が放漫
 であったにもかかわらず、私がすぐ先生を見付け出したのは、先生が一人の西洋
 人を伴れていたからである」
D「「髪の毛?」スウプに何か、イヤなものでも入っていたのかしら、と思った。
「いいえ」お母さまは、何事も無かったように、またひらりと一さじ、スウプをお
 口に流し込み、すましてお顔を横に向け、お勝手の窓の、満開の山桜に視線を送
 り、そうしてお顔を横に向けたまま、またひらりと一さじ、スウプを小さなお唇
 のあいだに滑り込ませた。ヒラリ、という形容は、お母さまの場合、決して誇張
 では無い。婦人雑誌などに出ているお食事のいただき方などとは、てんでまるで、
 違っていらっしゃる。弟の直治《なおじ》がいつか、お酒を飲みながら、姉の私
 に向ってこう言った事がある」
C「僕も画くよ。お化けの絵を画くよ。地獄の馬を、画くよ」
D「爵位があるから、貴族だというわけにはいかないんだぜ。爵位が無くても、
 天爵というものを持っている立派な貴族のひともあるし、おれたちのように爵位
 だけは持っていても、貴族どころか、賤民にちかいのもいる。岩島なんてのはあ
 んなのは、まったく、新宿の遊廓の客引き番頭よりも、もっとげびてる感じじゃ
 ねえか」
C「自分はヒラメの家を出て、新宿まで歩き、懐中の本を売り、そうして、やっ
 ぱり途方にくれてしまいました。自分は、皆にあいそがいいかわりに、「友情」
 というものを、いちども実感した事が無く、堀木のような遊び友達は別として、
 いっさいの附き合いは、ただ苦痛を覚えるばかりで、その苦痛をもみほぐそうと
 して懸命にお道化を演じて、かえって、へとへとになり、わずかに知合っている
 ひとの顔を、それに似た顔をさえ、往来などで見掛けても、ぎょっとして、一瞬、
 めまいするほどの不快な戦慄に襲われる有様で、人に好かれる事は知っていても、
 人を愛する能力に於《お》いては欠けているところがあるようでした。(もっと
 も、自分は、世の中の人間にだって、果して、「愛」の能力があるのかどうか、
 たいへん疑問に思っています)そのような自分に、所謂「親友」など出来る筈は
 無く、そのうえ自分には、「訪問《ヴィジット》」の能力さえ無かったのです。
 他人の家の門は、自分にとって、あの神曲の地獄の門以上に薄気味わるく、その
 門の奥には、おそろしい竜みたいな生臭い奇獣がうごめいている気配を、誇張で
 なしに、実感せられていたのです」

  まるでビデオのリプレイのように。

B「吾輩は猫である」
C「恥の多い生涯を送って来ました」
B「名前はまだ無い」
C「自分には、人間の生活というものが、見当つかないのです」
D「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかく
 に人の世は住みにくい」

  以下の途中から、野々宮が出てきて、全員のロープをほどいていく。
  ほどき終えたら、元の位置に戻る。

B「ところへ知らん人が突然あらわれた。唐辛子の干してある家の陰から出て、
 いつのまにか川を向こうへ渡ったものとみえる。二人のすわっている方へだんだ
 ん近づいて来る。洋服を着て髯をはやして、年輩からいうと広田先生くらいな男
 である。この男が二人の前へ来た時、顔をぐるりと向け直して、正面から三四郎
 と美禰子をにらめつけた。その目のうちには明らかに憎悪の色がある。三四郎は
 じっとすわっていにくいほどな束縛を感じた。男はやがて行き過ぎた。その後影
 を見送りながら、三四郎は」
野々宮「広田先生や野々宮さんはさぞあとでぼくらを捜したでしょう」
B「とはじめて気がついたように言った。美禰子はむしろ冷やかである」
E「なに大丈夫よ。大きな迷子ですもの」
野々宮「迷子だから捜したでしょう」
B「と三四郎はやはり前説を主張した。すると美禰子は、なお冷やかな調子で」
E「責任をのがれたがる人だから、ちょうどいいでしょう」
野々宮「だれが? 広田先生がですか」
B「美禰子は答えなかった」
野々宮「野々宮さんがですか」
B「美禰子はやっぱり答えなかった」
野々宮「もう気分はよくなりましたか。よくなったら、そろそろ帰りましょうか」
B「美禰子は三四郎を見た。三四郎は上げかけた腰をまた草の上におろした。そ
 の時三四郎はこの女にはとてもかなわないような気がどこかでした。同時に自分
 の腹を見抜かれたという自覚に伴なう一種の屈辱をかすかに感じた」
E「迷子」
B「女は三四郎を見たままでこの一言を繰り返した。三四郎は答えなかった」
E「迷子の英訳を知っていらしって」
B「三四郎は知るとも、知らぬとも言いえぬほどに、この問を予期していなかっ
 た」
E「教えてあげましょうか」
野々宮「ええ」

  E、集団から抜け出る。

E「ストレイ・シープ。わかって?」

  全員、ストップモーション。
  短く音楽演奏。

C「けれども、その頃、自分に酒を止めよ、とすすめる処女がいました。「い
 けないわ、毎日、お昼から、酔っていらっしゃる」バアの向いの、小さい煙草
 屋の十七、八の娘でした。ヨシちゃんと言い、色の白い、八重歯のある子でし
 た。自分が、煙草を買いに行くたびに、笑って忠告するのでした。「なぜ、い
 けないんだ。どうして悪いんだ。あるだけの酒をのんで、人の子よ、憎悪を消
 せ消せ消せ、ってね、むかしペルシャのね、まあよそう、悲しみ疲れたるハー
 トに希望を持ち来すは、ただ微醺《びくん》をもたらす玉杯なれ、ってね。わ
 かるかい」「わからない」「この野郎。キスしてやるぞ」「してよ」」
D「この世にまたと無いくらいに、とても、とても美しい顔のように思われ、
 恋があらたによみがえって来たようで胸がときめき、そのひとの髪を撫でなが
 ら、私のほうからキスをした」

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