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----- Jazz Story #21 -----
「Time After Time」 水城雄
女は赤ん坊の泣き声で目覚める。
向かいのアパートの赤ん坊だ。最近生まれた。
自分が失った娘のことを、女は思いだす。勢いをつけて身体を起こし、一瞬とらえられかけた悲しみのイメージを、身体の奥底まで押しこむ。
夫はまだ眠っている。
女はパジャマを脱ぎ、椅子の背にかけ、部屋着に着替える。また一日が始まったと思う。
またおなじような一日が始まった。繰り返し、繰り返しやってくる、おなじような一日。トーストを焼き、スープを作り、夫を送りだし、洗濯ものを干し、掃除機を回す。しおれた花を捨て、新聞をたたみ、アイロンをかける。
テレビでは政治家の街頭演説のようすが映っている。話題の女性政治家だ。大きな口をひらき、群集に向かってシャウトしている。群集から大きな笑い声があがる。
彼女の一日は、どんな一日なのだろうかと、女はかんがえる。彼女もトーストを焼いたり、アイロンをかけたりするのだろうか、と。
いつしか赤ん坊の泣き声は聞こえなくなっている。
夫は出かけた。
洗濯も終わった。掃除もすませた。
女は新聞のチラシを広げ、スーパーの特売をチェックする。豚肩ロース切り落とし、350グラム250円。とても安い。
ティッシュペーパー5箱入り100円、ただしおひとり様一個に限らせていただきます。
女は出かけるしたくをする。
なにを着ていこうか。なにを着ていこうとおなじような気もする。女がなにを着ていようと、だれも気にしないだろう。たとえパンダのぬいぐるみを着ていようが、だれもなにもいわないだろう。
いや、きっとスーパーの店員はおどろくだろう。
ふと、最近よく見かけるレジの男の子の顔が浮かぶ。たぶん、学生のアルバイトだ。ひどくレジ打ちが下手で、よく渋滞を作ってしまっている。ときおり先輩のパート女性からしかられたり、いやみをいわれているのを見かける。
パンダのぬいぐるみを着てレジにならんだ女を見て、彼はなんていうだろうか。あるいはなにもいわないだろうか。
女はひとり、くすくすと笑った。そして耳に残っているテレビコマーシャルの歌を、口のなかでくりかえす。
おなじような一日が、そうやってすぎていく。
2009年10月16日金曜日
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繰り返しの中にも、ささやかな喜びがある。悲しみも、その繰り返しの中で乗り越えていくものだと思いました。
返信削除ステキな文章をありがとうございます。
お借りします。
SpoonのCASTで使わせていただきます!
返信削除いつもお世話になっております。スプーンのキャスト配信に使用させていただきます!
返信削除Radio Talkで収録配信させていただきます。
返信削除Youtubeの朗読動画にてお借りいたします。
返信削除素敵な作品をありがとうございます。