2010年2月24日水曜日

A Flying Bird in the Dark

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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #42 -----

  「A Flying Bird in the Dark」 水城雄


 鳥になりたいと思う。
 重力から解きはなたれ、ゴツゴツした地表を離れ、上昇気流に身をまかせてどこまでも飛んでみたいと思う。
 人はわたしのことを、幸せな女だという。たしかにそのとおりかもしれない。住む家にも食べるものにも不自由のない生活。家のローンはあるけれど、明日のお金の心配をする必要はない。毎月、きちんきちんと一定額以上のお金がはいってくる。
 結婚三年め。やさしくて、働き者の夫がいる。子どもがまだできないことが唯一の心配だけれど、それがなんだというのだろう。世間には子どものいない夫婦なんていくらでもいるし、いまのこの世に子どもを作ることのほうが、その子の将来をかんがえれば不安かもしれない。
 でも、わたしのこの、牢獄に閉じこめられているような気持ちは、いったいなんなのだろうか。わたしがわたしでないような、自由がなにもないような気持ちになるのはなぜなんだろうか。
 今日もわたしは朝六時に起きる。目覚まし時計の音で。遠い距離を通勤する夫に朝食を作るために。
 コーヒーと野菜ジュースとパンとベーコンエッグを作って、夫を起こす。新聞を読みながら、テレビニュースを見ながらわたしの作った朝食を食べた夫は、スーツに着替えて会社に出かける。わたしは玄関で夫にキスして送りだす。ときにはキスなんかしたくないときもある。でも、わたしはわたしの気持ちをいつわって、形だけのいつわりのキスを夫にする。それで夫が安心することを知っているから。
 いや、それで夫が本当に安心するわけでないことはわかっている。夫はただ、いつもがいつもであることを確認して、心の奥に不安をかかえながらもそれを無視する材料を得て家をあとにするだけ。それだけ。
 洗濯物を全自動の機械にほうりこみ、掃除をしたあと、テレビニュースを見ていると、アラブの女性が出てきた。チャドルで全身、頭から足まですっぽりと隠している。そして彼女は怒っている。アメリカがアラブ諸国の神を冒涜することに。信仰の自由を侵すことに。でも、彼女自身はアラブの宗教に彼女自身の自由を束縛されていはしないのか。
 わたしは宗教に自由を束縛されていないけれど、目に見えないものにがんじがらめにされているような気がする。自由に寝坊もできなければ、今日はキスしたくないといえないし、子どもなんか生みたくないと宣言することもできない。着る服はその日の気分で選んでいるけれど、結局はスカートの丈とか、流行の色とか、カジュアルすぎないかとか、なにかに束縛されているということではニュースに出ていたアラブ女性となにも変わらない。
 思いきり寝坊して、夫にキスもしなければ、ミニスカートで街を歩いて男たちの視線を集めてみたいというのは、結局はわたしのなかの妄想――印刷されたコミックのような想像の世界でしかない。
 洗濯物を干していると、ケータイが鳴った。
 結婚前に付き合っていたカレ。ケータイのメモリからなぜか消せずにいた。三年ぶり。
「元気?」
「うん」
「どう? ひさしぶりに会わない?」
 カレはまだひとりだと聞いている。会えばどうなるだろう。けっして幸福ではなかったけれど、幸福だったこともあるカレとのみじかい日々。
 あのとき、わたしには、まだ羽があったように思う。いまはもうその羽はない。
 いま、もう一度、羽を得たいと思う。カレとどうとかいうんじゃない。だれにもなにもいわれず、大地を離れ、自分の気持ちのおもむくままに空を飛ぶ。
 青空はもう無理だろう。せめて夜の、まっ暗な空のなかを、羽をひろげて気のむくままに飛ぶ自由を、わたしは渇望している。
 背をそらし、羽をひろげて、思いきり声をあげてみたい。

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