2009年9月27日日曜日

砂漠の少年

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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #25 -----

  「砂漠の少年」 水城雄


 この砂漠で生まれ、この砂漠で育った。ムハディは今日もウリムを連れて山のふもとに行く。
 ウリムはフタコブラクダで、十八歳になる。ムハディより七歳も年寄りの老いぼれラクダだ。
 山のふもとには観光バスの駐車場があって、運がよければ日に15台もやってくる。中国人、ロシア人、インド人、ドイツ人、フランス人、日本人、韓国人、ブラジル人もやってくる。オーストラリア人とイギリス人もやってくるが、ムハディにはほとんど区別がつかない。アメリカ人はめったにやってこないが、来ればすぐにわかる。日本人とおなじくらい、すぐにわかる。
 山といっても、高さがせいぜい150メートルほどの、丘みたいな突起だ。見渡すかぎりの赤茶けた砂漠のなかに、ぴょこんと突き出ている。山の中腹に洞窟がいくつかあって、薄汚れた絵が壁に描かれている。人々はそれを見に来るのだ。ムハディも何度か見たことがあるが、同級生のナジームの絵のほうがよほどうまい。
 運が悪ければバスは一台もやってこない。
 今日はどうだろうか。
 同級生といったが、ムハディはもう学校には行っていない。勤め先の病院で母がロケット弾の直撃を受けて、右足を失った。父はそのすぐあとに部隊に加わった。だから、四人の幼い弟と妹を養うのはムハディの仕事になった。
 金持ちのナジームがまだ学校に行っていることを、ムハディはうらやましくなんかない。ここの仕事は学校なんかよりいろいろと勉強になる。ここが世界の片隅だってことはムハディにもよくわかっているけれど、観光客たちと話をしていると、逆に自分が世界の一番てっぺんにいるような感覚になることもある。
 バスがやってきた。中国人か? いや、韓国人か日本人だ。年寄りの団体だ。みなころころと太った腹にウエストポーチを大事そうにくくりつけている。
 女のひとりがムハディにカメラを向けながらいう。
「かわいい坊やだわ。うちの孫と同い年くらいよね。学校には行ってないのかしら」
 日本語だ。
 すかさずムハディはいう。
「帰りにラクダ、乗ってよ。写真撮れるよ。いい思い出、撮れるよ」
 一団が歓声をあげる。砂漠の少年の見事な日本語に驚いているのだ。そして少年の透き通った青い目をのぞきこんで、いう。
「かしこい坊やね。わかったわ。きっとあとでラクダに乗ってあげるわね」
 ムハディはときどき、自分の青く透明な目が世界のすべてを見ているような気になることがある。しかし、自分は世界の片隅にいるのだし、自分はおそらく死ぬまでこの地を離れることはないだろうとも思っている。
 ガイドに連れられて山に登っていく観光客たちの姿を、熱くやけた地面に腹ばいになったフタコブラクダのウリムとともに、ムハディはじっと見送っていた。

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