2010年4月27日火曜日

階段

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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #62 -----

  「階段」 水城雄


 世間ではまだぼくのことを探しているらしい。
 そりゃそうだろう。ある日、忽然と消えてしまったのだから。理由もなく。
 事故、自殺、ぼくに行動に関するいろいろな可能性が検討され、そのどれもが否定された。遺書もなく、遺体もない失踪。いなくなる直前まで部屋にいたことだけはわかっている。どこにも出かけた形跡がないこともわかっている。でも、突然、姿を消した。
 ぼくがいまでもここにいることを、だれも知らない。でも、ぼくは寂しくなんかない。なぜなら、ここには大勢の人がいるから。そう、あの階段からやってきた大勢の人が。

 あるとき、ぼくはふと思った。
「あれ? この階段って13段だったっけ」
 とんとんとんと階段をのぼる。とんとんとんと階段をおりる。そのたびにぼくは無意識に数を数えていた。子どものころからの癖なんだ。
「1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12!」
 そう、この古い木造アパートの階段は12段ある。玄関は靴を脱いで下駄箱に預ける方式で、だれが訪ねて来てもいまどき珍しいっていわれる。もちろん、便所も炊事場も共同。風呂は近くの銭湯。そしてぼくの部屋は二階にある八畳間。
 学校に近い街中にあって、それなのに家賃は3万円。いまどきありえない。
「1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12!」
 階段をあがりおりするときは、子どものころから無意識に段数を数える癖がついてしまってる。そしてこの階段はいつも12段。間違いなく12段。
 と思ったら、ある日、階段をのぼったとき、
「9、10、11、12、13……あれっ!」
 数え間違えたのか? そんなことありえない。だって、毎日毎日、日に何回も、何百日もこうやって数えながらのぼりおりしてたんだから。数え間違えたことなんて一度もない。
 ぼくはもう一度、数えながら、今度はゆっくりと階段をおりていった。
「9、10、11、12。なんだやっぱり数え間違えたのか」
 ちょっと変な気分でぼくは部屋にもどった。
 数日後、またそれが起こった。今度は階段をおりているとき。
「9、10、11、12、13……えっ!」
 ちょっと用事があって急いでいたんだけど、気になってぼくは階段をのぼりなおしてみた。
「9、10、11、12、13……」
 13段、ある。そんな馬鹿な。もう一度。
「9、10、11、12、13……」
 もう一度。
「9、10、11、12、13……」
 どこかが一段増えてる。
 ぼくはゆっくりと確かめながら階段をおりていった。
「いち、にぃ、さん、しぃ……」
 どこかが増えている。どこだろう。いつも見慣れている階段。でもいつもちゃんと見てなんかいない階段。どこかの段が、いつも見ていなかった段かもしれない。見たことのない段がどこかにあるのかも。
「ごぉ、ろく、しち」
 ふとぼくは違和感を覚えて、立ちどまった。
 この段? なんか変な感じがする。
 ぼくはしっかり確かめようと思い、少し腰をかがめてその段に顔を近づけていった。
 そのとき……

 世間ではまだぼくのことを探しているらしい。
 ここにはそうやって階段の隙間に落っこちてしまった人たちがたくさんいる。全然寂しくなんかない。

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