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----- Jazz Story #33 -----
「祈り」 水城雄
綿雪まじりの冷たい空気のなかで、私は大きな木に向かって祈りをささげる。
神にでもなく、自分の幸せや健康にでもなく、ひとり、大樹に向かって祈りをささげる。
昨夜見た、坂の途中で立ちつくしていたサンドイッチマンに。
割り勘をごまかそうとした友人に。
電話ボックスのなかで抱き合っていた若い男女に。
席をゆずらず眠ったふりをしていた高校生に。
祈りをささげる。
ビルに衝突した飛行機の乗務員と乗客とテロリストに。
くず折れるビルに。
巻き散らされた白い粉に。
アラファトとシャロンに。
オウムとイエスの方舟たちに。
祈りをささげる。
私のコーヒーポットとオレガノの鉢に。
息子に贈るハーモニカに。
私は祈りながら、木の幹に手を触れる。
見上げると、綿のような雪が暗い空のかなたから、ゆっくりと降りてくる。
どこか遠くで鐘が鳴っている。
この樫の木は、冬も青々と葉を広げて立っている。
私が生まれるより前から、世界の人が生まれるずっと前から、樫の木はここにこうして立っていた。
この樫の木より前に生まれた人は、ただのひとりもいない。
この樫の木よりも長く生きる人も、ひとりもいない。
樫の木が倒されないかぎり。
樫の木が人の手によって倒されないかぎり。
飛行機の形をした斧が、大陸のはずれの島に立っていた大きな木をなぎ倒した。斧の力はすさまじく、木は一瞬にしてくずれ倒れた。人の手が斧をふるい、人の手が何本もの木をなぎ倒した。
人の手が細菌をばらまき、人の手がミサイルを異国に打ちこんだ。
光でいろどられ、音楽があふれている街を、着飾り、作られた笑いを顔に張りつかせた人々が、目的もなく行き交っている。
それを、今日、私は見ていた。
雪がやんだ。
私は手を樫の木に触れさせたまま、ひとり空をあおぎ、祈る。
また鐘の音が聞こえた。
2009年11月12日木曜日
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