2010年7月12日月曜日

コップのなかのあなた

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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #74 -----

  「コップのなかのあなた」


 コップで水を飲もうとして、ふとかんがえた。
 このなかに、あなたはいるだろうか、と。

 生物学的な意味では、あなたはもういない。
 もう死んでしまったのだから。
 葬式も出したし、死亡届も出した。
 でも、死ってなんだろう。
 あなたという形はなくなってしまった。あなたを形作っていた血や肉や骨は消えてしまった。でも、どこへ?

 わたしは動かなくなってしまったあなたが、棺桶にいれられ、葬儀のあとに焼却炉にはいるのを見ていた。
 あなたはそのなかで焼かれ、煙と水蒸気になって煙突から立ちのぼり、あとにはわずかばかりの灰と骨が残っていた。
 あなたは水蒸気と二酸化炭素といくらかのミネラル分に分解され、世界のなかに散らばっていってしまった。
 だとしたら、いま、ここに、わたしの手のなかにあるコップの水のなかに、あなたの一部はいないだろうか。

 計算してみよう!
 仮にあなたの成分が、水分が60パーセント、脂肪が20パーセント、タンパク質が15パーセント、ミネラルが5パーセントだったとする。
 ややこしいので、いまは水分だけに着目する。
 あなたの体重は60キロだった。60000グラム。なので、あなたの水分は36,000グラム。
 真水 H2O の分子量は18グラムパーモル(g/mol)だから、あなたの水分子量は2,000モル。
 分子の数はアボガドロ定数により 6.023の23乗×2,000モル、すなわち1,724,748,800,000,000,000,000個。
 一方、地球の表面積は約510,000,000,000,000平方メートル。
 あなたの水分子数を地球の表面積で割れば、338,186,039個。
 つまり、1平方メートルあたり338,186,039個のあなたの水が、地表には存在しているということになる。
 きっとこのコップの水にも、あなたがたくさんはいっているにちがいない。

 わたしのこの身体だって、数か月で分子は全部入れ替わっている。
 形を保っているように見えて、じつは流れる河のように動いている。
 わたしのように見えるものは、じつは岸辺。流れる水を通すだけの形。わたしはたえず動いている。
 鳥がやってきて、さえずり、愛を交わし、巣を作り、ヒナを育てて、また去っていく、そんな樹木のようなもの。樹木も何十年、何百年とそこに立っているように見えて、ずっとおなじものはなにもない。

 わたしのなかにあなたがいて、あなたのなかにもわたしがいる。
 世界のなかにわたしもあなたもいて、つながっていて、すべてとつながっていて、ゆたかに流れている。
 そんなことを思いながら、わたしは幸せな気持ちでコップ一杯の水を、あなたを飲んだ。