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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #47 -----
「A Red Flower」 水城雄
あなたはいま、一輪の花を見ています。
あなたはその花の名前を知りません。わかるのは、その花がやや紫がかった赤い色で、五枚の薄い花弁を持っているということです。
花はややしおれ、茎も少し弓なりにうなだれています。
茎は水のはいったコップに挿してありますが、花がしおれているのは水が古いせいではなさそうです。なぜなら水は替えられたばかりだからです。
花がしおれているのは、花が咲いてからもうかなりの日数がたっているからです。
あなたはその花が咲いたところを見ていません。だれかが、咲いた花を切ってコップに挿し、ここに置いたのです。そのときからあなたはこの花を見ています。
まだ蕾から開いたばかりのみずみずしい花を、あなたは見ました。それ以来、毎日水を替え、できるだけ長く花がしおれないようにしてきました。
でも、いま、花はしおれかかっています。
もうすぐ花は完全にしおれ、花びらを落として枯れてしまうでしょう。それが花であることの定めだからです。
花はそのことをすこしも悲しがってはいません。悲しがるどころか、こうやってあなたに会えたことを喜んですらいます。あなたに会え、あなたに見つめられ、あなたに水を替えてもらった。そして、枯れてしまうことをあなたに残念がってもらえている。
花が枯れたら、あなたはこの花のことを忘れてしまうのでしょうか。
いえ、あなたはたしか、この花をスケッチしていましたね。あなたの手帳のすみに、ペンでこの花をちいさくスケッチしていました。それだけではなく、色鉛筆で赤い色を塗りました。あなたはきっと、手帳のそのページをひらくたびに、この花のことを思いだすことでしょうね。本当はスケッチなどしなくても、あなたはこの花のことをおぼえていてくれるのかもしれません。でも、花はあなたにスケッチしてもらったことで、いくらかのやすらぎを覚えます。あなたが思いだせるということは、枯れてしまってもまだあなたのなかで命を持っていると想像できるからです。
わたしは、あなたの知らないところで生まれ、咲きました。でも、こうやってあなたとおなじ時間をすごし、あなたに見守られながら枯れていきます。
わたしの存在はやがて消えます。でも、どうぞわたしのことはおぼえていてください。あなたもまた、わたしとおなじように、いずれは消えていく運命です。でも、あなたのことをだれかがおぼえているように、あなたもわたしのことをおぼえていてください。
あなたがおぼえているかぎり、花は花であり、わたしはわたしなのです。
2009年10月23日金曜日
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素敵な作品で大好きです。お借り致します!
返信削除お借りします!
返信削除ツイキャスで朗読させて頂きました。ありがとうございます。
返信削除お世話になっております。陸奥です。
返信削除今回は、こちらの作品をお借りしました。
先日、職場に入りたての頃から面倒みてもらっていた方が、孤独死されたと連絡を受けました。
後になって、自身の記憶だけでなく、その方と関わりのあるモノに対しても、思い出が鮮明に頭に浮かびます。
『記憶がある限り、その人は生きている』ということを、改めて、胸に抱いていきたいと思いました。
https://hear.jp/sounds/fHAwQw
こちらに投稿させていただいております。
配信で使用させていただきます
返信削除朗読で使用させていただきます。ありがとうございます。
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