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2018年9月3日月曜日

ビッグウェーブ・サーファー

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   ビッグウェーブ・サーファー

                           水城ゆう

 足首からぽっきりと折れて壊れてしまったマリア像と十字架のある丘のてっぺんに仁王立ちになって、カルロスは街と岬と海を見渡す。
 ナザレの白っぽい街は丘の中腹から浜に向かって所狭しとなだれ寄せている。数年前に作られた岬の展望台には、ヨーロッパ中からやってきた観光客が集っている。ヨーロッパどころか、アメリカやアジアから来た客もいるにちがいない。あのカメラを構えた男は、どう見ても日本人だろう。驚異的な視力で、カルロスはひとりひとりを見分ける。
 それから、岬の沖へと目を転じる。
 観光客たちには残念なことだろう、今日の波は六メートルにも満たない。だから彼だって海に出ないのだ。朝からボードに触ってすらいない。それでも波頭は派手に崩れ落ちて、下腹にひびく音を立てている。
 このまま十月が終わってしまうつもりだろうか。このシーズン、まだ一度もビッグウェーブには乗っていない。天気予報では、しかし、明後日の引き潮の時間に、かなりの波が期待できそうだとか。
 もう少し待つか。
 丘から街へと、足場の悪い岩場の道を、カルロスは軽やかに駆けおりた。もうすぐ五十に手が届くとはいえ、今シーズン絶好調で、身体は軽い。
 ねぐらに借りているガレージのロフトにもどる。借り賃はゼロ。その代わり、オーナーの庭の手入れと子どもたち——それがまた六人もいるときている——の世話をたまにすることになっている。家族をバルセロナに置いてひとり、二か月も波乗りに集中するためにここに来ている。そのくらいどうってことない。
 去年はでかいのに乗りそこねて、肋骨を四本も折った。むち打ちにもしばらく苦しめられた。今年、復帰すると宣言したとき、さすがに家族にもいやな顔をされた。知り合いからは、いい歳してなんで波乗りなんてのに金をつぎこむ、もっと家族を大事にしろといわれた。
 しかし彼は今年ももどってきた。
 仲間のなかには世界記録が目標のやつもいる。スポンサーを獲得してプロになるのが目的のやつもいる。女にもてたいだけのやつもいる。
 カルロスも聞かれたことがある。なんでビッグウェーブに乗るんだ、と。
 死と隣り合わせのときが一番生を感じるからだ、と答えたが、本心じゃない。そのことばはだれかの受け売りだ。彼がでかい波に乗るのは、波が彼の一部だから。いや、逆だ。彼が波の一部だからだ。
 二〇メートルを超えるばかでかい波に乗り、七階建てのビルの高さからまっさかさまにすべり落ちるとき、頭のなかは真っ白になり、自分が生きているのか、死んでいるのかすらわからなくなる。おれはまちがいなくこの瞬間のために存在しているんだと感じる。
 どんな形であれ、人はかならず死ぬ。そのときに、ある瞬間の感覚に輝かしく包まれて、笑いながら息を引きとれるかどうかってことだ。
 まったくおれって自分のことしか考えちゃいねえよな。カルロスはひとり、薄暗いガレージのロフトで低い笑い声を漏らした。

2017年12月24日日曜日

かなたから来てここにたどり着く

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   かなたから来てここにたどり着く

                           水城ゆう


 それは丸いガラス球のなかに閉じこめられていて、ひっくり返すとなかの白い砂つぶのようなプラスチック片がきらきらと光りながら舞いあがる。底を下にして置きなおすと、白いつぶはまるで雪が舞い降りるかのように静かに降り積もっていく。
 ガラス球のなかに閉じこめられているのは、ちいさなクリスマスツリーだ。ツリーの横には赤い帽子をかぶった雪だるまが置かれている。帽子のてっぺんには白いボンボン、ツリーのてっぺんには金色の星をいただいている。雪つぶはそれらの上にも降りつもる。
 まるで小さな世界がそのなかにあるみたいで、九歳の私の手のひらにぴったりの大きさなのに、世界の重要性を示すかのようにずっしりと重かった。
 もうサンタは信じていなかったけれど、まだ定められた儀式として残っている枕元へのプレゼントとしてパパが買ってくれたものだ。
 私の宝物。

 母があけてくれた扉の向こう側には、色とりどりにピカピカと点滅する電灯に飾られたツリーが部屋の奥に据えられていて、私はそれ以外なにも目にはいらなくなった。ツリーの横にはまだ三十代なかごろの父が得意げな表情で立っていたけれど、最初は気づきもしなかった。
 電灯が不規則に点滅していることも不思議だったし、赤や緑や黄や白などいろいろな色の光があることも驚きだった。
 あとで知ったことだが、ツリーは本物の木ではなく組み立て式のプラスチックのレプリカで、たくさんの電灯がくっついているひも状の電線が巻きつけられて、簡単なリレースイッチで点滅が繰り返されるようになっているものだった。
 五歳の私は美しいツリーから目をはなすことができなくなってしまった。

 皺とシミだらけで乾燥しがちな使い古した肌には、この空気は寒すぎる。生まれて二か月の赤ん坊にも寒すぎるだろうと思う。連れてこなければよかったと後悔したが、毛布にくるまれて私の腕のなかですやすやと眠っている。
 公園のヒマラヤ杉にはだれがしつらえたものやら、LEDの電飾がてっぺんから巻かれていて、青白い光を無数に放っている。木には迷惑なことだろう、しかし恋人や家族たちは歓声をあげてスマートホンのカメラを向けている。
 目をあければ赤ん坊には飾られたツリーがどのように見えるのだろうか。それは海馬の奥深くにイメージの記憶としてしまいこまれ、いつか取りだされることがあるのだろうか。
 私の記憶にも思いだせるもの、思いだせないもの、たくさんのクリスマスツリーのイメージがしまいこまれているが、それらもやがて消える。しかしこうやってこの子を抱いていると、私の消えゆく命がそっくりそのままこの子のなかに移行していくような気がして、安らぎをおぼえる。
 その安らぎと、目のなかの光景を赤ん坊に転写するかのように、私は赤ん坊をしっかりと抱きかかえる。

 なにをしてもなにかをした気になれない。どこにいてもどこかにいられる気がしない。三十年もそんな苦しみのなかにいた私が、とうとうここにいてもいいといわれた。
 私は主のもとに膝を折り、手を合わせて祈る。
 ここにいてもいいといわれるなら、どこへでも行くだろう。どこへでもおもむいて、自分の身を人々のために投げ打てるだろう。主がそれを許されたのだから。
 やっとここにたどりついた。もみの木のてっぺんに、ちょうど礼拝堂の十字架が見えている。

 わたしの誕生日はクリスマスの前の日。だから、クリスマスプレゼントも誕生プレゼントもいっしょになる。ふたついっしょなんだから、ふつうのプレゼントよりも豪華なんだよってママはいうけれど、別々のほうがいいに決まってる。ついでにお正月になれば、クリスマスプレゼントも誕生プレゼントもあげたばかりだからお年玉は少なめよ、家計だって苦しいんだから協力してねっていわれる。そんなのずるいし、悲しい。でもわたしは今日で八歳なんだ。幼稚園からだいぶたつし、もう大人だよね。猫だったら中年といってもいいくらい。だから、家計のことには協力するし、文句もいわない。ママだってわたしが小学校に行きたくなかったとき、文句いわずに好きにさせてくれたし、いつも大事に思ってくれている。そんなママのこと大好きだから、わたしもあれこれいわない。でも、すこしはわかってほしいのよね、わたしの気持ちも。すこしはね。すこしでいいからね。

 母が亡くなったあと、実家を片付けるのは本当に、本当に大変だった。ものがあふれていて、それもいらないものばかり。なにも捨てられない人だったのだ。すべてのものに思い出がくっついていて、母にとっては大切なものだったのだろう。とはいえ、私にとってはゴミでしかない。
 ほこりにまみれたガラクタをつぎからつぎへとゴミ袋に詰めこんでいく。
 クリスマスツリーの箱が出てきた。あけてみると、ツリーはプラスチックのレプリカで、劣化して色あせている。組み立てようとしても、たぶん折れてしまうだろう。点滅式の電灯をいちおうコンセントに差しこんでみたが、つきはしなかった。
 この箱を、母は年老いてから、あけて見ることがあったのだろうか。
 蓋をしめ、私はそれを不燃ゴミの山の上に積みあげた。

 それがどうやってこの砂浜にたどりついたのかはわからない。波打ち際よりすこし小高くなったハマヒルガオの群生地の近くに、それはなかば砂に埋もれていた。
 子どもの手のひらにすっぽりおさまるほどの大きさのガラス球。なかは透明な水で満たされ、横だおしになったツリーと雪だるまの上に雪が降りつもっているような風景が閉じこめられている。
 人口爆発と環境破壊とシンギュラリティから千年がたち、わずかに生きのこった人類と機械文明がほそぼそと地球の調和をたもっている。
 カニが一匹、好奇心にかられて近づいてきた。ガラス玉のなかに食べるものがないか調べはじめたが、すぐにあわてて離れた。不完全とはいえ、焦点を結んだ太陽光にあやうく焼かれそうになったのだ。

2017年10月21日土曜日

きみは星々の声を聞いている

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   きみは星々の声を聞いている

                           水城ゆう


 予定日をとっくにすぎているのに、陣痛はまだ来ない。外ではコオロギの鳴き声がしている。あの高い、ちいさな鈴を振るような声は、エンマコオロギだ。ラジオでは、太陽表面でおきる大爆発現象――太陽フレアの地球への影響は、予想されていたほど大きくなかったと報じている。
 遅番の夫はまだ帰っていない。
 お腹がすいた。夫の帰りを待ってなにか作るか、それともいまから作りはじめて先にすこし食べておこうか。
 ヘリノックスの折りたたみ椅子にすわってかんがえていると、お腹の子どもが胃のあたりを蹴ってきた。

 地震の三日後、避難所にあてられた小学校の体育館からようやく夫の姉の家に移ることが決まった、よりによってその日、痛みがやってきた。用意された車に乗り移る前に破水した。
 毛布が敷きつめられた後部シートに腹をかかえて乗りこむ。大昔に助産婦をやっていたことがあるという高齢の女性がいっしょに乗ってきた。夫は別の車で子どもたちといっしょに病院についてくるという。
 ついてこなくてもいい、と思った。これが初めてじゃないんだし。みんな見ないでよ、病気じゃないんだから。
 車が動きだす。西の空にはまだかすかな茜色が残っている。

 イスラエル軍の空爆の音を聞きながら、彼女は四人めとなる子を産み落としたばかりだ。最初の子は十一歳、女の子。2009年のガザ地上侵攻で両足を失った。ふたりめは九歳、男の子。十二年の空爆で失明した。三人め、六歳、男の子。この子はまだ無事。そしていま、女の子が生まれた。
 夫はハマースに参加していて、長らく帰っていない。顔を忘れてしまいそうだ。
 それにしてもこの子はなんてかわいいんだろう。生まれたばかりの赤ん坊なんてたいてい猿のようにくしゃくしゃなのに、この子はふっくらしていて、まるで天使のようだ。
 彼女はおくるみに大切にくるまれた生まれたての赤ん坊を、大切に腕に、胸に抱きよせた。

 ベランダの引き戸をあけて煙草を吸っていたら、向かいの家がなにやらあわただしい。
 こちらはマンションの二階で、あちらはちっぽけな建売住宅。どちらも新興住宅地の一画。向かいの家にはまだ二十代の若い夫婦が住んでいることを私は知っていた。そういう私は四十をいくらかすぎた、世間がいうところの「婚期をのがした」キャリアウーマン。婚期もキャリアも余計な称号。
 見ていると、夫がガレージから車を出してきて、あやうく門柱にぶつけそうになっている。大きな腹を抱えて妻が後部シートに乗りこむ。何日かするとこのふたりは、家族をひとり増やして幸せそうに帰ってくるのだろう。
 私もそろそろ煙草をやめなきゃね、と思いながら、まんまるの月に向かって煙を吹きあげた。

 おれは妻のうめき声を聞いている。いや、これはうめき声というようなものではない。泣き声だ。叫び声だ。泣き叫ぶ声だ。それがおれの耳を打つ。
 部族の掟でお産のときにはだれひとり立ち会うことはできない。妻は鶏の頭をてっぺんに飾った柱を四隅に打ち立て、むしろで覆われた森のなかの小屋でひとり、産みの苦しみにもがいている。
 おれはただ村はずれでそれを聞いている。声が聞こえるばかりで姿は見えはしないが、ようすは手に取るようにわかる。妻の腹から羊水と血にまみれた赤子が押しだされてくる。妻は最後の力を振りしぼって赤子を産み落とすと、へその緒をそいだ竹で切り落とす。
 赤ん坊が弱々しく泣きはじめる。おれは思う。おれの子なのか? それはおれの子なのか?

 内祝いはどうしよう、と私は思う。夫に相談すべきだろうか。あるいは母に?
 出産祝いをもらったんだもの、お返しはしなきゃ。でも、それは内祝いという名前なのよ。そして彼女には子どもがいない。まだいない、といったほうがいいわ。ずっと欲しがっているのに、まだできないのよ。彼女たち夫婦がもう何年も不妊治療に通っていることを知っている。すごくたくさんお金と時間を使っていることを知っている。
 私ももう半分あきらめていた。いないならいないでいいと思っていた。だから不妊治療は受けたことがない。夫もそのことを同意していた。でも、突然妊娠し、産まれた。
 いいのよ、かんがえるの、よそう。人のことをかんがえてる場合じゃない。これからいろいろと大変なんだから。それに、ほら、こんなにかわいいんだもの。人のことなんてどうだっていいのよ。

 分娩台で彼女はよろこびに打ち震えている。ようやくこの時が来た、私の赤ちゃん、ようやく産まれる、この胸に抱くことができる。
 ライセンスが降りるまで彼女は82年待った。子を持つためのライセンスを得るためには、体力と知識と技術だけでなく、経験も必要なのだ。82年はみじかいほうだった。そのくらいの年月をかけて経験を積まなければ、理想的な育児はできないと判断されている。かつては二十代、三十代で産んでいたなんて信じられない。
 男がいないこの社会で、人口は理想的に保たれ、いさかいはなく、自然環境と人類の営みは完全に調和がとれている。あと千年は女だけの世界がつづくはずだし、千年たてば冷凍された在庫に頼らずとも女だけで世界が維持できるようになるだろう。
 私の赤ちゃん。彼女は産道を降りてくる感触に感きわまる。痛みはなく、そこには喜びがあるだけだ。

 すべすべして、針でつつけばぱちんとはじけそうだ。うっかり落とすと、風船のように割れて飛びちってしまうかもしれない。もちろん落とすわけはない。
 皺くちゃの震える手で、慎重に孫娘の娘を受け取る。ここしばらくこれほどの緊張を味わったことはない。首が曲がらないように後頭部を手のひらで包みこみ、反対の手で胴体をかかえこむ。
 軽い。小さい。でもはかない感じではない。そこにはたしかに力強く息づく命がある。そしてそれを抱くのはやがて消えていく震える命。
 生まれたての赤子を抱くのは、やがて来る死を受け入れるのとおなじ体験なのだと感じて、笑みがもれる。

 友人から、孫が産まれた、とメールで送られてきた写真を見ながら、自分の息子が産まれたときのことを思いだそうとしている。
 十月の終わりだ。すぐ近所の産婦人科の病院で産まれたことは覚えている。その病院もいまはない。昼だったか、夜だったか、あるいは朝だったか。出産には立ちあっていない。たしか長引いて、自宅で待っていると知らせが来て、病院に行ったはずだ。が、息子と対面した場面をまったく覚えていない。
 男親なんてそんなものなのか。しかしたしかに息子は成長し、大人になって、社会人になり、めったに連絡をくれなくなっている。息子はまだ結婚していない。

 夫の帰りを待つのをやめて、彼女は台所に立った。玉子がたくさんある。トマトといっしょに炒めて、チーズでコクをつけよう。ご飯はすでに炊飯器で炊きあがっている。味噌汁は昼に作ったものがまだたくさんある。じゃがいもと玉ねぎとワカメの味噌汁。あと、レタスとブロッコリーでサラダでも作ろうかな。
 台所の窓をあけると、ひんやりした空気が流れこんできて気持ちいい。隣家の敷地が見える。隣家は真っ暗で、まだ仕事からだれも帰ってきていないのか。その屋根の上に、北斗七星がくっきりと見える。
 本当は助産所で産みたかったのだが、明後日までに陣痛が来なければ病院に入院することになっている。お腹のなかの赤ん坊が大きく育ちすぎているのだ。それは残念だし、まわりからもいろいろいわれたり、助言されたりするけれど、いいのだ、赤ちゃんが元気なら。どこであれ、どんなふうであれ、元気に産まれてくればなんだっていいんだ。
 油をひいてよく熱したフライパンに、いきおいよくトマトと玉子を流しこむ。こぎみのいい音とともに、食欲をそそる匂いが台所に立ちこめた。

2015年10月29日木曜日

待つ

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   待つ

                           水城ゆう


 私は待っている。湖というより池といったほうがいいような、川の支流がせき止められてよどんでいる沼地のほとりで、折りたたみ椅子に座っている。私が待っているのは、動きだ。いまは止まっていて動かない浮きが、動いて水面の下に沈む瞬間を待っている。
 動かない、といったが、実際にはわずかに動いている。いまはほとんど風がない。それでも水面はまったく鏡のように平らというわけではなく、支流から流れこんでくる水の動きでかすかな波紋が生まれている。浮きはその波紋と、ほとんどないとはいえときおりゆっくりと水面をなでて渡ってくる風によって、わずかに揺れている。その浮きが、ちょんちょんと上下に揺れ、水面に丸い波紋を描き、そのつぎの瞬間にはすっと水面下へと引きこまれて消える瞬間を、こうやって私はもう一時間も待っている。
 古びたぜんまいを巻きあげるような鳴き声をあげながら、目の前の水面をオオヨシキリが横切って飛ぶ。
 爆撃にやられた市街地にはまったく動きはない。私は瓦礫の下に身を潜め、待っている。冬だ。気温は氷点下だ。レニングラードの冬に戸外でじっと動かずにいることは、自殺行為に近い。死なないまでも手足や耳、頬を凍傷にやられる。そんななか、私は夜明け前のまだ暗い時刻にここにやってきて、ここに身を潜めている。分厚い毛皮の帽子と耳あて、外套にすっぽり身をくるんでいる。銃身は濡れた手で触ればそのまま皮膚が接着してはがれてしまうほど冷えこんでいるはずだが、トリガーには温めた指をかけている。指を温めなおすために、ときおり下腹部に手をいれ、睾丸をもむよう触る。レニングラードが包囲されてもう十五か月、情報では今朝八時すぎに、ドイツ軍の少将があそこに見える駐屯地に到着することになっている。彼が車から降り、私のライフルのスコープにとらえる瞬間を、私は待っている。
 どこかから煙のかすかなにおいがただよってくる。私は無性に火が恋しくなる。
 雨季のマングローブ林はさまざまな音とにおいに満ちている。乾季にはほぼ干上がっているこの林も、いまは人の背丈くらいの深さまで浸水している。
 私は待っている。水底に打ちこんだ杭のてっぺんに尻を乗せ、両脚を杭にからめて水面をのぞきこみながら、待っている。この下にきっといずれ通りかかるピラルクーの輝かしくきらめく巨体を、手製の銛《もり》をいつでも放てるように構えながら、待っている。
 肉は市場で高く売れるし、塩漬けにしてもよい。それもまた自家用にはもったいないほど高く売れる。うろこは靴べらや爪やすりとして土産物屋に高く売れる。とくに大型のものは珍重される。
 去年のシーズンには最大で五メートル級を仕留めた。今年も大物をねらっている。だから、尻が杭に食いこんで痛くなっても、両足が攣《つ》りそうになっても、全身がこわばっても、一瞬たりとも水面から目をはなさず、銛の構えも解かずに、待っている。
 雨季の森はさまざまな鳥の声で満ちている。熟した果物の濃厚なにおいがただよってくる。たまに熟れきった果実が水面に落下する音も聞こえる。遠くの密林のほうからホエザルのせわしない鳴き声が聞こえてくる。
 ここからは見えないけれど、海のほうからは湿った空気が吹きつけてくる。私は尻を高くかかげて待っている。大西洋からの湿った風は、このナミブデザートを吹きぬけていくが、私は尻を大きく空中に突きだして身体全体でその風をさえぎる。わずかに冷たい私の身体は、湿り気のある風があたるとわずかに結露する。私はそれをただひたすら、待っている。
 私の身体の表面には突起やでこぼこがあり、結露した水滴は身体の表面をつたわって私の首のうしろに集まってくる。すこしずつ、わずかずつ、結露した水滴が伝わって集まってくる。私はそうやって一晩中待っている。朝方になると、集まった水滴は私の頭のうしろに大きなかたまりとなる。その水分のおかげで、まったく水場のないナミブデザートでも私のようなビートルも生きぬくことができる。生きぬくために、私は待つ。いまも夜の時間がすぎ、灼熱の日がのぼる前の至福の一瞬を待っている。
 軍楽隊の音楽が聞こえる。道端の群衆の歓声が聞こえる。まさにいまテレビ中継されているその音声が、どこかのスピーカーから拡大されて流れてくる。ダラスの街を見下ろしながら、私はもう二時間半も待っている。私の姿はだれからも見えないはずだ。私は建物の上に姿を隠し、狙撃用のライフルを構えている。照準を合わせたスコープのなかにはパレードのために通行規制された道路や、旗を持った沿道の観衆が見えている。
 今日は金曜日。正午をすぎて二十数分がたとうとしている。やがて視界のなかにパレードの車列を先導する白バイが三台、見えてくる。道はばいっぱいを使って邪魔者を警戒するように白バイが通っていくその後ろから、黒のオープンカーとセダンがくっつくようにして走ってくる。そのまわりを何台もの白バイが取りかこんでいる。
 オープンカーの後部シートにジョン・Fの顔を確認する。すぐ横にはジャクリーンもいる。私のライフルのスコープにはほぼ正面にジョン・Fの頭部が見えていて、照準の中央に彼をとらえる。
 窯では薪《まき》が赤々と燃えている。時々火がはぜる音がする。薪は先ほどみんなで、慣れない腰つきで割ったばかりだ。その薪をフィルが煉瓦《れんが》を組んで作ったピザ窯で燃やし、窯のなかを充分な温度にする。だから、薪はストーブに入れるよりも細く、最終的には鉈《なた》を使って割った。
 窯小屋の外は徐々に夕闇が落ちて星々の輝きが見えはじめている。私はピザ生地が発酵するのを待っている。生地が発酵したら、丸くのばして、具を乗せ、それを窯にいれて焼く。私はそれを待ちどおしく待っている。
 私は待っている。ハレー彗星がやってくるのを。この前にハレー彗星がやってきたのは一九八六年で、そのときも私は七十五年待ったのだった。いまもまた七十五年待っている。満天の星だ。オリオンが東の空からのぼってくるのが見える。ミルキーウェイも見えるような気がするが、ひょっとして雲なのかもしれない。南の空に出ていて、ミルキーウェイは見えないだろう。つぎにハレー彗星がやってくるのは二〇六一年だ。私はそれを待っている。
 私は待っている。半減期を。半減期の半減期を。半減期の半減期の半減期を。しかし、それは永久になくなりはしない。人にも半減期はあるのか。私は待っている。
 もうすぐ息がたえる。私は待っている。自分の呼吸が止まるのを。自分の鼓動が停止するのを。だれかがご臨終ですと告げるのを。私はそれを聞くだろう。その声を私は待っている。
 まだ声が聞こえる。街の音が聞こえる。部屋の音が聞こえる。私は待っている。
 外からは人々の話し声が聞こえる。学生街で、若い男女の笑いあったり、ふざけあったりする声が聞こえる。車が通りすぎる。すこし離れた甲州街道からは救急車のサイレンが聞こえてくる。
 室内には人が何人かいる。話し声はしない。みんな耳をすませて聞いている。ピアノの音を。朗読の声を。それらがしだいに静まり、間遠になり、沈黙の比重が増していくのを私は待っている。
 まだ聞こえる。ピアノの音が。もうほとんどまばらにしか聞こえないが、まだぽつりぽつりと聞こえてくる。朗読者の声も、とぎれがちだが、まだ聞こえる。
 まだ聞こえる。
 それらが完全に聞こえなくなるのを、私は待っている。
 それらが完全に




(おわり)

2015年9月19日土曜日

コンテナ

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   コンテナ

                         水城ゆう

 なかを泳げるほどの濃霧の朝、ぼくらは出発する。
 ぼくらを岸壁から引きはなしたタグボートがはなれていくと、フォグフォーンを一発。ながく尾を引く警告音が港内にひびきわたり、ぼくらは白灯台を右に見ながら外海《そとうみ》へと乗りだす。
 波はない。波高ゼロ。油を流したように凪《な》いだ海面を、濃い霧がなめている。その霧と海面の境界を分けて、ぼくらのコンテナ船五万トンがゆっくりと進んでいく。五万トンの海水が右と左と下へと分けられ、巨大なスクリューによって後方に押しやられる。巨大な質量の移動だが、それは静かにおこなわれる。聞こえるのは低くくぐもったディーゼルエンジンの音と、ひたひたと船腹をなでる水音だ。
 カモメが何匹かついてきて、船のまわりをせわしなく調べる。自分たちに餌を投げあたえる人影がないかどうか、調べているのだ。が、出港時のいそがしい時間に、そんなことをする乗組員はいない。すくなくともぼくらのコンテナ船にはいない。もしいるとしたら、暇を持てあますか、酔いざましにデッキに出てきた客船かフェリーの乗客くらいだろう。
 コンテナ船が沖へ出て、エンジン音が変化すると、カモメたちもあきらめて霧のなかへと去っていく。
 霧もまた、急速に薄れていくようだ。
 陽が射しはじめると、濡れていたコンテナもあっというまに乾いていく。陸地近くでは凪いでいた海面も、沖合に出るとわずかなうねりを見せはじめる。ほとんど揺れはしないが、わずかに平行が傾くと、老朽化したドライコンテナの継ぎ目からノイズミュージックが聞こえはじめる。
 ぎしっ、ぎしっ、かちゃん。
 ぎゅっ、ぎしっ、かちん。
 それぞれのコンテナはセル・ガイドにそって固定されていて、船が揺れても荷崩れの心配はない。積荷も船体そのものも、巨大ハリケーンにも耐えるように作られている。ぼくらは海に出てすでに十五年を経たベテランだけれど、まだまだやれる。現役まっさかりといっていい。
 ぼくら大型コンテナ船は、各地のハブ港に集結したコンテナ貨物をさらに積みかえ、世界をまわる。香港、シンガポール、ドバイ、ハンブルグ、ロッテルダム、ブレーメン、ニューヨーク、ロサンゼルス。地球を何周したことだろう。人々が見たこともないような光景をたくさん見てきた。
 フォークランド諸島の沖合で無数のクジラの群に遭遇したことがある。吹きあげる潮と壮大な合唱で、海がだれのものなのか思い知らされた気がした。
 ペルシャ湾では巨大な空母とそれから発着する戦闘機を見た。彼らは昼となく夜となく働いて、思想信条のことなる人々を殺戮するのに余念がなかった。ぼくらのすぐ上をミサイルが飛びすぎたこともあった。
 冬のノルウェー沖では満天に踊り舞うオーロラに怖れおののいた。それらはときに天使の舞のように、ときには悪魔の牙のように、ぼくらの身体のなかにまではいりこんでくるような気がして、生きたここちがしなかった。
 夏の日本海ではイカ釣り漁船団のまっただ中を通過したこともあった。無数のまばゆい集光灯が、まるでそこに一機の巨大な宇宙船でも着水しているような錯覚を見せていた。
 いま、ぼくらは、霧が晴れ、まばゆい陽光を受けながら、おだやかな南シナ海をすすんでいる。高雄、香港を経由し、いまはシンガポールに航路を取っている。この航路では何度か台風に見舞われた。でもぼくらはそのつど、台風の目が頭上を通過するなかを、五万トンの水を分けながら進んでいった。十二メートルに達しようという波もものともせず乗りこえてきた。五〇メートルを超えるほどの風速でも、きっちりと積みあがったコンテナの位置は一ミリも狂わなかった。
 ぼくらの右のほうからかなりの速度で、おそらく中国籍の漁船がちかづいてくる。大きな漁船でも、何人かの男が船べりで立ち働いているのが見える。これから遠洋に出かけるのだろう。彼らはぼくらの後方をすり抜け、左後方へと遠ざかっていく。漁船がけたてる白い波が静かな海にくっきりと航跡を残す。ぼくらの航跡もまた、黒々とした海面の色をうすくかきまぜて、まっすぐ後ろへと、速力24ノットでのびている。
 コンテナ船の仕事は、入港前と接岸時、そして入港後がピークだ。よく、遠洋航路の船員はいろいろな土地を訪れることができることをうらやましがられることがあるが、実際には入港してものんびり上陸して観光しているような時間はほとんどない。ガントリークレーンによる荷揚げ、荷積み、積み込みのプログラム、コンテナの計数、マニフェストとの付きあわせといった山のような仕事がある。接岸するとほぼ一日がかりで荷揚げと荷積みがおこなわれるが、それでも何百個というコンテナの入れ替えが一日しかかからない。そして乗組員はのんびり上陸を楽しむ時間はほとんどない。
 港を出てしばらくし、点検、データ確認などの作業が終わると、ようやくひと息つける。しばらくは退屈との戦いの日々となる。
 香港を出て半日、ちょうど秋分に差しかかろうという秋の太陽が、いま、西の水平線へと落ちかかっていく。ぼくらはそれを、朝がたに中国の漁船が去っていった方角、左舷後方に見ている。
 左舷後方の水平線近くには、いつの間にか薄い雲がかかっている。たっぷりバターを使ったパイ生地のように層状になっていて、太陽はまさにその層のあいだをくぐり抜けて沈もうとしている。大気圏で光がゆがみ、倍の大きさになった太陽。空中の塵で青色が拡散し、オレンジの火球と化した太陽。オレンジ色は雲と空と、それを映す海面をもそめあげる。
 一瞬たりともとどまらない変化のなかで太陽は水平線へと急速に落ちていき、やがて溶けこむように海に呑みこまれて消える。
 赤の光は空にとどまり、やがて紫から青みを帯び、暗く沈んでいく。光量が急速に減衰し、宇宙の背景があらわれるとともに、星々が姿を見せる。
 ぼくらの船は星空にブリッジを高々と突きあげ、左舷の緑色灯と右舷の赤色灯をほこらしげに輝かせて進みつづける。
 夜がふけると、船員たちは当直と眠れない者を残してほとんどが、それぞれの寝台で寝静まる。当直の航海士は操舵室に立っているが、ぼくらはオートパイロットで航海しているし、なにか障害物があればレーダーが知らせてくれる。当直も四時間の辛抱で、真夜中が来れば交代して自室にもどれる。あるいはしばらく星でも見ようか。今夜はミルキーウェイが見られそうだ。
 と、レーダーに右舷からなにか接近してくるものが映る。船ではない。低く飛ぶ航空機のようだ。旅客機ではない。軍用機、速度からして戦闘機かもしれない。南シナ海は 東シナ海ほどではないにせよ、さまざまな軍事的緊張がある海域で、ぼくらもいろいろな軍事的事象を見てきた。空母や護衛艦、駆逐艦などの艦船はもとより、いまのように航空機も軍用のものを頻繁に見る。浮上した潜水艦が休んでいるのを見たこともある。あれはひょっとしてエンジントラブルで停止していただけだったのかもしれない。
 ぼくら民間船が港と港をつないで人々に物資をとどけているあいだにも、軍用船はあっちへいったりこっちへいったりと、ぼくらみたいに忙しそうにしている。ぼくらコンテナ船が車の部品や、衣服や、コーヒー豆や、缶詰や、パスタや、ワインや、果物や、材木や、冷凍肉や、スパイスや、本や、電気製品を運んでいるあいだにも、彼らはダミーの的になっている廃船に向かって大砲を撃ったり、戦隊を組んで演習したりしている。
 レーダーの機影は、やがて左舷方向に消えていった。
 夜中がちかづいてくる。
 このあたりの緯度だと、この季節でもさそり座がくっきりと前方に視認できる。アンタレスの目玉がひときわ赤い。
 そしてミルキーウェイ。
 それを斜めに横切っていく人工衛星。
 すこし波が出てきている。といっても、一メートルかそこいら。二メートルはない。
 波を切る音が立つ。暗闇でほとんど見えないけれど、航跡はさらにくっきりと白いことだろう。
 ぼくらは闇と黒い海面を切りわけて、力強く進む。
 ぼくらが運ぶのは、さまざまな国の、さまざまな人種の、さまざまな階層の、さまざまな立場の、さまざまな人々のいとなみのための物資。ぼくらを待っている人が、世界中にいる。

2010年2月20日土曜日

An Octpus

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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #38 -----

  「An Octpus」 水城雄


「釣りたいんだけど、乗せてくれる舟はないかな」
 英語で話しかけると、見るからに漁師風のまっ黒に日焼けした男は、無表情に彼を見返した。
 通じないのか? それもやむをえない。イタリア語ですら通じないかもしれない。なにしろここはマルタ島なのだから。
 それにしても、なぜおれはこんなところに?
 あきらめて、英語が通じそうなところはないかとその場を離れかけると、思いがけず漁師が返事をした。
「わしの舟でよければ、乗りな」
 そこそこの英語だ。強いなまりはあるが、意味はわかる。
「あんたの舟って?」
「そら、あそこに」
 指さした先には、地元でルッツと呼ばれている派手な模様がペイントされた木造の小舟が見えた。このあたりの漁船だ。
「なにが釣れる?」
「なんだって。いまの時期だと蛸がいい」
「タコね……」
「あんた、日本人だろう。タコを食うだろうが。もっとも、知られていないことだが、わしらマルタ人もタコを食う。ちなみに、ギリシアの連中もな」
 まあいい。釣果が目的ではない。ただなんとなく釣りをしてみたくなっただけだ。
 学生時代、マルタで生まれたという同級生の女がいた。父親の仕事のために一家でそこに住んでいた。いい島だと彼女はいっていた。
 学生のときに立ちあげた会社がたまたまうまくいき、若い起業家としてマスコミからもてはやされた。実際、業績ものび、株式上場するまでに急成長した。株によって多額の資金を手に入れ、結婚もして順風満帆に思われた矢先、インサイダー取引疑惑で内偵が進められているという情報がはいった。さらに、写真週刊誌にはアイドルタレントとの火遊びをすっぱ抜かれた。実際、少しのぼせあがっていたところはあると、自分でも自覚している。
 ほとぼりをさますべく、ひとり、見知らぬ島に逃げてきた。妻にも行き先は伝えていない。来てみれば、乾いた砂ぼこりと、白い土壁ばかりの土地だ。なにもない。ただ、海と空は見たこともないほど美しかった。
 丘の上のホテルの窓から、ちっぽけな漁船が浮かぶ湾をながめていて、唐突に「釣りでもするか」と思いたった。日本にもどれば、ほとぼりがさめるどころか、検察が手ぐすねひいて待っているのかもしれない。なぜか知らないけれど、いま、美しい海にわが身を浮かべてみたくなった。置きざりにしてきた妻も、まだ子どもといってもいいようなアイドルタレントのことも、いまはどうでもいい。
 海に出ると景色が変わった。赤茶けた丘と、そこに建ちならぶ白い壁の家。海側から見るマルタの街は、ジオラマのようだ。
 釣糸をたらしてしばらくすると、手ごたえがあった。ぐねぐねと抵抗する感触を力ずくで引張りあげると、いきなり墨を引っかけられた。
 漁師が遠慮のない笑い声を彼に浴びせかける。顔の墨を指さして、ゲラゲラ笑っている。
「いいさ、そうやって笑ってろ」
 どうせおれはそういう人間なんだ。これまでだって、けっこううまくやってきたように見えて、じつは無理してた。かっこばっかりつけてた。ほんとは笑われて、こきおろされて、馬鹿にされるのがちょうどいい男なんだ。かんがえてみれば、ガキのころからいつも馬鹿にされていた。だから見返そうと思って無理を重ねてきた。
 こちらの日本語に対抗したのか、漁師が笑いながらマルタ語でなにかいう。もちろんなにをいっているのかわからない。
 墨を引っかけた蛸は、ルッツの船底でぐにゃぐにゃと足をよじらせてあがいている。自分そっくりだと思った。
 彼は着ているものを全部脱いだ。船べりに足をかけ、頭から思いきり海に飛びこんだ。
 浮かびあがると、気でも狂ったのかという顔でこちらを見下ろしている漁師の顔があった。それを見て、彼は笑いだした。いましがた笑われた分まで笑い返してやった。
 素っ裸のまま海面に仰向けになる。
 漁師がなにかいっている。今度は英語かもしれない。波の音に消されて聞こえない。
 真っ青な空と地中海の雲が、彼の網膜に焼きつけられる。
 よし、日本に帰るか。帰ってまたひとあがきするか、と彼は思う。

2010年2月10日水曜日

Bangkok

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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #26 -----

  「Bangkok」 水城雄


 バンコクの上空は靄がかかっているようにくすんでいる。
 飛行機の窓からは朝焼けが見える。日はまだ昇っていない。ずっと眠っていたパパがぼくの横で身じろぎしてから、充血した目をあける。二時間くらい前に飲んだポケット瓶のウイスキーがまだにおう。
 ドン・ムアン空港はあきれるほど暑く、人でごったがえしている。まだ夜明け前だというのにどうしてこんなに人がいるんだろう。
 ぼくらはバスに乗りこみ、市内に向かう。
 未来都市みたいな空中道路から、街の中心部にそそり立つコンクリートとガラスのかたまりのような高層ビルの群が見えてくる。てっぺんのほうだけ朝日を浴びて、ギラギラと輝いている。パパのDVDコレクションにある古いSF映画のシーンみたいだとぼくは思う。
 ホテルの近くの道ばたには露店がならんでいて、大きな鍋からは湯気が立っている。気温はたぶん、35度くらいあるんだろう。露店の前は40度以上あるにちがいない。鍋の向こうには15歳くらいだろうか、ぼくと同い年くらいの少年が立っていて、巨大なひしゃくで鍋の具をかきまわしている。
 なにを作っているんだろう。やけにおいしそうだ。少し前にパパと食べたトムヤムクンの味が口のなかによみがえってきたような気がするのは、バスのなかにまで流れこんでくる香料のにおいのせいだ。
 渋滞に引っかかってしまったぼくらのほうを、少年がちらっと見上げる。
 目があった。
 浅黒い顔。骨ばった身体つき。真っ黒にちぢれた髪。鋭い目つき。
 学校には行かないのだろうか。それとも、ひと商売してから行くんだろうか。彼が作っているのは朝の通勤客に売るための朝食なのだろうか。それとも朝帰りの酔っ払いのための夜食なのだろうか。一杯いくらで売っているのか。
 バスがホテルに着く。
 熱帯の樹木で飾られた巨大温室のようなエントランスホールが見える。椰子の木にはさまれて金色の仏像が鎮座している。
 きらびやかな民族衣装をまとった若い女性がふたり、バスの外に出迎えにきた。にこやかな笑みを浮かべている。パパにつづいてステップを降りると、そのふたりの女性はぼくにもうやうやしくおじぎをした。
 ぼくはホテルには入らず、このままあの少年の露店のところに走っていきたくなる。あの少年からスープを一杯買って、なにか話してみたくなる。言葉は通じないかもしれないけど。
 観光なんてばかみたいだ、とぼくは思う。

2010年1月21日木曜日

Depth

(C)2010 by MIZUKI Yuu All rights reserved
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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #10 -----

  「Depth」 水城雄


 定時連絡が待ち遠しい。あと三時間。
 妻の声が聞きたい。顔が見たい。ここしばらく、定時連絡に妻は姿を見せていない。
「重要な任務でしばらく出張してもらっている」
 労働党科学会議の偉大なる海洋技術部総書記殿がそうおっしゃった。任務の内容も、出張先も極秘で、私にすら教えられないそうだ。教えてもらったところで、この深海でなにができようというのか。
 任務完遂まであと十五日。深度七五〇〇メートルに設置された真深度居住実験施設に私が送りこまれて、今日で三十日がたった。いや、まだ二十九日か。あるいは三十一日か。
 真っ暗な深海の底に設置された宇宙船のような狭い実験施設に閉じこめられていると、時間経過の間隔がどんどん麻痺してくる。いまが朝なのか夜なのか、昨日なのか明日なのか、今日が何日なのか。
 小さな窓の外はなにも見えない。なにもない。窓からもれるわずかな明かりのなかを、マリンスノーが音も立てずに降っているだけだ。ときおりリュウグウノツカイがゆっくりと横切るのを見たが、夢なのか現実なのか私には区別がつかない。
 それにしても、妻はどんな任務についているのか。どこへ出張しているのか。
 前回定時連絡で見た妻は、私がいないにも関わらず、生きいきと美しく輝いていた。地上では充実した生活を送っているようだった。その妻の肩に偉大なる海洋技術部総書記殿の手が回されているのを見たような気がしたが、それは私の見間違いだったのか。
 任務完遂まであと十六日……十七日? いや、二十日か? いつまでここにいればいいのだ。ひょっとして、永久にここに閉じこめられてしまうのではないか。
 いまは何時なのか。定時連絡まであと何時間なのか。そもそも定時連絡の時間はやってくるのだろうか。
 私は生きているのか。それとも死んでいるのか。
 私はいったい、だれなのか。

2009年12月20日日曜日

Him

(C)2009 by MIZUKI Yuu All rights reserved
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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #22 -----

  「Him」 水城雄


 正直にいえば、彼の命はあと数週間、長くて数か月であろうと私は確信していた。
 とても一年、二年、もつものではない。巨大な軍事的警察国家を相手に逃げ切れるものではない。これから先、彼はどこへ逃げようというのか。どこに向かおうというのか。
 私はそれを確かめるために、みずからの生命の危険を犯して彼と行動をともにしていた。私の確信に従えば、つまり彼の死を見届けるために。
 しかし彼の言動には不安やためらいを感じさせるものはなにもなかった。言動は常に確信的であり、決断には一瞬のためらいもなく、ときには希望に満ちてさえいるように見えた。
 彼はなぜそれほどまでに自信にあふれているのか。大きく開けたライオンのまさにアギトの中に立っているような状況だというのに。
 神を信じているからか。
 違う。彼が信じているのは、彼自身だけだ。それは間違いない。
 今朝、私は、彼がだれよりも早く目覚め、洞窟の外に出ていくのに気づいた。私も急いで身支度し、彼の後を追った。
 砂漠の高原にいままさに日が昇ろうとしている。彼はくぼんだ目をさらにくぼませ、日の出をじっと見つめている。風はないでいる。完全に乾ききった大気も、この時間だけはかすかに湿りを帯び、官能的な芳香を放つ。
 私が近づいて行くと、洞窟の脇に立っていた歩哨が行く手をさえぎった。まだ十四、五の少年だ。
 彼がこちらを振り返り、歩哨の少年に私の接近を許させた。
「なにを見ているのですか」
 決まりきった質問に、私のあらわな肌をとがめることもなく、彼はこたえた。
「おまえはなにが見える?」
「砂漠の日の出」
「そうだ。そして今日も日の出を見ている私がここにいる。おまえは、明日は私がこの日の出を見られないと思っているな」
「そんなことは……」
「私には嘘はつけない」
 言葉がナイフのように私の身体をつらぬいてくる。彼と話しているといつもそのように感じる。
 私は身を震わせる。ことによると私は彼に心を奪われてしまったのかもしれない。
「今日がその日だ」
 彼の言葉の意味はただひとつ。
「では、いよいよ……?」
「世界中で仲間が立つ。よく見ておけ。そして書け。書いて世界に知らせろ。それがおまえの仕事なのだろう? 日の出を見られないのはだれなのか、嘘いつわりなく書け」
 また多くの血が流される、と私は思う。流血の連鎖だ。私の家族や友人も犠牲になるかもしれない。
 だがそれはこの男のせいなのだろうか。
 彼は私に見せるように腕を太陽に向かって真っすぐに伸ばすと、指先ですばやく光線を横に切った。それは私に見せるというより、歩哨の少年に見せたのかもしれなかった。

2009年12月13日日曜日

Swallowed in the Sea

(C)2009 by MIZUKI Yuu All rights reserved
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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #39 -----

  「Swallowed in the Sea」 水城雄


 またひとつ、家が流れた。
 海岸が氷に閉ざされなくなって、海が次々と海岸を浸食していく。かつては二百フィートも内陸にあった家が、昨夜のうちに海に呑まれて消えた。
 とっくに避難ずみだったが、ひと月前から彼らを受け入れている親族はもう限界だろう。もとは八人家族の家に、さらに九人の家族が避難している。
 数年前まで海岸は氷に閉ざされ、海から守られていた。われらイヌイットの一族は氷の海を、かつては犬ぞりで、そしていまはスノーモビルで渡り、アザラシを撃ちに行く。肉も脂も内蔵も、骨も皮も全部使う。捨てるものはひとつもない。ずっとそうやって大昔からやってきた。
 いまでは政府の仕事でいくらか現金収入がある。気象観測、外国から来た動物学者の宿舎の提供や世話。テレビ撮影隊のガイド。そんなところだ。現金で防寒着やスノーモビルや燃料を買う。なかには街の大学に行くために集落から出る者もいる。
 いい時代になったという者もいるが、おれはそうは思わない。環境が変わり、人々の考え方もかわり、一族の結束は薄れた。先祖から受け継がれた言葉や歌もすっかりすたれた。そのかわり、英語を話し、エミネムを聴く。
 昨夜呑まれた家の主人はもう六十六で、妻は六十三、八十四歳になる母親がいる。娘が三人いて、ひとりは独身、二人は出戻り。三人の孫はみんなまだ十歳になっていない。
 昔はそんな歳まで働く男はだれもいなかったが、やつはいまでも漁に出る。おれと組むこともある。タフな男だ。が、実はやつがひどく膝を痛めていて、ときに歩くのもままならない状態を必死にこらえて隠しているのを、おれは知っている。やつが働けなくなったら、ほかの八人はどうすればいいのだろう。おれにはわからない。
 そしていま、やつは家を失った。海べりとはいえ、堅固な永久凍土の上に建てられた頑丈な家を。
 やつの心配ばかりしているが、おれだってそれどころじゃない。あと数年で海に呑みこまれるこの集落には、州から退去勧告が出ている。しかし、いったいどこへ行けばいいというのか。
 街へ?
 街の連中がわれわれのことを嫌っていることは、子どもだって知っている。州は街のはずれにわれわれのための仮設住宅を作るつもりらしい。そこに移り住み、街の連中と摩擦しないように身をこごめ、さげすまれながら、生きていかなければならないというのか? 海の男、イヌイットの誇りはどこにある?
 このままいっそ、われわれも海に呑みこまれ、海の一部になってしまおうか。
 そんなことをおれはふと夢想するが、やつの家の三人の孫の顔を見ていると、生き恥をも受けいれなければならないのかもしれないと、せめてオーロラの輝きに思いをはせて祈るしかないのだ。

2009年11月18日水曜日

Even If You Are My Enemy

(C)2009 by MIZUKI Yuu All rights reserved
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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #44 -----

  「Even If You Are My Enemy」 水城雄


 彼女が目をさまして真っ先に思いだしたのは、昨夜のお父さんとの会話だ。
 お父さんは彼女の衣服のことをひどく気にする。昨日も、
「アイーシャ、外に出るときはきちんとチャドルを着けなさい」
 といわれた。これで百回めだ。いや、千回めかもしれない。彼女はただ、学校を休んでいる同級生のハッダードに、昨日出た宿題のことを伝えに行っただけなのだ。そしてハッダードはたった三軒向こうに住んでいるだけなのだ。
 それなのに、チャドルを着けろと口うるさい。
 家のなかでも肌をあらわにしていると嫌な顔をする。おまえはサンドニの売女《ばいた》かとののしられる。サンドニは行ったことがないけれど、パリのけがらわしい通りの名前らしい。何度かパリに行ったことがあるお父さんから聞かされた。
 パリにはムスリムが多いらしい。
「わたしも大人になったら行ってみたい」
 とアイーシャがいったら、おまえは家のことをしっかり身につけて、学校を出たら床屋のハッサンと結婚するのだ、といわれた。それはもう生まれたときから決まっていることなんだそうだ。そんなこと、まっぴらだ。わたしは学校を卒業したら、パリの美術学校に行って、絵の勉強をするんだ。なにも身にまとっていない美しいアラブの女の肖像を描くんだ。
 でも、とても許されないことだろう。パリに行くことも、アラブの女性の裸身を描くことも。
「ハッダードがなんで学校を休まねばならなかったか、よく考えなさい」
 お父さんがいう。もちろん、そんなことはよくわかっている。二、三日前、ハッダードがたまたま軍の兵士採用事務所の前を通りかかったとき、爆弾テロが起きて、ハッダードはそれで腕から肩にかけて二十針も縫う大怪我を負ってしまったのだ。腕がなくならなかっただけ幸運だとみんなからいわれた。
「世界は戦争の渦中なんだ。おまえひとりが自分のことだけ考えていればいいはずはないだろう」
 そのとおりだと思う。でも、なんでこんな時代に生まれてしまったんだろう。
 彼女は悲しくなって、ベッドのわきにそろえておいてあるサンダルを見つめた。
 赤いサンダル。今年、進級するとき、学校の成績がよくてほめられたとき、お母さんが、「おまえの好きなものをお買い、アイーシャ」といって買ってくれた。一番のお気にいりのサンダル。毎日それをはいて学校に行く。友だちからも「かわいいね」とうらやましがられる。
 サンダルを見るとすこし気分がよくなる。
 わたしの大切なサンダル。

「今日、われわれは並ぶもののない軍事力と偉大な経済的、政治的影響力を持つ地位を享受している。われわれは国際社会と強調するが、必要なら単独行動も辞さない」
 トマホークは固体ロケットブースターで射出され、ターボファンエンジンで巡航す
る。
 電波高度計による高度情報を、事前に入力されたレーダー地図と照合しつつ、計画された飛行経路に沿って目標へと誘導される。
 目標到達誤差は八〇メートルとされるが、搭載弾頭の破壊能力からすればこれは充分な数字である。

 彼女は朝の準備をすませて、学校に向かう。もちろん、お気に入りの赤いサンダルをはいて。
 家を出るとき、お父さんがいつものようにいう。
「アイーシャ、きちんとチャドルは着けただろうね」
 もちろん着けている。
 空はいつものように晴れわたり、一点の曇りもない。
 ハッダードは今日は学校に出てこれるだろうか、と考えながら、彼女は歩きはじめる。

2009年11月14日土曜日

この河

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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #49 -----

  「この河」 水城雄


 毎日、決まった時間になると、その少年は川に水を汲みにやってくる。
 肩に天秤棒をかつぎ、両端には大きく粗末なブリキのバケツをぶらさげて。
 ころばないように慎重な足どりで岸辺まで降りてくると、天秤棒とバケツを地面に置き、両足を踏ん張って柄杓で水を汲みはじめる。そこまで降りてくる道はまるでけもの道のようにあやふやだし、雪溶け水でかさが増した流れは茶色く濁っている。
 体重を固定しにくいごろごろした河原の石の上に、ゴム草履をはいた両足を大きく開き、せいいっぱいやせた手をのばして水を汲む。何度も何度も汲む。ふたつのバケツがいっぱいになるまで汲む。
 そのようすを、私は対岸から望遠鏡を通して見ている。それが仕事だから。
 まだ春先の川辺の空気は身を刺すように冷たいだろう。しかし、私のいる監視所は石油ストーブで暖かく湿り、窓ガラスも曇りがちだ。私のかたわらでは、相方が銃の手入れをしている。いや、手入れというより、もてあそんでいるといったほうがいい。相方は銃器が好きなのだ。
 私は鹿のなめし皮で窓ガラスの曇りをもう一度ぬぐい、双眼鏡を目に押しつける。
 いつもそうなのだが、少年は水を汲み終えると、一種放心したような顔つきで川面をながめる。疲れのせいか、それともなにか別のことを考えているのか。
 少年は何歳くらいだろうか、と私は考える。八歳、あるいは九歳。いや、あちら側の子どもは栄養失調がちで育ちが悪く、年齢よりもずっと幼く見える。ことによるともう十一、二くらいにはなっているのかもしれない。
 少年はその水をなんに使うのだろう。もちろん飲むのだ。煮炊きに使うのだ。たとえ茶色く濁った雪溶け水だとしても、それは生活のための大切な水なのだ。
 少年はまだ川面を見つめつづけている。
 茶色い濁流は、うねりながらもまっすぐ下流に向かっている。少年が考えているのは、おそらくこの川が生まれる山あいの風景ではないだろう。この川が流れゆく、青くはるかなる世界。彼が思いをはせるとすれば、それにちがいない。
 この川のかなたには、海がある。
 彼は海を見たことがあるだろうか。
 彼をこの川に、この川の対岸の土地にしばりつけている者のことを、私は思わざるをえない。
 少年は苦しそうに身体をひねってしゃがむと、天秤棒をふたつのバケツに通し、やせた両脚を踏ん張って立ちあがる。天秤棒がしなり、少年の両肩に食いこむ。
 少年は川に背を向け、よろよろと堤防をのぼりはじめる。

2009年10月30日金曜日

農夫

(C)2009 by MIZUKI Yuu All rights reserved
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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #33 -----

  「農夫」 水城雄


 まだ日も出ない早朝、荷車いっぱいのネギと白菜をロバに引かせて、街まで15キロの道のりをゆく。
 ロバはうんと年寄りだ。道中何度も苦しそうに立ち止まって、鞭を入れるのもかわいそうなほどだ。今年いっぱい……いや、この夏ごろにはもう使い物に
ならないかもしれない。といって、若いロバを買うほどの金は、偉(ウェイ)にはない。
 年々、街には高層ビルが建築され、ピカピカのアパートが立ちならんでいくというのに、偉一家の生活はますます苦しくなるばかりだ。経済は驚異的な発展を遂げているといっているが、その金は偉のところにはいっこうに回ってこない。
 かといって、偉のまわりにないわけではない。その証拠に、向かいの王(ワン)の息子は、まだ二25だというのに、BMWだかいう車を乗り回している。親にもヤンマーのトラクターを買ってやった。なんでも、つてを頼って日本から古新聞を買付いつける仕事を始めたらしい。日本人はたくさんの古新聞を出し、中国人はたくさんのトイレットペーパーを使う。昔はケツなんて汲み置きの水で洗ってたもんだが。
 ほかにも村には何人か、車やトラックを買ったものがいる。皆、なにかの商売を始めた連中だ。偉のところのように畑仕事だけでやっている者は、生活が苦しくなるばかりなのだ。ものの値段はあがるばかりなのに、作物の値段はいっこうにあがらない。
 ――これじゃわしら百姓に飢え死にしろといってるようなもんじゃないか。
 偉の声はだれに向けられたものか。彼自身にもわかりはしない。
 ――この先、わしらはどうすればいいのか。
 ひとり息子は今年、大連の大学に入った。賢くて勤勉な息子だ。ひとりっ子政策で、子どもは息子がひとりきりだ。一家の自慢の息子だ。学費は安いが、それでもいくらか仕送りをしなければならない。息子への仕送りをすると、偉の手元にはいくらも残らない。あたらしい服も買えなければ、ストーブの石炭すら事欠くこともある。むろん、若いロバなど望むべくもない。
 年老いたロバが、懸命に荷車を引いている。吐く息が白い。偉の息も真っ白だ。
 ネギは売れるだろうか。白菜は売れるだろうか。
 偉の作る野菜は、形は悪いけれど、泥だらけだけれど、味はとびきりだ。しかし、町の道端で店を広げても、最近は思うようには売れなくなった。大型のショッピングセンターや、コンビニとかいう店が街にたくさんできて、みんなそこで、きれいに泥を洗い落とされ形のととのった野菜を買うようになった。だから、道端で売っている泥だらけで形の悪い偉の野菜は、このところ売れ残るばかりだ。
 ――いっそ飢え死にするか。
 偉は大きくため息をつく。四十七にもなって、自分の生きていく道が見えなくなった。これまで迷いもなく生きてきたのに。懸命に生きてきたのに。安らかな老いの時間が待っていると信じてやってきたのに。
 明日の糧すら手のなかにない。
 ――わしらのせいか? わしらが悪いのか? わしらがまちがっていたのか?
 たぶんそうなんだろう。
 ロバが立ちどまった。
「えいや、歩けよ、ほい!」
 鞭をかまえて、偉は思いとどまった。この年老いたロバもまた、自分の歩く道が見えなくなってしまったのかもしれない。
 見上げると、えもいえぬ色合いに染めあがった暁の空が見えた。
 この宇宙のなかで、自分のようなものがひとり、人知れず消えていってしまうのはさほど意味ないことだろう。王がBMWを乗りまわしていることも、さほど意味ないことだろう。
 身が軽くなった。
「えいや、歩けよ、ほい!」
 偉は渾身の力を振りしぼって、ロバの尻に鞭を振るった。
 ロバが歩きだした。

2009年10月20日火曜日

リサ

----- Jazz Story #19 -----

  「リサ」 水城雄


 直線に出て見通しがよくなったのを見計らって、リサはギアをひとつシフトダウンした。
 踏みこむと、アクセルは軽く吹きあがっていく。
 ハンドルを切り、のろのろ走りのピックアップトラックを右にかわしながら、さらにアクセルを踏みこむ。
 シートに背中が食いこむ加速感が、心地いい。
 トラックの荷台には魚網が山のように積んであった。さっきからそのにおいにちょっとへきえきしていたのだ。
 追い抜くとき、運転席を見ると、40がらみの浅黒く日に焼けた男がこちらに視線を向けた。怒ったように唇をへの字に結んでいる。いかにも漁師らしくがっちりしている。
 これから仕事だろうか。
 リサは一瞬、ケビンのことを思い出した。いまごろ、あたしを探しているだろうか。化粧台にリップで書きつけた伝言は、読んだだろうか。
 トラックを追いこすと、風が気持ちよくなった。
 ギアをトップに入れなおす。コトリとギアが気持ちよくおさまった。車の調子がいい証拠だ。
 70年代製のこのオープンカーは、色が気に入って買ったのに、機嫌を取るのが難しくて、ときどきリサの手には負えなくなるのが困りものだ。
 しかし、今日は違う。
 右手には海。左手も海。前はキーウェスト。
 そして、上は空。貿易風に乗った真っ白なコットンクラウズが、ぽんぽんと横切っていく。
 いい気持ち。あごをあげ、髪をなびかせてそう思ったとき、ボン!
 不快な音が車の後ろから聞こえて、ハンドルが取られた。
 パンクだ。
 点検したばかりなのに、なんてことだろう。

 追いこしたばかりのピックアップトラックは、無表情な顔つきのまま、通りすぎてしまった。
 リサはため息をつきながら車を降り、パンクしたタイヤを点検してみた。
 右の後輪。前輪でなくてよかった。
 ともかく、事故にはならずにすんだ。そしてスペアタイヤはトランクルームに入っている。
 しかし、問題がひとつ。リサはタイヤ交換が自分でできないのだ。何度かやってみようとしたことはある。しかし、8角形の内角の和を求められないのと同様、彼女の手には負えない問題なのだ。
 彼女は車の横に立ち、手をあげた。
 通っている車の数はそう多くない。多くないが、まったくないわけではない。
 手をあげている彼女を、ことごとく無視して、車はすべて通りすぎていった。
 リサは足を組みかえ、腰をすこしひねって立ってみた。
 胸をそらして、あごをあげてみる。
 手をあげる。
 大型のトレーラーがクラクションを鳴らしながら、轟音とともに通りすぎていった。
 彼女は運転手たちの気を引くことをあきらめた。
 スタンドまでどのくらいあったっけ? 2キロ、3キロ? たいした距離ではなかったと思う。いや、そう思いたい。
 でも、歩く前に一服しよう。一服くらいつけても、ばちはあたらないだろう。
 ボンネットに寄りかかり、セーラムに火をつける。
 カモメがほとんど目の高さをゆっくりと横切っていった。
 海の声が急に耳に入ってきた。

2009年10月17日土曜日

Thank You So Much

----- Another Side of the View #12 -----

  「Thank You So Much」 水城雄


 酒場でちょっかいをかけた女のことで女房から責めたてられていると、沖をセクシーな光景が通りすぎていくのが見えた。
 ありゃいったい、何杯出てる? 生まれてこのかた、あんなにたくさんのヨットがいっせいに走ってる様なんざ、見たことねえ。
 ピカピカにみがかれたハル。
 誇り高くクンと反りかえったマスト。
 真新しいセール。
 100杯もの大型セーリングヨットが、ステイを風でびゅんびゅん鳴らせているのが、ここまで聞こえてくる。
 彼は作業の手を休め、うっとりとその光景をながめた。
「おまえさん、聞いてるのかい?」
 女房が耳もとでどなった。
「聞いてるさ。でけえ声出さなくても、ちゃんと聞こえてる」
「聞こえてるなら、返事したらどうなんだい?」
 いつからマリアとできてるんだ、と追求されていたのだった。
 ヨットの群は、真っ青な空の下を突きすすんでいく。大西洋をわたってくる風を帆に受け、船体を大きくかたむけながら、波の上をすべっていく。
 クルーたちが船べりにずらっとならんですわっているのが見えた。オイルスキンを着こみ、顔をまっ黒に日焼けさせている。
 あいつら、いってえ、いまなにを考えてやがんのかな。
「おまえさん、聞いてるのかい?」
 女房がまたもやいった。
 ふたりは自分たちのちっぽけな漁船の上にいるのだった。
 手入れはいいが、古い漁船だ。エンジンを停めていると、波にあおられ、木の葉のようにクルクルもてあそばれる。
「ああ」
「返事をおしよ。マリアとはいつからできてるんだい?」
「だから、マリアなんかとはできてやしねえって。あの女にはちゃんと男がいやがんだよ」
「だれだい?」
「そんなこと、おれが知るもんかい」
 彼は吐きすてるようにいうと、魚網をつくろう作業にもどった。
 そうさ。そんなこと、おれが知るもんかい。マリアの男なんか、おれの知ったこっちゃねえ。くそ、はやいとここれを直しちまって……
「やっぱりいないんじゃないか。マリアの男は、おまえさんなんだろ?」
「馬鹿いっちゃいけねえ」
「いつからあの女とできてんだい? いいかげんに白状おし」
「白状もなにも、マリアとなんかできてやしねえってば。おれはただ、あの酒場が好きなだけなんだ」
「じゃあ、なんでみんな、あたいが酒場にはいってくと、クスクス笑いやがんだい?」
「そんなこと、おれの知ったことか」
「やっぱりなんかあるんだ」
「なんにもねえってば。いいかげんにしろよ、おめえ。仕事、しろ。魚がみんな、逃げちまわあな」
「魚なんかどうだっていいよ」
 ふいに悲しみにとらわれたような女房の口調に、彼は顔をそむけた。
 先頭を走っていたヨットが、きゅうに向きを変えた。
 巨大なブイがすぐそばに浮かんでいるのが見えた。
 クルーたちのどなり声が、海面を伝わって聞こえてくる。
 セールがバタバタいう音。
 キリキリキリ……
 ウインチが回っている。
 バシッとセールが風をはたいた。
 ヨットは向こうむきになり、さらに沖へと向かったようだ。大きくかしいでいる姿が、たまらなくセクシーだ。
 いっぺん、ああいう船に乗ってみてえもんだ。そりゃあ、おれのこの船だってまんざらじゃねえ。丁寧に手入れしてるさ、毎日。かわいい娘みてえなもんだ。しかし、あんなでっけえ船に、いっぺんでもいい、乗ってみてえもんだ。魚をとることなんかかんがえずにな。
 こうるせえ女房もなしで。
「なあ、おまえさん」
 網針を持つ彼の腕を、女房が押さえた。
「いいかげん、白状しておくれな。おこらないからさ」
「おこらねえ? おめえはいつだってそういうじゃねえか。そういっときながら、おれが正直にいうと、ひでえことしやがる。ほれ、ここ見てみな」
 彼は潮風にさらされて真っ白になった髪をかきあげてみせた。
「わかってるって。あれはあたいが悪かったよ。ついカッとしちまったんだよ」
「6針も縫ったんだぞ」
「だから、あたいが悪かったっていってるじゃないか。おこらないって約束するから、白状しておくれな。そうすりゃ、あたいの気がすむんだよ」
 なにが気がすむもんか、と彼は思った。おれはこんりんざい、女房に白状なんかしねえ。
 大きなブイを回ったヨットが、次々と方向転換して、沖へと向かっている。
 あいつら、いってえ、どこに行きやがる? もっと沖にもうひとつブイでもあるんだろうか。それとも、どこか遠くの国に行っちまうんだろうか。
 あいつら、なにをかんがえてやがんだろう。
 きっと、頭ん中、真っ白にして、勝負のことしかかんがえてねえんだろうな。
 それなのに、このおれときたら……
「ねえ、おまえさんってば。お願いだからあたいに……」
 彼はとうとう癇癪玉を破裂させた。
「うるせえ! できてねえったらできてねえんだ。いつまでもウダウダいってねえで、仕事しろ。いいかげんにしねえと、海にほっぽり出すぞ!」
「なんだって、おまえさん?」
 彼は女房の目が吊りあがるのを見た。
 やれやれ。
 壮大なヨットの群れは、どんどん沖へと遠ざかって行く。
 それを追ってか追わずか、やはり沖へと向かうカモメの群れが、彼の目にはいってきた。

2009年10月9日金曜日

Kalimba Man

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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #21 -----

  「Kalimba Man」 水城雄


 もうそろそろあの日本人の女がやってくるころだろう。いや、そろそろ来てくれなきゃ困るのだ。
 ハンマーを打ちつける手を休めることなく、彼はそう考えた。
 敷石の上に自転車のスポーク。それを粗末なハンマーで叩く。
 ハンマーは彼の数少ない商売道具のひとつだ。このあいだ、取っ手を打ちこんであった楔取れて、あやうく家の屋根を壊してしまうところだった。振りあげた拍子に取っ手からすっぽ抜けた槌は、いったん空高く舞いあがり、それからまっすぐにトタン屋根の上に落ちてきた。修理は簡単だが、ボロ家の手入れは気がめいる。
 屋根は壊れなかったが、ハンマーの楔は打ち直さなきゃならなかった。
 スポークを叩いて、先端のほうを平たくする。
 適当な長さに切って、やすりをかける。
 アンバサダーホテルのゴミ置き場から妻のミリカがくすねてくるアンチョビの空缶に、開発地区のスラム街から出る廃材を加工してはめ込む。これが共鳴箱になる。
 廃材の上に長さの異なるスポークをならべ、金属で固定する。
 粗末なカリンバの出来上がりだ。いくつも作れば、なかにはけっこういい音のものもできる。十個に一個くらいはそこそこいい音がする。百個に一個くらいは素敵な響きの楽器になる。
 それにしても、なんでこんなものを日本人の女はほしがるのかと、はじめは不思議だった。
 あの女はアフリカの各地を飛びまわって、いろいろなものを買い集めているらしい。彼の作る粗末なカリンバもそのひとつだ。女は数か月おきにやってきて、いっぺんに二百個ものカリンバを買っていってくれる。一個二十五シリングにしかならないが、それでもまとめて買ってくれるので、彼も、妻のミリカも、四人の子どもも助かる。ミリカはアンバサダーホテルの客室係だが、ひと月働いても五千シリングはもらえない。
 女はあれを日本で売っているらしい。ちっぽけな店だといっていたが、いったいいくらで売っているのか。五十エン? あるいは百エン?
 パキン。パキン。パキン。
 ハンマーを叩きつけるたびに、石と、ひしゃげたスポークから耳ざわりな音が立つ。彼の額から落ちる汗が、ときおり石の側面に黒いしみを作る。
 おれももう二十二だ。一生こんなことをやっているわけにはいかない。ミリカからも責められる。子どもに服も買ってやらなきゃならないし、一番上の子はもうすぐ学校に行く。
 だからどうすればいい? 自転車のスポークと空缶でカリンバを作る以外におれになにができる?
 日本人の女がやってきたら、聞いてみよう。ほかになにかほしいものはないか。カリンバ以外におれが作れそうなものはないか。おれにはほかになにができると思うか。
 おれもあの女のようにアフリカ中を飛びまわれたらいいのにな。
 パキン。パキン。パキン。

2009年10月4日日曜日

Milagro

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----- Jazz Story #25 -----

  「Miragro」 水城雄


 丘の上に住んでいる男は、電報がとどくと街に降りてくる。
 足が悪いらしく、杖をついている。かくん、かくんと、曲がったリズムで、乾ききった道を降りてくる。
 杖でかきたてられた土埃が、男の背中にオーラを作る。
 年のころは、そうさな、五十五ってとこか。
 たまに若い女といっしょのこともある。二十歳ぐらいの、髪の長い、ぴちぴちした、はちきれそうな胸と腰つきの女だ。娘じゃないの、とカミさんはいうが、おれはオンナに違いないと踏んでいる。
 五十五なんてまだまだやれるし、痩せてはいるが、骨が太そうな体格だ。こういうやつが一番強い。
 男は電報を握りしめたまま、おれの店の向かいにある銀行に入っていく。しばらくして出てくると、通りを渡ってこの店にやってくる。決まってアニス酒の水割りを一杯注文し、カウンターの上のテレビを食いいるように見つめる。家にゃテレビもないのかね。
 女がいっしょのときは、店には寄らない。そのまま帰ってしまうか、近所で買い物をして帰る。うちには来ない。
 男があの家に住み始めて以来、この半年、ずっとそんな調子だ。
 一度男がひとりのとき、聞いてみた。
「旦那はどんな仕事をなさってるんですかい」
 こっちが質問をしたことを忘れてしまうくらい時間がたってから、男はぼそっと答えた。
「本をな。書いてる」
「どんな本なんですかい」
 それっきり答えはなかった。それ以来、おれは男に話しかけるのをやめた。
 男が電報を忘れたことがあった。おれは悪いと思いながらも、ほかに客もいなかったし、まあ、盗み見をした。
 スイス銀行の口座番号と「14日、20億ドル、要入金」とあった。
 男が忘れ物に気づいて戻ってきた。おれはあわてて電報を戻した。
「読んだのか」
「いえ、滅相もない」
 サザエの口みたいに奥まった目に見据えられて、おれはもう少しで白状しちまうところだった。
「私も世界に関わっている。こんな地の果てにいてもな」
 男が言った。なんのことだか、おれにはわからなかった。
「おまえもそうであるように。私とおまえは、どこか別のところでもつながっている。見ろ」
 男がテレビを杖の先でさした。
 摩天楼に旅客機が突っこんで爆発するところが映っていた。

2009年9月27日日曜日

砂漠の少年

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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #25 -----

  「砂漠の少年」 水城雄


 この砂漠で生まれ、この砂漠で育った。ムハディは今日もウリムを連れて山のふもとに行く。
 ウリムはフタコブラクダで、十八歳になる。ムハディより七歳も年寄りの老いぼれラクダだ。
 山のふもとには観光バスの駐車場があって、運がよければ日に15台もやってくる。中国人、ロシア人、インド人、ドイツ人、フランス人、日本人、韓国人、ブラジル人もやってくる。オーストラリア人とイギリス人もやってくるが、ムハディにはほとんど区別がつかない。アメリカ人はめったにやってこないが、来ればすぐにわかる。日本人とおなじくらい、すぐにわかる。
 山といっても、高さがせいぜい150メートルほどの、丘みたいな突起だ。見渡すかぎりの赤茶けた砂漠のなかに、ぴょこんと突き出ている。山の中腹に洞窟がいくつかあって、薄汚れた絵が壁に描かれている。人々はそれを見に来るのだ。ムハディも何度か見たことがあるが、同級生のナジームの絵のほうがよほどうまい。
 運が悪ければバスは一台もやってこない。
 今日はどうだろうか。
 同級生といったが、ムハディはもう学校には行っていない。勤め先の病院で母がロケット弾の直撃を受けて、右足を失った。父はそのすぐあとに部隊に加わった。だから、四人の幼い弟と妹を養うのはムハディの仕事になった。
 金持ちのナジームがまだ学校に行っていることを、ムハディはうらやましくなんかない。ここの仕事は学校なんかよりいろいろと勉強になる。ここが世界の片隅だってことはムハディにもよくわかっているけれど、観光客たちと話をしていると、逆に自分が世界の一番てっぺんにいるような感覚になることもある。
 バスがやってきた。中国人か? いや、韓国人か日本人だ。年寄りの団体だ。みなころころと太った腹にウエストポーチを大事そうにくくりつけている。
 女のひとりがムハディにカメラを向けながらいう。
「かわいい坊やだわ。うちの孫と同い年くらいよね。学校には行ってないのかしら」
 日本語だ。
 すかさずムハディはいう。
「帰りにラクダ、乗ってよ。写真撮れるよ。いい思い出、撮れるよ」
 一団が歓声をあげる。砂漠の少年の見事な日本語に驚いているのだ。そして少年の透き通った青い目をのぞきこんで、いう。
「かしこい坊やね。わかったわ。きっとあとでラクダに乗ってあげるわね」
 ムハディはときどき、自分の青く透明な目が世界のすべてを見ているような気になることがある。しかし、自分は世界の片隅にいるのだし、自分はおそらく死ぬまでこの地を離れることはないだろうとも思っている。
 ガイドに連れられて山に登っていく観光客たちの姿を、熱くやけた地面に腹ばいになったフタコブラクダのウリムとともに、ムハディはじっと見送っていた。