2010年2月18日木曜日

Soon

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----- Jazz Story #3 -----

  「Soon」 水城雄


 ベンチに腰をおろし、見上げると、桜はすっかり葉ばかりになっている。
 そうか、もうそんな季節なのか。
 彼は上着を脱ぎ、背もたれにかけた。
 ふうっとため息をつく。
 向かい側のベンチでは、黒いスーツを着た女子大生が、ひとりでポツンとサンドイッチを食べている。就職活動中なのだろう。
 彼の会社にも、たくさんの大学生が訪問している。みな、懸命で、熱心で、そして若い。おれにもそのような時があったのだろう。もう20年も前のことだ。
まるで白亜紀の記憶のように思いだすこともできないが。
 そしていま、ここには、仕事で疲れ、くたびれた中年の男がひとり、ぼんやりとすわっている。こんな新緑の季節だというのに。リクルート活動中の大学生たちも、いずれこのおれのように現実に直面し、くたびれ、すり切れてしまうのだろうか。
 売上をのばせ、ただ飯を食うな、さもなきゃリストラだ。そんなことをいわれても、シュレッダーなんてそうそう売れるもんじゃない。朝はもう三件も回った。午後には四件回る予定だ。
 人生は消耗という名の階段を果てしなくのぼりつづけるもののような気がする。
 そういえば、さっき、コンビニで買った雑誌のことを忘れていた。弁当を買おうと思ったのだが、気が変わったのだ。昼飯のかわりに、雑誌。
 十何年ぶりかで買った音楽雑誌。
 ライブ情報のページを開いてみた。
 と、彼のベンチに近づいてきたふたりのOLから問いかけられた。
「ここ、あいてます?」
「どうぞ。あいてるよ」
 こたえながら見上げると、木漏れ日がまぶしかった。

 ライブ情報のページには、知らないミュージシャンの名前がたくさんならんでいた。が、彼が若いころから活躍している名前も、ちらほらとある。
 まだやってんだ、あいつ。
 若い頃、ライブハウスで聴いたあの演奏。いまはどんな音を出しているのだろうか。彼より少し上の年齢のはずなのだ。
「これ、よかったらどうぞ」
 ふいに横から声をかけられて、彼はびっくりした。
 見ると、横にすわったOLたちが、こちらに顔を向けている。その手には、おにぎりの詰まった箱。
「作りすぎちゃったんです。よかったら食べてくれません?」
「喜んで」
「お茶もよければ」
「ありがとう」
 彼は握り飯をひとつ取り、そして紙コップを受け取った。
 水筒からお茶を注いでくれたOLは、二十四、五歳だろうか。
「おいしいですね」
「よかった。なにを読んでるんですか?」
「ジャズの雑誌。きみたちには興味がないでしょう」
「そんなことないです。興味はあるんだけど、なんだか難しそうで」
 彼は読んでいたライブ情報のページをベリベリと破った。
 雑誌をふたりに差し出す。
「これ、あげましょう。きっと最新のCDとかが紹介されてるから、よかったら聴いてみるといい」
「いいんですか?」
「私はこの部分だけで充分」
「なんですか、それ?」
「ライブハウスのスケジュール。ひさしぶりにライブでも聴きに行こうかなと思ってね」
 春だからね、といいかけた言葉を、彼は飲みこんだ。
 そう、階段をのぼりながらたまに休憩するのも、まんざら悪くない。

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