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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #32 -----
「An Old Snow Woman ~ 被災地に寄せて」 水城雄
今年の雪は格別だ。かいてもかいても降りつもる。
一日のうちの三分の二は外にいて、雪かきをしている。そのまた半分は屋根の上にいる。八十を越えた女の身にはこたえるなんてもんじゃない。もっとも、六十三でじぃさんに先立たれてからは、女とか男とかいうものとは関係のない世界にいってしまった。
それでも、女として生きていたこともある。子どもは三人。男がふたりに、女がひとり。みんな都会に出て、結婚して、孫を作っている。
それにしても、都会では子どもも大人もなんでみんなあんなに忙しいのかね。ろくに田舎に帰ってくる暇もないらしい。
たしかにここも今年は忙しい。こう雪にひどく降られりゃしかたがない。でも、雪がやんだときはなんにもすることはないし、ストーブに薪をうんとくべてラジオを聞きながらみかんの皮をむくだけだ。雪かきに追われた日も、家に入れば暇はある。
寝る暇? そんなものはたっぷりある。そもそも、この年になれば、睡眠時間なんてそうたくさんは必要ない。布団に長く横になっていても、曲がった腰がだんだん痛んでくるだけだ。
屋根にあがって背丈の倍ほどもある雪をスノッパーで落としていると、時々自分がどこにいるのかわからなくなる。立っている屋根の上も真っ白。地面も真っ白。たんぼも真っ白、山も真っ白。空は鉛色に低くたれこめて、どこまでが空でどこからが地面なのか、まるでわからない。
うっかり屋根の端まで行きすぎて落っこちないように気をつけなくてはならない。うっかりそのままあの世まで昇っていってしまわないように……まあ、それならそれでかまわまいけれど。
積もりに積もって、押し潰されて、硬く重くなった下のほうの雪は、スノッパーも歯が立たない。スコップを使うしかない。端のほうから縦、横と切れ目を入れ、最後に下からすくって放り投げる。
ザク、ザク、ザク。ポン。
ザク、ザク、ザク。ポン。
縦、横、下。ポン。
一定のリズムで進んでいくのが疲れないコツだ。
縦、横、下。ポン。
もう何十年もやっている。
縦、横、下。ポン。
ひい、ふう、みぃ。ポン。
いち、にぃ、さん。ポン。
ワン、トゥー、スリー。ポン。
アン、ドゥー、トロワ。ポン。
末娘の子どもはバレエをやっているといっていた。都会にはバレエを教室がたくさんあるらしい。ばあちゃんが娘のころはバレエなんか習いたくても無理だった。そもそもこんな田舎にバレエの先生なんていやしない。
でも孫娘は高校受験のために、いまはバレエを休んでいるらしい。無事に高校に受かったらご褒美にドイツ旅行に連れていってもらえるんだとか。
バレエ教室。高校受験。ドイツ旅行。
ばあちゃんの娘時代には考えられなかったね。
アン、ドゥー、トロワ。ポン。
今日の屋根雪かきも、あと一間ほどで終わりだ。終わったら下着を替えて、汗をふいて、薪をくべて、みかんをむきながらラジオを聴こう。こんな山奥にひとりで雪に降りこめられていても、世間のことはちゃんと耳に届いているのさ。
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