2009年10月29日木曜日

Solar

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----- Jazz Story #26 -----

  「Solar」 水城雄


 きんぴらごぼうを作ろう。
 すかっと晴れわたった秋晴れの日。窓をあけたら、金木犀の香りが流れこんできた。
 今日は休み。出かける用事もない。
 ゴボウは買ってある。人参もある。
 コンポにCDをセットする。かけるのは、最近気にいっているケニー・バロンのピアノトリオ。ライブの演奏だ。
 誕生日に彼からもらった。
 私はジャズはよくわからないけれど、彼の影響で時々聞くようになった。
 ケニー・バロンは秋によく似合う。
 なぜだろう。そんなことはわからないけれど、そう思う。春に聴いてもいいかもしれないけれど。
 ゴボウを洗う。水を流して、たわしでごしごしと土を落とす。たわしといっても、シュロの毛でできたものではない。ビニール製のたわしだ。
 きれいに洗いあがったら、今度は包丁の先でシュッシュッシュッ。笹がきにしていく。細長くこそげ切られたゴボウが、ボウルに張った水のなかに飛んでいく。
 なんだかケニー・バロンと共演しているみたいな気分になってきた。
 そういえば、彼は今日は出張だとかいっていたっけ。どこだっけ?
 とにかく、今日は全国、北海道から沖縄まで晴れわたっている。きんぴらごぼうとケニー・バロンの似合う日だ。

 ゴボウと人参を炒める。
 ゴマ油のいいにおい。金木犀のにおいはもうしない。
 初恋のにおいがするんだ、と彼がいっていた。そんなこと、わたしの知ったことではない。彼の初恋なんて、わたしは知らない。
 お醤油のいいにおい。お砂糖も少し。甘いかおり。
 いい感じ。
 ケニー・バロンが軽くつま先立ちで歩いているみたいにピアノを弾いている。
 昔、初めて入ったジャズ喫茶を思いだすんだよな、と彼はいう。いっしょに行った相手は、初恋の人とは別の人だったという。そのときかかっていたのが、こんなピアノトリオだったらしい。
 わたしはそもそも、ジャズ喫茶なんて知らない。行ったこともない。そんな歳じゃない。
 でも、ちょっと行ってみたいかも。
 きんぴらごぼうが完成した。
 ちょっとつまんで、味見してみる。
 おいしい。
 彼はわたしの料理をいつも喜んでくれる。今日はいないのが残念だ。
 そうだ、彼の携帯に電話してみよう。いまごろなにをしているのか。
 おいしいきんぴらができたといったら、きっとくやしがるに違いない。彼をくやしがらせるのが、わたしには楽しい。
 ついでに、スピーカーに近づいて、ケニー・バロンも聴かせてみよう。

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