2010年9月30日木曜日

ゼータ関数の非自明なゼロ点はすべて一直線上にある

(C)2010 by MIZUKI Yuu All rights reserved
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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #75 -----

  「ゼータ関数の非自明なゼロ点はすべて一直線上にある」


 僕がいる。
 僕は見る。
 君が来る。
 僕は聴く。
 僕は知る。
 君が泣く。
 僕は書く。
 君が取る。
 僕は折る。
 僕は蹴る。
 君が去る。
 僕は立つ。
 僕は行く。
 僕は寝る。
 君が揺れる
 僕は照れる。
 私は食べる。
 私は飲みこむ。
 私は食器を洗う。
 君はお茶をいれる。
 私はコーヒーを飲む。
 私は新聞を広げて読む。
 君は窓を開けて外を見る。
 君はどこに行くのと尋ねる。
 私はどこに行きたいのと聞く。
 僕たちは手をつないで街を歩く。
 おだやかな風が僕たちを包みこむ。
 風はユリノキの葉をざわざわ揺らす。
 揺れる木々の葉の間に青い空が見える。
 僕たちは手をつないだまま空を見上げる。
 青い空の向こうには漆黒の宇宙空間がある。
 僕たちは一緒に夜の空を見上げるのも好きだ。
 星座の名前を全部は知らないけれど星が好きだ。
 僕たちはカフェの椅子に座って街行く人々を見る。
 ベビーカーを押す女性と孫の手を引く老女が通った。
 僕はいまは遠くに住んでいる息子のことを思いだした。
 僕はテーブルの上にスケッチブックを広げて街を描いた。
 急いでやらなければならない仕事があることを知っている。
 いまは仕事のことは考えずに君とこうやってすごしていたい。
 僕たちがいるこの街や人々や風や光を感じながらすごしたい。
 僕が幸せなのは君と僕がこの世界のなかに包まれているから。
 どうして詩や歌詞は「君」と「僕」しか出てこないのだろう。
 いずれ君も僕もここにいる人々も街も姿を変えていくだろう。
 変わらず永遠に存在しつづけるものはこの世にはなにもない。
 すべては永遠に姿を変えながら存在しつづける法則しかない。
 ゼータ関数の非自明なゼロ点はすべて一直線上にあるらしい。

2010年7月12日月曜日

コップのなかのあなた

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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #74 -----

  「コップのなかのあなた」


 コップで水を飲もうとして、ふとかんがえた。
 このなかに、あなたはいるだろうか、と。

 生物学的な意味では、あなたはもういない。
 もう死んでしまったのだから。
 葬式も出したし、死亡届も出した。
 でも、死ってなんだろう。
 あなたという形はなくなってしまった。あなたを形作っていた血や肉や骨は消えてしまった。でも、どこへ?

 わたしは動かなくなってしまったあなたが、棺桶にいれられ、葬儀のあとに焼却炉にはいるのを見ていた。
 あなたはそのなかで焼かれ、煙と水蒸気になって煙突から立ちのぼり、あとにはわずかばかりの灰と骨が残っていた。
 あなたは水蒸気と二酸化炭素といくらかのミネラル分に分解され、世界のなかに散らばっていってしまった。
 だとしたら、いま、ここに、わたしの手のなかにあるコップの水のなかに、あなたの一部はいないだろうか。

 計算してみよう!
 仮にあなたの成分が、水分が60パーセント、脂肪が20パーセント、タンパク質が15パーセント、ミネラルが5パーセントだったとする。
 ややこしいので、いまは水分だけに着目する。
 あなたの体重は60キロだった。60000グラム。なので、あなたの水分は36,000グラム。
 真水 H2O の分子量は18グラムパーモル(g/mol)だから、あなたの水分子量は2,000モル。
 分子の数はアボガドロ定数により 6.023の23乗×2,000モル、すなわち1,724,748,800,000,000,000,000個。
 一方、地球の表面積は約510,000,000,000,000平方メートル。
 あなたの水分子数を地球の表面積で割れば、338,186,039個。
 つまり、1平方メートルあたり338,186,039個のあなたの水が、地表には存在しているということになる。
 きっとこのコップの水にも、あなたがたくさんはいっているにちがいない。

 わたしのこの身体だって、数か月で分子は全部入れ替わっている。
 形を保っているように見えて、じつは流れる河のように動いている。
 わたしのように見えるものは、じつは岸辺。流れる水を通すだけの形。わたしはたえず動いている。
 鳥がやってきて、さえずり、愛を交わし、巣を作り、ヒナを育てて、また去っていく、そんな樹木のようなもの。樹木も何十年、何百年とそこに立っているように見えて、ずっとおなじものはなにもない。

 わたしのなかにあなたがいて、あなたのなかにもわたしがいる。
 世界のなかにわたしもあなたもいて、つながっていて、すべてとつながっていて、ゆたかに流れている。
 そんなことを思いながら、わたしは幸せな気持ちでコップ一杯の水を、あなたを飲んだ。

2010年6月8日火曜日

おんがくでんしゃ

(C)2010 by MIZUKI Yuu All rights reserved
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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #72 -----

  「おんがくでんしゃ」


逆爪できて痛い金色カバン膝に乗せた女短いぱんつに斜めチェックのストッキング太もも太くて膝開いてる両肘締めて両手でケータイ見る男トレンチ着て颯爽と立つ女背を反らし胸突き出して文庫本見てる毛糸の帽子すっぽりかぶった男本読みながらケータイ打ってる目白池袋たくさん乗り換えこんがらがったイヤホンのコードと格闘してるニキビいっぱいある女間隔調整のため停車いたします聴覚標識ぴよぴよぴよ右隣は黒づくめの女布カバーかぶせた文庫本読んでるすり切れた布古い型のiPodよろける白いパンプス膝の裏の青い血管The next station IS Ootsuka午後の外光にてらてらしてる床ゴムのにおい目を閉じる初老のサラリーマン光る胸のバッジバッジは彼の心臓動脈硬化起こしかけてる血管詰まってこんがらがるイヤホンのコード耳に突っ込んだまま寝てる高校生頭グラグラしてる西日暮里背もたれに背付けず前のめりで漫画読む中年男方角間違えて乗った山手線どうせそのままぐるりと回るご注意ください暖房と冷房の中間で迷ってる空調ユラクチョーは有楽町当駅は当面禁煙ですあ全面か左隣の若い男寝言いう

2010年6月7日月曜日

ふとんたたき

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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #72 -----

  「ふとんたたき」


 ベランダの戸をあけたら
 前の家のおばちゃんが物干し場でふとんをたたいていた
 力まかせに腕を振りあげ振りおろし
 ふとんたたきをふとんにたたきつけている

 ガシャンガシャンガシャン
 ガシガシ
 ガシャンガシャンガシャン

 おばちゃんの指はぎしぎしと力をこめて
 ふとんたたきを握りしめている
 ふとんたたきはいまにも折れそうだ
 ふとんたたきを振りあげるおばちゃんの腕はもりもりと力がはいり
 ふとんたたきはいまにもひんまがりそうだ
 振りあげたときにはがしんと屈曲し
 振りおろすときにはびしんと伸張するおばちゃんの腕関節は
 油が切れているのかぎいぎいと耳障りな音を立てる

 ガシャンガシャンガシャン
 ギシギシモリモリギイギイ
 ガシャンガシャンガシャン

 おばちゃんの意志とは関係なく
 あたえられたプログラムにしたがっておばちゃんの腕は動く
 ぼくの腕だってどうだろう
 あたえられたプログラムで動いているのだ

 なにもかんがえずに箸を持つ
 なにもかんがえずに空き缶を投げる
 なにもかんがえずにペンを走らせる
 なにもかんがえずにキーボードをたたく
 なにもかんがえずにきみに触れる

 取りもどすのだ、おばちゃん!
 あたえられたプログラムをゴミ箱にいれ
 自分の腕と身体を取りもどすのだ!
 自分の意志で動く自由な腕と身体を取りもどすのだ!

2010年6月6日日曜日

飛んでいたころ

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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #71 -----

  「飛んでいたころ」

いまはもう飛ぶことはできないけれど
まだかすかに
飛んでいたころの記憶がよみがえる

梅丘二丁目の信号から北にむかってまっすぐ降りてきて
駅前の通りと小田急線の高架をくぐった先にある信号
嵐の桜井くんがよくタクシーをつかまえようとしている交差点
渡って右手に北沢警察、左手に光明養護学校が見える通り
晴れているとぱあっとそらが広くなるあたり

飛んでいたころの眼球の感触
飛んでいたころの皮膚の感触
飛んでいたころの四肢の感触

あのとき
指は翼を引くロープをしっかりと握りしめていた
足先はバランスを取るためのベルトにひっかけていた
身体は体重移動のためにそりかえらせていた

頬が風を切り
ときおり水滴がひたいを打った
眼球の乾燥を防ぐために涙があふれ
遠くの積乱雲がぼやけた
陽に灼けることなど気にもしなかった

いまはもう飛ぶことはできないけれど
飛ぶことを思うことはできた
頬が風を切った
積乱雲を見た
風に揺れる森を飛びこえた
やがて年老いて動けなくなり灰になってしまっても
飛ぶことの思いはまだ駆けめぐっていただろう

2010年6月5日土曜日

身体のなかを蝶が飛ぶ

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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #70 -----

  「身体のなかを蝶が飛ぶ」


 あるいていたら
 蝶がぱちんとひたいにあたった
 どこに行ったのかとふりかえってみたが
 どこにもいない
 おかしいなとおもったら
 ひたいからそのまま私の身体のなかにはいっていた

 あたまのなかにちょうちょがいる
 ひらひら飛びまわっている
 せまいだろうに
 たのしそうに飛びまわっている
 おおきな蝶じゃない
 でも
 どんな色の蝶なのか
 どんな模様の蝶なのか
 私には見るすべがない
 なにしろ
 私のなかにいるのだから

 ちょうちょはあたまから身体のなかへと飛んできた
 口をあけたままにしていたら
 そこから外に出ていってくれたのかな
 とおもったけれど
 もうおそい

 ひらひら
 ひらひら
 蝶が私のなかを飛ぶ
 まるで自分のもののように私の身体のなかを飛ぶ
 まるでだれのものでもない自由な空を飛ぶように
 ひらひら
 ひらひら
 飛んでいる
 ひょっとして
 と私はおもう
 私は私の身体が私のものだとおもっていたけれど
 本当は私の身体は私のものではなくて蝶のものなのかもしれない
 私の身体は私のものではないのかもしれない
 私の身体は自由な空とおなじように
 だれのものでもないのかもしれない
 私はかってに自分の身体の内側と外側を区切って
 内側を自分のものだと思っていたけれど

 私のなかに蝶がいる
 楽しそうに飛んでいる
 そんなに楽しいのかい、きみ?
 じゃあ好きなだけいていいよ
 ずっとそこで遊んでいていいよ
 私も私の身体の内側が自分のものだなんて思うのは
 よすことにしよう

2010年6月4日金曜日

自転車をこぐ

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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #69 -----

  「自転車をこぐ」

自転車をこぐ
きみのもとに向かう
風が前から吹いている

自転車をこぐ
きみのもとから帰る
風が後ろから吹いている

自転車をこぐ
きみのもとに向かう
風が横から吹いている

自転車をこぐ
買物をしてから帰る
風がななめ後ろから吹いている

風はいろいろな方向から吹いてくる
ときには風のない日もある
寒い風
熱い風
いろいろある
自転車をこいでいると
それがわかる

自転車をこぐ
きみのことをかんがえながらこぐ
風が右から吹いている

自転車をこぐ
子どもが陰から飛びだした
あわててブレーキをかけた
子どものお母さんが
ぼくをにらみつけた

自転車をこぐ
きみのことをかんがえていたのに
大事なことをかんがえていたはずだったのに
どんな大事なことだったのか
忘れてしまった

自転車をこぐ
風はいろいろな方角から吹いてくるけれど
とりあえずはそれ以上のことはおこらない
ぼくはきみのことをかんがえながら
自転車をこぐ

自転車をこいでいても
地震は起きないし
(わからないけれど)
洪水にもならない
(わからないけれど)
機関銃の弾も飛んでこないし
(わからないけれど)
爆弾も破裂しない
(わからないけれど)
でも子どもは飛びだしてくる
(わからなかった)

自転車をこぐ
きみのことをかんがえながら
きみのもとに向かう
風が前から吹いている