2010年2月10日水曜日

Bangkok

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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #26 -----

  「Bangkok」 水城雄


 バンコクの上空は靄がかかっているようにくすんでいる。
 飛行機の窓からは朝焼けが見える。日はまだ昇っていない。ずっと眠っていたパパがぼくの横で身じろぎしてから、充血した目をあける。二時間くらい前に飲んだポケット瓶のウイスキーがまだにおう。
 ドン・ムアン空港はあきれるほど暑く、人でごったがえしている。まだ夜明け前だというのにどうしてこんなに人がいるんだろう。
 ぼくらはバスに乗りこみ、市内に向かう。
 未来都市みたいな空中道路から、街の中心部にそそり立つコンクリートとガラスのかたまりのような高層ビルの群が見えてくる。てっぺんのほうだけ朝日を浴びて、ギラギラと輝いている。パパのDVDコレクションにある古いSF映画のシーンみたいだとぼくは思う。
 ホテルの近くの道ばたには露店がならんでいて、大きな鍋からは湯気が立っている。気温はたぶん、35度くらいあるんだろう。露店の前は40度以上あるにちがいない。鍋の向こうには15歳くらいだろうか、ぼくと同い年くらいの少年が立っていて、巨大なひしゃくで鍋の具をかきまわしている。
 なにを作っているんだろう。やけにおいしそうだ。少し前にパパと食べたトムヤムクンの味が口のなかによみがえってきたような気がするのは、バスのなかにまで流れこんでくる香料のにおいのせいだ。
 渋滞に引っかかってしまったぼくらのほうを、少年がちらっと見上げる。
 目があった。
 浅黒い顔。骨ばった身体つき。真っ黒にちぢれた髪。鋭い目つき。
 学校には行かないのだろうか。それとも、ひと商売してから行くんだろうか。彼が作っているのは朝の通勤客に売るための朝食なのだろうか。それとも朝帰りの酔っ払いのための夜食なのだろうか。一杯いくらで売っているのか。
 バスがホテルに着く。
 熱帯の樹木で飾られた巨大温室のようなエントランスホールが見える。椰子の木にはさまれて金色の仏像が鎮座している。
 きらびやかな民族衣装をまとった若い女性がふたり、バスの外に出迎えにきた。にこやかな笑みを浮かべている。パパにつづいてステップを降りると、そのふたりの女性はぼくにもうやうやしくおじぎをした。
 ぼくはホテルには入らず、このままあの少年の露店のところに走っていきたくなる。あの少年からスープを一杯買って、なにか話してみたくなる。言葉は通じないかもしれないけど。
 観光なんてばかみたいだ、とぼくは思う。

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