2009年10月12日月曜日

初霜

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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #27 -----

  「初霜」 水城雄


 けさ、初霜が降りた。
 気づかずに畦をいそいで、体育祭の前に買ってもらったばかりのスニーカーをよごしてしまった。
 泣きたい気分。
 歯をくいしばる。治療をほったらかしにしてある奥歯が痛む。母にもらった歯の治療代は、全部たこ焼きを買うのに使ってしまった。自分が食べて、それからクラスメートにもふるまった。その日一日、いじめられずにすんだ。
「風邪じゃないんだから。虫歯は自然に治ったりはしないんだからね、絶対に」
 母がいう。そのとおりだろう。でも、知ったことじゃない。まだ十四でしかない彼女には、手のつけようがなくなった虫歯を抱えている自分の姿なんて、想像もつかない。
 知るもんか。
 意地になって歯を食いしばりながら、制服のスカートをめくりあげる。そうしなければ、鶏たちにスカートを汚される。鶏の世話を終えてから制服に着がえればいいのはわかっている。でも、そうすると学校に遅刻する。遅刻常習者のリストにあげられている彼女は、もうこれ以上遅刻するわけにはいかない。それならば早起きすればいいのに。どうしても早起きできない。いつもギリギリまで布団にしがみついている。今日もそうだ。明け方見た、彼の夢のせいだ。夢のなかであこがれの彼は、今日もまたあのいじめっ子の女と手をつないで歩いていた。
 彼の手。
 死ね、女。
 餌の予感に鶏たちがものすごく興奮して鳴き声をあげる。ところかまわず走りまわる。
 餌箱の近くにいた一匹をけとばしてから、彼女は飼料の袋の中身をさかさまにぶちまけた。
 粉が舞いあがって、制服の上着を白くよごす。
 いそいでかかえてきたカゴに今朝の玉子を拾いあつめていく。
 五十個ほどの玉子を集めた彼女は、鶏小屋を出てようやく一息つく。
 玉子をひとつ取ってみる。白くて、まだあたたかい。殻も柔らかくて、いまにも割れてしまいそうだ。
 そっと頬にあててみる。
 自分もこの玉子みたいに生まれたてだったらいいのに、と思う。しかし彼女は、自分がその玉子にそっくりで、うりふたつで、まだ生まれたてといっていいほどであることには、気づいていない。

10 件のコメント:

  1. spoonというアプリで使わせていただきます!
    他にも「歌う人へ」をお借りいたします。

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    1. 現状は地獄のような状況である彼女ではありますが、初霜や卵のような純白のイメージが出てきて、最後は少し希望の持てるような終わり方だったので読んでて気分が少し明るくなりました。本日の配信でお借りします。

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  2. SpoonというアプリのCASTにてお借りします!

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  3. ツイキャスにて使わせていただきます

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  4. Youtubeの朗読動画にてお借りいたします。
    素敵な作品をありがとうございます。

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