2010年1月7日木曜日

Why Do You Pass Me By

(C)2010 by MIZUKI Yuu All rights reserved
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----- Jazz Story #17 -----

  「Why Do You Pass Me By」 水城雄


 あたし、ママのこと、きらい。
 ママが歌ってる。大勢の人の前で。
 みんなママを見て、拍手をして、歓声をあげてる。ママが歌い、なにかいうたびに、みんなの顔がよろこびにはじける。
 みんなママにあこがれてる。
 でも、あたしはママのこと、きらい。
 ステージの上で輝いているママ。でも、家ではどうなのか、あたしは知っているから。
 ママはおこりんぼだ。あたしのことをすぐに怒る。
 あたしはもう大人なのに、いつまでも子どもあつかいだ。すこしでも帰りが遅くなると、もうキーキー怒る。家のことを手伝わないといって怒る。宿題をすませてないといって怒る。塾の成績が悪いといって怒る。そんなんじゃ中学に入れないといって怒る。
 わたしはあなたのためを思って怒るのよ。それがわからないの?
 わかってる。そんなことはわかってる。でも、あたし、ママに怒られたくて生きてるんじゃない。
 ママはあたしのこと、少しもわかっていない。あたしはママのことをこんなにわかっているのに。
 ママがだれを好きなのかも、ちゃんと知ってる。みんなが家に来たとき、ママがどの人だけを見ているのか、あたし、ちゃんと知ってる。それはシーナさんだ?
 ほんというと、あたしもシーナさんのことがちょっと好き。ミズーほどじゃないけどさ。
 ママ、知ってる? シーナさんもママのことが好きなんだよ。

 ママが歌い終わると、拍手は鳴りやまない。
 みんな、アンコールを期待してるんだ。あたしは早く帰りたいのに。もう早く終わって、帰りたい。
 あたしをみんながちやほやしてくれるのは、ママの子だからだ。そんなことぐらい知ってる。だから、ちやほやなんかされたくない。あたしはただ、ママと家でいっしょにウノをやったり、『ヒカルの碁』を読んだりしたいだけ。だれにも頭をなでられたくなんかないし、だれにも家に来てほしくない。
 なのに、いつもうちにはいつもたくさんの人がやってくる。
 みんなママ目当てなんだ。シーナさんだってね。
 でも、この間のライブはひどかったよ、ママ。あれはママがかわいそうだった。あたしだってママの子なんだから、音楽のことはわかる。ママの後ろで演奏していたおじさんたち、ちょっとかっこいい感じはしたけれど、演奏はぜんぜんだった。ママもわかってたんでしょ? すばらしいメンバーを紹介します、なんていってたけど。
 お客さんはだれもわかってなかったよね、きっと。でも、あたしにはわかった。
 ギターの人が変なコードを弾いたとき、ママが悲しそうな顔になったのを、あたし、ちゃんと見てた。
 あたしはママのこと、嫌いだけど、ママの悲しそうな顔を見るのはいや。
 ママ、どうしてそんなにがんばるの?
 シーナさんのため?
 あたしのため? だったらあたし、そんなことちっとも望んでない。もっといっぱい、ママといっしょにいたいだけ。
 ママなんか、きらい。
 でも、きっとシーナさんよりもずっと、ママのことを……

2010年1月6日水曜日

妻のいない日、ひとり料理を作る

(C)2009 by MIZUKI Yuu All rights reserved
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----- Urban Cruising #5 -----

  「妻のいない日、ひとり料理を作る」 水城雄


 テーブルの上に並べてみた。
 玉ねぎ。じゃがいも。塩。こしょう。酢。
 それ以外のものはすべて買わなければならないらしい。あいつめ、冷蔵庫の中をすっかりきれいにして帰りやがった。

 妻が帰省した翌日、夕食の準備のためにぼくは冷蔵庫の点検に取りかかった。
 まだ昼すぎだ。が、今夜は、いつも食べさせられている冷凍食品、化学調味料、インスタント食品、そういったものからすっかり足を洗い、自分ひとりのために完璧な料理を作るのだ。
 メニューは考えてある。シンプルかつぜいたく。
 冷蔵庫には、ぼくのメニューに使えそうな材料はほとんどなかった。
 まあいい。どちらにしても買物には出かけなければならないのだ。
 窓から外の庭を見ると、からからに乾いた植木鉢の土が、照りつける太陽の光を反射してまぶしい。
 頼まれていた水やりを忘れてしまった。外は暑そうだ。
 車はよそう。どうせ歩いていける距離なのだ。
 そのかわり、景気づけにビールを一本あけてから行くことにしよう。
 ぼくは冷たいビールを思いきりあおると、だれにともなくにんまり笑った。

 土曜日の午後、思ったとおりショッピングセンターは、買物をする主婦や家族連れでごった返していた。
 ショッピングセンターの中にある酒屋で、まずワインを買った。ボルドーの赤。
 作っておいた買物リストを手に、食料品売場にはいっていく。
 ときどき妻の買物につき合うことはある。プラスチック製のかごを持たされ、召使いよろしくあとをついて回るのだ。妻が血走った目で食料品を物色するあいだ、ぼくは年若い主婦や女子学生に目をうばわれている、というのが常のパターンだった。
 今日はちがう。血走った目こそしていないが、ぼくは女子学生などには目もくれず、自分のための買物に没頭する。
 サラダのための野菜、メインディッシュのつけ合わせなどを見つくろってから、最後に肉を買うことにした。
 こここそ今日のメインなのだ。
 ぼくは、獲物に近付く猛獣よろしく、慎重に売場に近付いていった。

 食肉売場もやはり、主婦などでごったがえしていた。
 何人もの女性がびっしりとガラスケースに取りつき、店員にむかって口ぐちに注文を叫んでいる。中には、ガラスケースを指先で叩き続けて、自分のほしい品物がなんであるのかを店員に伝えようとしている女性もいる。
 さすがのぼくも、ガラスケースに近付くのをためらった。
 妻は毎日、この修羅場をくぐりぬけて食料品を手にいれてくるのだろうか。
 ちょっと立ちくらみを感じる。が、ここを避けて通るわけにはいかない。ここで目的の肉を買って帰らなければ、ぼくは今夜、飢えて死ぬことになる。
 ありのようにガラスケースにたかっている女性たちのうしろに、ぼくはぴたりとついた。だれかが買物を終えて場所をあけたら、すぐにそこにもぐりこもうという魂胆だ。
 何時間とも思える時がすぎ、ようやくぼくのすぐ前にいた女性が場所をあけた。ぼくの横からそこに割りこもうとした中年の女性がいたが、ぼくはすばやく前に進んだ。なんだかすさまじくうしろからにらみつけられているような気がしたが、いたしかたない。
 それから店員にむかって、文字どおり叫んだ。
「牛のロース、500 グラム!」
 ほとんど永遠とも思える時がすぎ、ようやくぼくのオーダーが通り、ぼくはひとかたまりの肉を手にすることができた。
 それからぼくは、ぐったりした身体をレジまで運び、長い長い列にならび、お金をはらい、ビニール袋に買ったものを押しこみ、太陽にあぶられるために外に出た。
 ぼくは、日ごろの妻にたいする感謝の念がわき起こってくるのを、押えることができなかった。
 くやしいことではあったけれど。

 冷たいシャワーと今日2本目のビールが、なんとかぼくを立ちなおらせた。
 料理に取りかかる前に、音楽をかけることにした。
 ステレオセットは居間のほうにあるが、ボリュームをあげればキッチンまで聞こえる。
 なにか軽やかな音楽がいい。
 そう、たとえばボサノバのような。
 ぼくはミルトン・バナナのCDをプレーヤーにセットした。かつてはよく、レコードで聞いたものだが、レコードは結婚するときに処分してしまった。このCDも、妻がいるときには聞かないことにしている。
 10年以上前の夏の思い出にはげまされながら、ぼくは料理に取りかかった。
 焼いている間に型くずれしないように、肉をたこ糸でしばる。表面に塩、こしょうをすりこむ。野菜を切る。
 肉をフライパンで焼く。焼き色のついた肉を、オーブンにいれる。
 肉が焼きあがるのを待つあいだ、サラダを作ることにした。
 レタス、チコリ、アンディーブ、クレソン、それによく熟れたトマト。指でちぎった野菜は、大きめのサラダボウルにおおざっぱに投げいれる。
 にんにくをきかせたドレッシングを作る。妻なら、鼻をつまんで悲鳴をあげることだろう。
 肉が焼けた。
 オーブンプレートにこびりついたうまみを利用して、グレービーソースを作る。ブイヨンは固形のものだが、まあいいとしよう。なにからなにまで完璧というわけにはいかないものだ。どこかに妥協がなければ、孤独を楽しむことはできない。
 できあがった料理をテーブルにならべ、ぼくはワインの栓を抜いた。
 音楽を変え、手を洗い、ひとり食卓につく。
 テーブルにはぼくの今日がいいにおいを立てている。
 音楽は、妻とよく聞くモーツァルトだ。
 ま、それもいいだろう。
 夏に感謝だ。

2010年1月5日火曜日

The Burning World

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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #43 -----

  「The Burning World」 水城雄


 時がはてたこの地に、やつはひとり立っていた。
 虫けらのようにグジグジとはびこっていた人類は、すべて死にたえた。
 やつがプログラムするまでもなく、突然変異による生物学的欠陥をかかえた人類は、自滅の道をひた走った。
 陽が沈もうとしている。やつはそれをひたすら見つめている。目が灼けるのもかまわず、まっすぐに赤い太陽を見ている。
 水素の塊である太陽。水素と水素が高温と高圧で融合してヘリウムに変化するときに生ずる核融合反応熱を、過去から未来永劫にわたって発しつづけてきた太陽。地球上のすべての生命のみなもとの太陽。
 それもいつかは終焉を迎える。赤色の巨星となり、最後は太陽系全体を呑みこんで、真っ黒な虚空に流れこむ。
 やつの目にはそれがうつっている。
 赤い太陽の前を、黒い鳥の影がゆっくりとよぎっていく。いや、鳥と思ったのは、遺伝子変異して巨大化したトビウオだった。彼らはいまや、肺を持ち、空気呼吸をしながら、大陸間を移動する能力を身につけている。それは、やつが人類を滅亡に追いやった変異バクテリオファージの副作用とでもいうべき現象のひとつだ。
 鳥、いや、トビウオを見て、やつは突然思う。女を抱きたい、と。
 やつの記憶には、柔らかな女の感触がはっきりと残っている。抱きしめたとき、グニャリとくずれそうに形を変えた女の肉の感触。自分をすべりこませたときに、からみついてきた女の肉の感触。
 それはもう永遠に味わうことはできない。しかし、やつはそれを後悔してなどいない。すべてを終わらせることを覚悟の上でのことだったからだ。
 ちっぽけな土地や財産をあらそって殺しあう人々。狭隘なイデオロギーや宗教観を押しつけあって戦争を繰りかえす民族や国家。たえまない略奪と殺戮と悲劇の連鎖。
 自分ひとりが生き残ったことだけが、計算外だった。どこかで変異マクロファージに対する耐性を、開発者である自分ひとりが獲得してしまったようなのだった。
 それはそれでかまわない、と思う。人はいずれ死ぬ。どんな者も死をまぬがれることはない。自分とてそれはおなじだ。次の世代につながらない限り、人の死は絶対的なものだ。自分が死ねば、それですべてが終わる、とやつは思った。
 人類によって陵辱され、汚染され、焼きつくされるという世界は、もう二度と来ないだろう。死にたえさせられた多くの種も、もう二度とは帰ってこないかもしれない。が、破壊者がいない進化の楽園において、また別の、美しく、英知に満ちた動植物の新種が生まれることはまちがいない。そのことを想像して、やつはこの上ない至福に震えてしまうのだった。
 太陽が燃えている。
 やつが見ているのは、燃えつくされ、砂漠化した瓦礫の都市の風景だ。が、それがやがて砂に覆われ、地衣類にまとわれ、やがて緑が増し、草原から森林へと変化し、多くのまだ見ぬ新種の生命にあふれることは、やつの想像を超えてたしかなことだ。そのときにはもちろん、やつはもうここにはいないだろう。
 しかし、ここではないどこか、いや、ここのどこか、ここでもあるどこでもないどこかで、やつが未来に参加していることはまちがいないことだろう。略奪も殺戮も戦争も悲劇もない未来。さまざまな多様性が調和しあい、いのちが連綿とつながっていく時間軸。
 そしてそれもいずれは、まっ赤に燃える巨大な太陽に呑みこまれていく。
 燃える太陽が地平線に沈みこみ、一瞬の緑光をはなったとき、やつの意識は肉体を離れ、解き放たれる。そのとき私は、やつを私のなかに受けいれる。すべての集合意識としての、宇宙という名の、私のなかに。

2010年1月4日月曜日

アンリ・マティスの七枚の音(2)

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  「アンリ・マティスの七枚の音(2)」 水城雄


 待ち合わせのカフェには、すでに彼がいた。
 ざっくりした麻のジャケットを着て、通りを行く人々をながめていた。
 ロイスを見つけると、いった。
「すまなかったね、仕事中なのに呼び出したりして」
 ロイスはカフェオレを注文した。
 男のジャケットの内ポケットから絵葉書が出てきて、彼女に渡された。“音楽”と同じ緑の丘と青い空。やはり赤い肌の男女が五人、手をつないで踊っている。人体がアラベスク模様を作っている。
「これが最後の一枚ですか」
 ロイスは彼を見た。
「そう。音楽の次は、当然、ダンスだろう?」
「どうしてわたしにこれを?」
「なにかプレゼントしたくてね。といっても、ぼくができるのは、つまらない小説を書くこと。つまらない小説など、きみも読みたくはないだろう。で、好きな絵を旅先から送ることにしたわけだ。ぼくにしてみれば、きみに音楽をプレゼントしたつもりだったんだがね」
「音楽を?」
「マティスの絵で構成された組曲のつもり。そういうふうには感じてもらえなかったかな。七枚の組曲として」
「八枚でしょう。これをいれれば」
「いや、七枚だ。最初の一枚――マティスの写真は、いってみれば、オーケストラのチューニングみたいなものだよ。ほら、演奏の前にオーボエが最初に音を出して、皆が音を合わせるだろう。あれだよ」
 そういって、彼は笑みを浮かべた。いたずらが見つかった子どもの照れかくしのような笑顔。
「あの写真にはぼくもずいぶん助けられたよ。仕事がはかどらないときはあれを見る。きみの仕事はうまくいってる?」
「あまり……」
「そうか。じゃ、あの写真を見ることだね」
「あなたが仕事に行きづまることがあるなんて、考えられないけれど」
「馬鹿いっちゃいけない。あるさ、当然。でもぼくは、あんなものを書きたいわけじゃないんだ」
 一瞬、男の顔に苦渋が浮かんだ。ウェイトレスが運んできたカフェオレを、ロイスは口に運んだ。
「きみはいくつ?」
「二十二です」
「まだ生まれたてだね。生まれていないといってもいいかもしれない。でも、きみの作る音はいい。きみはきっと、ものごとを感じとることを知っている人なんだ。うらやましいよ。きみぐらいの年齢のとき、ぼくはなにも知らなかった。まあ、いまだってそう事情は変わっちゃいないけれど。きみは自分を信じて、そのまままっすぐ進めばいい。ストレートに、シンプルに」
 男はコーヒーカップを口に運び、眉をしかめた。
 ロイスは、彼のことを誤解していたかもしれない、と思った。
「いいことを教えよう。ものごとには必ず、いつくかの側面がある。人もいくつもの側面を持っている。けっして人に見せない側面も、だれだって持っている」
「あなたも?」
「当然。でも、ひとつ、きみに見せてあげた」
 ふいに彼が立ちあがった。
「悪かったね、時間をさかせてしまって。きみの仕事がはかどることを祈ってるよ。ファンのひとりとしてね。今日は会えてよかった」
 また子どもみたいな笑顔になったと思うと、ウインクされた。
 ちょっとあっけに取られた気分で、ロイスは男の後ろ姿を見送った。
 彼女はもうしばらくそこにいて、カフォオレを半分飲んだ。
 帰ろうと彼からもらったダンスの絵を取ると、その下にふたり分のコーヒー代がきちんと置いてあった。
 外は少し風が出て、薄日が差しはじめている。
(おわり)

2010年1月3日日曜日

アンリ・マティスの七枚の音(1)

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  「アンリ・マティスの七枚の音(1)」 水城雄


 太陽は空全体をおおった薄い雲のむこうにある。
 よく光のまわったこのような日、彼女の部屋のベンジャミンはライトボックスの上に置いたリバーサルフィルムの被写体のように見える。
 きれいだ。
 でも、彼女はそこでひとつ、ため息をついた。なぜ会うことを承知してしまったのか。仕事もはかどっていないというのに。
 ちょっと気が重い。相手は、その人の書いた小説を読んだことがなくても、だれでも名前を知っている流行作家。
 一時間前、電話のむこうで彼がいった。
「こっちに帰ってきている。会えないだろうか」
 ロイスがことわる口実をさがしていると、彼はつけ加えた。
「まだ送っていない絵葉書が一枚あるんだ。それを渡したいと思って」
 絵葉書がなければ、そしてそれが「一枚」じゃなければ、会う約束はしなかったと思う。
 彼女は答えた
「仕事があるので、少しの時間だけなら」
 彼から最初の絵葉書が送られてきたのは、ちょうど半月前。絵葉書というより、写真だ。光の差しこむアトリエで、ひとりの太った老人が立っている。長い杖を、壁に立てかけたキャンバスに突きつけ、しきりになにかを計算している風情だ。老人は晩年のアンリ・マティスであり、写真は制作現場を撮影したものだ。画家というより、大学の教授かなにかのように見える。
 葉書の表には、差出人の名前と、
「パリにて」
 という言葉だけが書かれていた。
 数日後、二通めの葉書が送られてきた。“コリウールのフランス窓”と名付けられたマティスの絵だった。
 縦に区切られた画面。単純化された色面。よく見なければ、窓というよりも、純粋に色彩で構成された抽象絵画としか思えない。が、色そのものの配置が、見る者にある種の感情を呼び起こすみたいだ。とくに淡い水色、淡い緑の色彩に、心を動かされるような気がする。
 その絵を画集で見た覚えがあった。表には、
「マルセイユにて」
 とあった。
 その後も、数日おきに絵葉書が送られてきた。いずれも室内の描写で、単純な色面で構成されていたり、逆に装飾的なアラベスク模様が描かれていたり。
 彼と最初に出会ったのは、ある小さな音楽祭のレセプションでのことだった。ロイスはその音楽祭のために、曲を提供していた。バイオリンとビオラ・ダ・ガンバのための小品。
 ロンドンからやってきたバイオリン奏者と話していると、その小説家が割りこんできた。
「あなたの曲、聴きましたよ」
 ロイスが少し前に出したアルバムのことをいっているらしい。
「じつにいい。シンプルでストレートな音だ。しかも、これほど若くて美しい人だとは知らなかった」
「ありがとうございます」
 儀礼的な笑みを返した。
「それにとても男性的だと思う。女性特有の湿度がなくて、ぼくは好きだな」
 これは新手の口説き文句だろうか、とロイスは考えた。女優たちとの派手な噂のある流行作家。
 自分となにかの接点があるとは思えないその男と、いま会う約束をした。
 ロイスはピアノの横の白い壁に視線をむけた。
 最初の写真から数えて四枚めの葉書が送られてきたとき、彼女はそれらをピンで壁にとめた。仕事場のマティス、コリウールのフランス窓、金魚鉢の絵、“ピアノの稽古”と題された絵。
 そのあとも絵葉書は続いて、いま、全部で七枚がピンでとめられている。赤い大きな室内、“夢”と題名の女性を描いた絵、そして最後が“音楽”。
 こうやって見ていると、なにかメッセージを伝えているように思える。彼はこの絵葉書を送ることで、なにをいいたかったのだろうか。
 葉書の投函地は全部ことなっている。パリからはじまって、南フランスのマルセイユに飛び、それからニース、リヨン、ブルゴーニュ地方と移動している。最後の“音楽”は、ふたたびパリだ。緑色の地面に立ったりすわったりしている赤い肌の五人の男。ひとりはバイオリンを弾き、ひとりは二本の笛のようなものを口にくわえている。あとの三人はそれを聴いている。背景は青い空だ。1910年の作とある。
 描かれた年代に意味があるのだろうか。
 それとも、題名に意味があるのだろうか。
 あるいは投函地に?
 いま、最後の一枚を渡してくれるという。八枚めの絵葉書。“音楽”の次の一枚。音楽の次には、なにが来るのか。
 興味をうまくかき立てられてしまったのは、彼の思うつぼなのかもしれない。そうやって女たちの興味をかき立てては、スキャンダルを巻き起こすのかもしれない。
 でも、ロイスはどうしても、最後の一枚を知りたかった。
 仕事が行きづまっていることもある。次のアルバムのための最初の一曲。それがどうしても書けない。イメージが固まらないのだ。最初の一曲が固まらなければ、全体も作れない。
 渓流を渡ろうとして、うまく連続した飛び石を見つけられずにいるような気分だった。
 あの小説家も、最初の一行が書けずに立ち往生することがあるのだろうか。
((2)につづく)

2010年1月2日土曜日

安全第一

(C)2010 by MIZUKI Yuu All rights reserved
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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #30 -----

  「安全第一」 水城雄


 工事現場は安全第一。
 横断歩道は安全第一。
 調理実習は安全第一。
 心臓手術は安全第一。

 自動車を運転する時はシートベルトを締めましょう。
 自転車に乗る時はライトをつけましょう。
 セックスする時はコンドームをつけましょう。
 出産する時はラマーズ法で呼吸しましょう。

 無闇に逆噴射しない。
 水爆の発射ボタンは押さない。
 モスリムの人たちをののしらない。
 国旗を燃やさない。
 コンビニに押し入らない。
 他国の人を拉致しない。
 放火しない。
 ひき逃げしない。
 ストーカーにならない。
 踏切に車を置き去りにしない。
 テポドンを発射しない。
 ビルに旅客機を突っこませない。

 きみはいう。
「気をつけて行ってきてね」
 ぼくはいう。
「気をつけて帰ってくるんだよ」

 人はみな、人の無事を祈る。
 ぼくはきみの無事を祈る。
 きみもぼくの無事を祈る。
 きみと、きみの家族と、ぼくのお母さんと、ぼくの妹と、妹の息子と、妹の夫の、無事を祈る。
 お母さんの友だちと、きみの友だちの友だちと、きみの親戚と親戚の友だちと、親戚の友だちの知り合いの政治家や役人やゴミ拾いの人の無事を祈る。
 顔も忘れた同級生と、その家族と、ホームステイの中国人と、マルチ商法にはまった妻の無事を祈る。
 でもなんだって、人は人に銃を向ける?

 気をつけて行っておいで。
 気をつけて帰っておいで。
 ついたら電話しな。
 帰ったらメールしな。
 電車に乗り遅れないようにね。
 ガスの元栓は締めておくように。
 横断歩道は気をつけて。
 包丁で手を切らないように。

 ぼくのひたいに大きなレッテル。
 きみに向かって、
「安全第一」

2010年1月1日金曜日

Ba-Lue Bolivar Ba-Lues-Are

(C)2010 by MIZUKI Yuu All rights reserved
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----- Jazz Story #34 -----

  「Ba-Lue Bolivar Ba-Lues-Are」 水城雄

 Scene 1

「おばあちゃん、あけましておめでとう!」
「んや、おめでとう、るみちゃん」
「やだ、おばあちゃんったら。るみじゃなくてるなでしょ」
「そうだったよね、ごめんよ、るみちゃん……ん、なんだね、この手は?」
「だからぁ、なにかあたしに渡すものとかあったりしないかなぁ、なんて」
「渡すものかい? さぁて、なんだっけね。覚えてないねえ」
「まあいいよ、きっとそのうち思い出すから。おばあちゃん、元気そうでよかった」
「そう、腰が痛くってねぇ。もうだめだね、この歳になっちまったら」
「そんなことないよぉ、すっっっごく元気そうじゃん、おばあちゃん」
「ほんとにこのごろは悪い事件ばっかり起こるねえ。ほんと、生きているのもいやんなっちゃうよ。るみちゃんはまだ若いからいいだろうけどね」
「るみじゃなくて、るな。それより、おばあちゃん。最近は景気が悪くてさぁ」
「あん?」
「景気。けいき。ケーキが悪いんだってば!」
「ああ、るみちゃんは小さいころからケーキが好きだったよね」
「そうじゃなくて、景気。お金のこと」
「ああ、お金ね。そうそうそうそう、景気が悪くて、たくさんの失業者が出てるって話だよねぇ。ひどい世の中だねえ、まったく」
「そうなのよ。だから、高校生もいろいろと大変でさ。わかるでしょ?」
「わかるさ、おばあちゃんだって。だからといって、るみちゃん、ああいうことしちゃいけないよ。なんつったっけね、あれ。ほれ、あの、煙突じゃなくて、線香じゃなくて、そうそうそうそう、援交」
「援助交際ね。そんなこと、るな、しないよう。でも、苦しいんだ、最近。だから、ほらおばあちゃん、お正月に孫に渡すもので、なにか忘れているもの、あるでしょ? 思い出してよ、ねえ」
「うん、ほんとに派遣切りは大変だよねえ」

 Scene 2

「で、なんだい、パパとママは元気なのかい、るみちゃん」
「るみじゃなくて、るな。うん、いちおう、両方とも生きてるよ」
「そうかい。ちっとも顔を出してくれなくてね。腹を痛めて生んだ子なのに、薄情だよねぇ」
「そうねえ。ふたりとも冷たいっつーか、最近、さめてんだよね」
「どういうふうに?」
「いまはやりの家庭内離婚っつーか、なんかそんな感じなんだよね」
「離婚? パパとママ、離婚するのかい?」
「離婚はしないけどさぁ、事実上離婚してるっつーか、あたしがいるから離婚できないっつーか、ママはほら仕事してないからさぁ、離婚してもひとりで生きていけないっつーかさぁ。ま、いろいろあんのよ」
「ふーん。光男が浮気してるとか、そういうことじゃないんだよね」
「ううん、パパはそういうタイプじゃない。そんな甲斐性もないしさぁ」
「ないかい?」
「ないよ。ないない、全然ない。浮気するとしたらママのほうだね」
「ほんとかい?」
「ママってほら、けっこう美人だし、十歳は若く見えるし、スタイルだっていいし、まだまだ男の人が放っておかないって感じ?」
「百恵さんはきれいだからねえ」
「そうなのよ。だから、けっこうやばいんだ。前はパパも機嫌のいいときなんか、あたしにポンってお小遣いくれたりしたのに、最近は全然でさぁ」
「ふうん、それは困ったねえ」
「だから、ほら、わかるでしょ? けっこう大変なんだ、あたしも。ケーザイ的にヘッポコしてるっていうかぁ」
「それをいうなら、逼迫だろ?」
「そうそう、逼迫。せっぱつまってんだ、ケータイの料金とかさ。ほんと、もうエンコーとかに走っちゃいそう」
「エンコーはだめだよ、るみちゃん」
「わかってるって。だからぁ、ほら、おばあちゃん、この際だからはっきりいっちゃうけどさ、そろそろお年玉くんない?」
「そうさな、新型インフルエンザは心配だよね」