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----- Urban Cruising #3 -----
「ねむるきみと霧の中を通って」 水城雄
ハイウェイの路面はすこし濡れている。
霧が出てきたようだ。
助手席からは、きみのかすかな寝息が聞こえてくる。まだ乾ききっていない髪は、潮の香りを伝えてくる。
折りたたみ式の椅子とビーチパラソルを持って、あの島に渡った。そうそう、ちいさなキャンプの道具も持っていたっけ。
あれは正解だった。あの島----あの夢青い水に囲まれた夢みたいな小島には、桟橋と白い砂と松の木のほかには何もないことを、ぼくは知っていたからね。
最初、あの島ではなくて、どこか違うところに行くはずだったんだ。
どこへ行くつもりだったんだろう、ぼくたちは?
湖へヨットに乗りに?
そうだ。それが、あまりにいい天気なので、海に行くことになったんだな。ヨットには確かにきつすぎる日ざしだった。
あの島へは、学生時代の合宿で一度行ったことがあるだけだ。それが、きみと行くことになるなんて。
ぼくたちは泳げそうな浜をさがして、まがりくねった海べりの道路を走っていた。まだ夏休み前で、あまり泳いでいる人はいなかった。
視界がぽっかりと開け、あの島が目に飛び込んできた。
そう。まるで南海の孤島のような、コバルトブルーの海に囲まれたあのちいさな島。もちろん、椰子のかわりには松が生えているのだけど。
学生時代の記憶がなにもかもよみがえってくるのを、ぼくは感じた。
だから、島に渡るとき、キャンプの道具を持って行こうと思ったんだ。島には、砂浜と松と桟橋以外、なんにもないことを知っていたからね。
夏休みにならなければ連絡船が動かないと聞き、ぼくたちは渡し舟を頼んだ。
そう、あの腹巻をして、海からの風の音を顔にきざみつけたおじいさんの舟だ。おじいさんの舟で、ぼくたちはあのなんにもない島に渡った。
なんにもないということは、じつはすばらしいことなんだ。きみにわかるだろうか。
車がトンネルにはいる。黄色っぽい明りが、きみの横顔を照らす。
でも、きみは起きない。
トンネルを出ると、霧はさらに深まっている。
潮が引いていて、おじいさんの船頭はゆっくりと舟を進めた。
水は澄んでおり、白い砂の海底がそっくり見すかせた。桟橋からは、ぼくたちより先に到着した人々の広げたパラソルが、いくつか見えた。
ぼくたちは、椅子とパラソルとキャンプ道具を持って、舟をおりた。
でも、結局、パラソルはいらなかったね。松の木陰に椅子をひろげると、風が気持ちよかった。
きみは水着の上に着ていたTシャツを椅子の背にすっぽりとかぶせた。それから波打ち際に歩いていった。爪先を水にひたし、肩をすくませているきみの姿に、ぼくはしばらく見とれてしまった。
静かで、ほとんど波のない水面にあお向けに横たわると、指先でちぎれそうな雲が見えた。広げたぼくの手を、きみがつかまえた。ぼくはゆっくりときみにむかって流れていった。
浜にもどると、キャンプ道具の中から小さなコンロを出し、松の木陰でひたいを寄せあって、コーヒーをわかした。
マグカップにいれたコーヒーを持って、ぼくたちは椅子にもどった。おかしかったのは、なぜかきみの椅子だけが何度も、風で倒されてしまうんだな。たぶん、あのへんてこりんなTシャツのせいだろう。なんていったかな、あのコメディアンの顔がプリントしてあるTシャツだよ。
ほとんど言葉をかわすこともなく、ぼくたちはずっと海を見つめていた。
波打ち際では、名前のわからない水鳥が遊んでいたね。
きゅうに濃くなりはじめた霧に、ぼくは車のスピードを落とした。
ときおりワイパーを動かし、フロントガラスをぬぐう。
きみはあいかわらず、助手席でねむっている。すこし疲れたのかもしれない。塩水と風と強い日差しは、人を疲れさせるものだからね。
きみがシャワーを浴びているあいだ、ぼくは雲をながめたていたんだ。そして気がついた。つまり、雲の色ってそれぞれにちがうんだってこと。けっして白一色なんかじゃないってこと。
遠くの高い雲は、空の色を映して青みがかっている。近くの低い雲は、日の陰になって淡い灰色だ。そんなことにいまさらながら気づく自分が、なんだかおかしかった。それとも、そんなことは知っていたのに、忘れていただけなのかもしれない。幼い頃は、それこそいやになるほど雲をながめてすごしたものだ。
シャワーを終えたきみが車に乗りこんでくると、流しきれなかった潮の香りがぼくにはうれしかった。
いまも息を大きく吸いこむと、潮の香りを感じることができる。
ぼんやりした照明灯。
濡れて光る路面。
赤いテールランプ。
かすかに見えはじめた街の明り。
霧の中を通って、ぼくたちは夜の街へ帰っていく。
せめてランプウェイをおりるまで、きみが眼をさまさないでいると、いいのに。
ぼくは、カセットテープの音をしぼると、さらに車のスピードを落とした。
2009年12月18日金曜日
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こちらの作品を、配信アプリ「spoon」にて朗読でお借りします。素敵な作品をありがとうございます。
返信削除Spoonというアプリで投稿しますラジオの朗読コーナーで使用させていただきます。
返信削除配信アプリで使用させて頂きました。ありがとうございます。
返信削除ツイキャスにて使わせていただきます
返信削除spoonの朗読でいつも使わせていただいています。今回もお借りします。
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