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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #39 -----
「Swallowed in the Sea」 水城雄
またひとつ、家が流れた。
海岸が氷に閉ざされなくなって、海が次々と海岸を浸食していく。かつては二百フィートも内陸にあった家が、昨夜のうちに海に呑まれて消えた。
とっくに避難ずみだったが、ひと月前から彼らを受け入れている親族はもう限界だろう。もとは八人家族の家に、さらに九人の家族が避難している。
数年前まで海岸は氷に閉ざされ、海から守られていた。われらイヌイットの一族は氷の海を、かつては犬ぞりで、そしていまはスノーモビルで渡り、アザラシを撃ちに行く。肉も脂も内蔵も、骨も皮も全部使う。捨てるものはひとつもない。ずっとそうやって大昔からやってきた。
いまでは政府の仕事でいくらか現金収入がある。気象観測、外国から来た動物学者の宿舎の提供や世話。テレビ撮影隊のガイド。そんなところだ。現金で防寒着やスノーモビルや燃料を買う。なかには街の大学に行くために集落から出る者もいる。
いい時代になったという者もいるが、おれはそうは思わない。環境が変わり、人々の考え方もかわり、一族の結束は薄れた。先祖から受け継がれた言葉や歌もすっかりすたれた。そのかわり、英語を話し、エミネムを聴く。
昨夜呑まれた家の主人はもう六十六で、妻は六十三、八十四歳になる母親がいる。娘が三人いて、ひとりは独身、二人は出戻り。三人の孫はみんなまだ十歳になっていない。
昔はそんな歳まで働く男はだれもいなかったが、やつはいまでも漁に出る。おれと組むこともある。タフな男だ。が、実はやつがひどく膝を痛めていて、ときに歩くのもままならない状態を必死にこらえて隠しているのを、おれは知っている。やつが働けなくなったら、ほかの八人はどうすればいいのだろう。おれにはわからない。
そしていま、やつは家を失った。海べりとはいえ、堅固な永久凍土の上に建てられた頑丈な家を。
やつの心配ばかりしているが、おれだってそれどころじゃない。あと数年で海に呑みこまれるこの集落には、州から退去勧告が出ている。しかし、いったいどこへ行けばいいというのか。
街へ?
街の連中がわれわれのことを嫌っていることは、子どもだって知っている。州は街のはずれにわれわれのための仮設住宅を作るつもりらしい。そこに移り住み、街の連中と摩擦しないように身をこごめ、さげすまれながら、生きていかなければならないというのか? 海の男、イヌイットの誇りはどこにある?
このままいっそ、われわれも海に呑みこまれ、海の一部になってしまおうか。
そんなことをおれはふと夢想するが、やつの家の三人の孫の顔を見ていると、生き恥をも受けいれなければならないのかもしれないと、せめてオーロラの輝きに思いをはせて祈るしかないのだ。
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