2009年10月4日日曜日

Milagro

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----- Jazz Story #25 -----

  「Miragro」 水城雄


 丘の上に住んでいる男は、電報がとどくと街に降りてくる。
 足が悪いらしく、杖をついている。かくん、かくんと、曲がったリズムで、乾ききった道を降りてくる。
 杖でかきたてられた土埃が、男の背中にオーラを作る。
 年のころは、そうさな、五十五ってとこか。
 たまに若い女といっしょのこともある。二十歳ぐらいの、髪の長い、ぴちぴちした、はちきれそうな胸と腰つきの女だ。娘じゃないの、とカミさんはいうが、おれはオンナに違いないと踏んでいる。
 五十五なんてまだまだやれるし、痩せてはいるが、骨が太そうな体格だ。こういうやつが一番強い。
 男は電報を握りしめたまま、おれの店の向かいにある銀行に入っていく。しばらくして出てくると、通りを渡ってこの店にやってくる。決まってアニス酒の水割りを一杯注文し、カウンターの上のテレビを食いいるように見つめる。家にゃテレビもないのかね。
 女がいっしょのときは、店には寄らない。そのまま帰ってしまうか、近所で買い物をして帰る。うちには来ない。
 男があの家に住み始めて以来、この半年、ずっとそんな調子だ。
 一度男がひとりのとき、聞いてみた。
「旦那はどんな仕事をなさってるんですかい」
 こっちが質問をしたことを忘れてしまうくらい時間がたってから、男はぼそっと答えた。
「本をな。書いてる」
「どんな本なんですかい」
 それっきり答えはなかった。それ以来、おれは男に話しかけるのをやめた。
 男が電報を忘れたことがあった。おれは悪いと思いながらも、ほかに客もいなかったし、まあ、盗み見をした。
 スイス銀行の口座番号と「14日、20億ドル、要入金」とあった。
 男が忘れ物に気づいて戻ってきた。おれはあわてて電報を戻した。
「読んだのか」
「いえ、滅相もない」
 サザエの口みたいに奥まった目に見据えられて、おれはもう少しで白状しちまうところだった。
「私も世界に関わっている。こんな地の果てにいてもな」
 男が言った。なんのことだか、おれにはわからなかった。
「おまえもそうであるように。私とおまえは、どこか別のところでもつながっている。見ろ」
 男がテレビを杖の先でさした。
 摩天楼に旅客機が突っこんで爆発するところが映っていた。

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