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2019年12月1日日曜日

イベントホライズン

(C)2019 by MIZUKI Yuu All rights reserved
Authorized by the author

   事象の地平線――イベントホライズン

                           水城ゆう


 あの丘を越えれば
 無限の波と雲が迎えてくれるとわかっているのに
 おまえは死の影におびえながら歩《ほ》をためらっている

 なにをしようにも
 なにをいおうにも
 なにかを思い出し
 思考と観念の痛みが
 ただ積み重なり
 がんじがらめになる日々に
 おおわれたのはいつからなのか
 おまえはもう思い出すことができない

 ほら
 もうそこに見えている
 丘を越えよ
 一歩踏みだせ
 すべてを呑みこみ
 すべてを断《た》ち切る
 降着《こうちゃく》円盤《えんばん》が
 まばゆく輝いている

 そこは時と光が引きのばされ
 あらゆる事象が人知《じんち》を超える
 イベントホライズン
 闇の此岸《しがん》に
 我らの地がある

  *

 いただき物の菓子箱を包んでいた包み紙の皺《しわ》を、きみは丁寧《ていねい》にのばしている。テーブルの上に紙をひろげ、隅々《すみずみ》まで手のひらと指の腹を使って、皺をまっすぐにしている。皺がのび、紙がまっすぐになると、きみはそれを半分に折る。端《はし》と端を合わせて、まずは長いほうからふたつに折る。角《かど》が正確に合っているのを確かめ、真ん中に折り目をつける。
 包み紙が半分になったら、さらにもう半分に折る。今度も角が合っているのを慎重に確かめ、きっちりと折り目をつける。さらにもう半分。四つ折の新聞紙ほどの大きさになると、きみは立ちあがり、物入《ものい》れの引き戸をあける。
 物入れには整理棚があって、段のひとつにきれいに折りたたんだ包み紙が何十枚も重なっておさめられている。いまたたんだばかりの包み紙をきみはその上に乗せ、そっと手のひらで押さえて厚みの感触をたしかめる。

  *

 おまえはまたうっかり、いつものようにろくに噛まずに肉の塊を飲みこもうとして、胸を押さえる。狭くなり、食べ物を胃へと送りこもうとする蠕動《ぜんどう》運動が鈍《にぶ》っている食堂に、とんかつのひと切れが引っかかって止まる。
 痛みと息苦しさで、おまえは涙目《なみだめ》になりながら、テーブルの上の水のコップに手を伸ばす。水を飲む前に、なかば無意識にこぶしを作った手で胸をとんとんと叩く。そんなことをしてもなんの効果もない。
 水をひと口ふくみ、飲みこむ。水は食道をふさいでいるトンカツのところで止まり、冷たくたまる。痛みをこらえ、待つ。水はやがて、肉塊《にくかい》のすきまをとおり、食道を通りぬけていく。それにつれて、引っかかっていた肉塊もするりと動きはじめ、ゆっくりと胃へと降りていく。
 痛みが引いていく。おまえはほっと息をつき、胸をさする。その奥にあるイベントホライズンを思いながら。

  *

 きみは大根を切ろうとしている。これから味噌汁を作ろうというのだ。葉の根元が残っている首のところをザクリと切り落とす。落とした首は捨てないでまな板の横に取っておく。つづいて五センチくらいのところで横に切る。円筒形ができる。包丁を皮にそってあて、大根の皮を薄くそぐように切りはいでいく。皮をはいだ大根は縦に切れ目をいれて、太いマッチの軸のような形にすると、水を張った小鍋にまとめて入れる。皮も捨てずに取っておく。
 つづいて人参《にんじん》を切る。葉がついたままだ。おなじように根元《ねもと》を切り落とす。皮はむかずに、大根のように、しかしもっと細い軸になるように、刻んでから小鍋《こなべ》に入れる。首についている葉は外側のものを何本か指でちぎってきれいなものだけ残すと、そのまま水を張った小皿に乗せる。大根の首も別の小皿に乗せる。
 それらを窓際《まどぎわ》に並べる。こうやっておくと、大根からも人参からもあたらしい芽が出て、あたらしい葉が伸びて彼の目を楽しませてくれるだろうと、きみは思っている。

  *

 おまえは浜辺でそれを見つけたのだ。波はちいさく、サーフィンの合間に波打《なみう》ち際《ぎわ》で休んでいた。手をうしろに突き、両脚を投げ出して波に洗われままにしていた。指先になにかが触れて、おまえはそれをつまみあげた。貝の死骸か小石だろうと思った。
 目の前にかざしてみると、それは自然のものではなく、あきらかに小さくて丸い人工物だった。ビーズ玉というにはすこし大きい、ペンダントというには小さい、大きめのイヤリングか丸いボタン、とんぼ玉のような、材質は木ではなくおそらく石または金属、表面にはこまかな彫《ほ》り物がしてあり、古代文字のような模様が浮かびあがっている。梵字《ぼんじ》のようにも見えるが、梵字ではなく、おまえが見たこともない文字だった。
 文様は浮き彫りなっているようだが、よく見ると透《す》かし文字で、掘りあげられた文字の奥にさらになにか透けて見えていた。
 かすかに光っている。しかもその光がちらちらとまたたいている。光源そのものが動いているようにも見えた。
 なぜかわからないが、おまえはそれを口にいれてみたい衝動にかられた。なめてみたくなったのだ。
 おまえはそれを口にいれた。舌の上にころがしてみると、思いがけず焼けるような熱を感じた。吐きだそうとするおまえの意志に反して、それは舌の上をころがり、喉の奥へ向かった。焼けるような熱さと痛みに、おまえは思わずそれを飲みこんだ。

  *

 きみはくねくねと扱いにくい細長いホースの先端を苦労してバスタブにいれる。バスタブには昨夜の残り湯がある。風呂蓋もホースも取りまわすたびに水滴が飛び散って、せっかく拭《ふ》きあげた風呂の床を濡らしてしまう。スリッパを脱げばいいけれど、靴下もいっしょに脱ぐ必要がある。
 ホースの先端には丸いプラスチックの口がついていて、そこから残り湯を吸いあげるようになっている。ドラム式の洗濯機で残り湯が使えるようにするのに、きみはとても苦労した。いろいろ調べて金具を取りよせたりして、やっと使えるようになった。たとえ残り湯といえども、そのまま下水に流してしまうにはしのびない。洗濯に使う分にはまったく支障はない。残り湯を最後まで使いきることが、きみには重要なことなのだ。

  *

 マイクロブラックホールは、そのシュヴァルツシルト半径が量子サイズのブラックホールである。ミニブラックホールとも呼ばれる。ブラックホールの質量はシュヴァルツシルト半径に比例するため、質量もそれに応じ小さいが、量子サイズであることを考慮すればきわめて大きい。
 ブラックホールを記述する一般相対性理論のシュヴァルツシルト解《かい》は、任意の質量のブラックホールを許容するが、当初はこのような極微《きょくび》のブラックホールを生成する現象は知られておらず、存在しえないと考えられていた。しかし、ビッグバン直後の高エネルギー状態の中で発生した可能性がある。

  *

 目覚めたとき、たしかにおまえは彼女の気配《けはい》を感じる。彼女の気配を感じている自分を感じる。おれはまだ生きている、と思う。それから「まだ」というのはおかしいなと思う。「まだ」でもなく、「さらに」でもなく、「もう」でもない。「いま」だ。目を閉じたままかんがえをリセットする。おれはいま生きている。
 息をしている自分に気づく。生きている自分。息を吸い、吐いている自分。胸郭《きょうかく》の内積《ないせき》が増加すると、ふくらんだ肺に臓器が圧迫される。食道が押され、脊椎《せきつい》とのあいだにある組織から痛みが生まれる。
 組織はあの物体を包みこんで肥大化している。歴史が生まれるはるか以前の古代人が、すでにうしなわれた技《わざ》を使ってあれを作った。原初宇宙の黒い力を閉じこめる技。
 黒い力は時間と空間を支配する。おまえも時間と空間に支配されている。すべての人間、生き物、存在が、宇宙の時間と空間に支配されている。黒い力はおまえの時間と空間をひずませている。
 あれを取りこんだおまえの身体《からだ》の細胞は異常な増殖をはじめている。増殖細胞は全身に転移し、おまえの時間をひずませていく。しかしそれは自然なことなのだ。宇宙の法則の一部なのだ。人がそれにあらがうことはできないのだ。
 おまえは横たわったまま目をあけ、彼女の気配を感じている自分のひずんだ身体を観察している。彼女はまだ眠っている。規則正しい寝息が聞こえている。それを邪魔しないようにおまえはそっと身体を起こす。

  *

 彼がきみに気づかれないようにそっと身を起こし、水を飲みに行くのを、きみは目を閉じたまま感じている。
 キッチンの流しには昨日の食器の洗い残しがあって、彼はそれを洗おうとしている。湯沸かし器のスイッチを入れる音がする。いくつかの食器を洗うためだけに盛大《せいだい》に、たっぷりとお湯を使うのを、きみはもったいないと思う。しかし、そのことをいうのはもうやめた。いまの彼は冷たい水を使うことがつらいらしい。彼の身体は感覚が鋭敏になったり鈍感になったりしていて、想像がつかないような変化が起きている。
 きみにはそれを止めることはできない。彼にもそれを止めることはできない。だれにもどうすることもできないことがある。

  *

 ふたりがかりで寝台に寝かされ、身体《からだ》の位置を神経質に調節される。胸に直接医療用マーカーで描《えが》かれた青黒い皮膚マークを目印に、照射される光で位置合わせをするらしい。ひとりが両脚を抱えて腰の位置を左にずらす。もうひとりはバンザイの格好にあげた両腕の位置を調整する。一ミリ単位の微妙な調整を繰り返し、やがてオーケーが出る。
 動かないでくださいねといい残し、ふたりの放射線技師は部屋を出ていく。巨大な円盤のような照射機がおまえの上におおいかぶさっている。
 やがて遠くからブザーの音が聞こえ、放射線の照射がスタートする。なんの感覚もない。実際にはレントゲン撮影の百倍以上の線量のX線が、腫瘍に向けて照射されている。
 感覚はないが、腫瘍の奥にある古代の玉が反応しているようだ。目を閉じると作りだされたイメージなのか、それとも実際のビジョンなのか、脳裏にそのようすがまざまざと浮かんでくる。
 透《す》かし彫りの古代文字のような文様《もんよう》の奥には、ちらちらと光が動いている。それが照射されるX線に反応するのか、ときにまばゆい閃光を上下に放つ。上下の放射光は、中心部に平たく広がった円盤のような光をつらぬいている。円盤は目まぐるしく回転し、体組織を引きよせ、吸着しているように見える。
 降着円盤。そこでは光ですら脱出できない重力の穴にむかって引きよせられた物質が、事象の地平線――イベントホライズンにそって回転している。限りなく光の速度にひとしい高速で回転する円盤上では、時空は無限に引きのばされている。ここでは一瞬が永遠にひとしく、点が無限の空間にひとしい。また時間と空間は重なりあいつつ並行して存在している。
 おまえの肉体はそれに向かって収束していく。時間という概念を創り出したヒトの脳世界では、それを死と呼ぶ。
 人知を超えた潮汐力《ちょうせきりょく》にとらえられ、おまえは巨大な渦に巻きこまれていく。いったん渦に巻かれればだれもそこから逃《のが》れることはできない。たとえそれがマイクロブラックホールであったとしても、ブラックホールに向かう流れは不可逆なものであり、元にもどすことはできない。しかし、その先にあるものは終焉《しゅうえん》ではない。ゴールではない。死という概念でもない。その先にあるものは認知が不可能な事象の地平線であり、すべてがあると同時にない場所でもある。
 やがてまばゆい光のなかでおまえは自分の姿を見る。いま、この瞬間、降着円盤のなかで行く手を凝視しているおまえ自身の姿を、周回軌道をぐるりと追いついてうしろから見る。おまえがいま見ているのは、前を見ているおまえ自身のうしろ姿だ。
 おまえはおまえ自身のうしろ姿に近づき、やがて追いこしていく。追いこしたかと思えば、また目の前におまえの後ろ姿がある。それはいまのおまえの後ろ姿ではない。おまえはウェットスーツを着てサーフボードを小脇《こわき》に抱《かか》えている。浜辺を波打ち際に向かっているおまえの姿はいつのものなのか。過去の自分の存在が降着円盤のなかでめぐり、それに追いついたいまのおまえが見ている。
 気がつくとおまえの姿が無数に見える。前にも後ろにも、横にも。上にも下にも。まるで巨大なマトリクスのように、あるいは全周囲の合わせ鏡のように、自分のさまざまな姿がめぐっている。はるか上には子どものころの自分の姿も見える。父親に手をひかれ、河原の堤防に植えられた桜の満開のトンネルの下を、生まれたばかりの妹に会いに病院に向かっている三歳のおまえの姿。期待と好奇心に満ちた、同時に不安がよぎる感情の記憶も、物質化してそこにあるがごとく感じることができる。
 きみはいただき物の菓子箱を包んでいた包み紙の皺を丁寧に、楽しげにのばしている。そうか、楽しんでいたのか、きみは、とおまえは気づく。切りおとした大根の首を小皿に置いているきみも、それを楽しんでいる。おまえが喜んでくれるかもしれないと想像して楽しくなっている。小皿を窓際に置いて、外からの光で若い葉が緑に透けているのを、微笑みながら見ているきみがいる。風呂の残り湯を無駄なく使うことに創意工夫の喜びを感じながらきびきびと選択しているきみの姿もある。
 そうか、ここにいたのか。みんな、ここに、すべてが無限の時間のなかにあるのか、とおまえは気づく。ここにすべてがある。
 私の肉体と魂が消失すると同時に、すべてが存在するイベントホライズン。私のなかにあり、また私自身をも含んでいる。
 全的理解がここにある。
 私はいま、ピアノを弾いていて、ここにいると思っているけれど、本当は宇宙のどこか、イベントホライズンの無限に引きのばされた時間と空間のなかにいるのかもしれない。
 私は――あなたは――おまえは――きみはここにいると同時に、ここにいないのかもしれない。
(おわり)

2018年9月17日月曜日

ボトム・クオークの湯川結合で見えてきたタイムトラベルの可能性

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   ボトム・クオークの湯川結合で見えてきたタイムトラベルの可能性

                           水城ゆう

 だれもが過去の失敗を悔やむことはあるでしょう。あのときこうすればよかった、あるいは、あのときあんなことをしなければよかった、その時点にもどれればいいのに、もう一度やりなおせたらいいのに、と。
 我々ハドロン衝突型粒子加速器のチームは、ヒッグス粒子がボトム・クオーク対へと重力崩壊する事象の観測をATLAS側でおこなっていたときに、質量起源の理論モデルによって裏付けられていた湯川結合のゆらぎを測定することに成功しました。質量は時間に変換できますから、ニュートリノ振動を反物質的に減速してやることによって、時間を反転させうる地平が見えてきたことを意味します。
 一般に時間とは不可遡なものであり、リニアに進行するものと思われて(思いこまれて)いますが、もちろんそうではなく、局所存在的なムラがあり、ときには可遡的であることが第三世代フェルミオンの観測結果を待つまでもなく提言されていたことでした。実験高エネルギー物理学の立場からいえば、我々は確率冷却法をもって時間不可遡のもつれを打ち破るべくミューオンに張り付きますが、同時にまた、量子分野の理論物理側からも破られる可能性があることを高らかに予言するものであります。この予言はあらかじめ決定されていたことではありますが。

2018年8月20日月曜日

夏の思い出

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   夏の思い出

                           水城ゆう

 ほかにはだれもいない高校の屋外プールには、暖かい雨が降りそそぎ、水面には無数の波紋が広がっている。
 ぼくらは首から上だけを水の上に浮かべ、水中で手足を触れあわせながら向かいあっていた。
「時給っていくらなの?」
「六百五十円」
「まあまあだね」
「でも二時間だからね」
 話すと声が奇妙な具合に水面を伝わり、プールのへりにぶつかってもどってくる感じがあった。屋外なのに、閉じられた部屋のなかにいるような親密さ。
「勉強する時間はあるわよね」
 彼女は先に京都の会社に就職して、ぼくが京都の大学に進学するのを待っている。そういう青臭い段取りになっていた。
「まあね」
 手をのばすと、水着に包まれた彼女の胸に指先が触れた。
「いつ戻るんだっけ?」
「お盆休みは明後日まで。って、いわなかったっけ? 午後の雷鳥で戻る」
「そっか」
 雨は当然、水のなかまではとどかず、ぼくらの髪と顔を濡らしている。
「大学に行ったら、もうすこし稼げるバイトしたいな」
「どんなの?」
「わかんないけど……プールの監視よりは稼げるやつ」
「稼いでどうするの?」
「そうだな、旅行に行きたいな。海外とか」
「いいね。いっしょに行こうよ」
「うん。来年の夏までぼくたち付き合ってればね」
「どういうこと?」
「もうすぐ別れちゃうんだよ、ぼくたち」
 なぜそんなことをいったのか、自分でもわからない。しかし、それは事実なのだと、ぼくにはわかっていた。
「どうしてそんなことをいうの?」
「ほんとうのことだから。ぼくたち、長く付き合わないんだよ。来年はぼくは京都の大学に合格するけど、きみは仕事をやめてこっちに帰ってきちゃうんだ。夏はぼくは京都の中華料理屋で深夜のバイトをする。その前にガソリンスタンドのバイトもちょっとやるかな。でも、深夜のバイトのほうが稼げるからそっちをやる。で、けっこう稼ぐんだけど、旅行には行かない。深夜のバイトをやめたあと、教材の配達のバイトをやるんだ。ほら、運転免許があるからね」
 自動車教習所にちょうどいま、通っているところだった。
「でも、これも長続きしない。バイト仲間から祇園のジャズバーのバーテンダーの仕事を紹介されるから。その仕事をぼくは三年くらいやる。筋《すじ》がよくて、マスターから本職にならないかと真剣にくどかれる。けど、ぼくはピアノ弾きになるんだ。ジャズバーに出入りしていたバンドマンの生活が魅力的でね。二年くらいやるんだけど、カラオケブームが来て仕事がなくなっちゃうんだ」
「カラオケってなに?」
 そうか、まだこの時代にはカラオケというものは存在しないんだった。彼女が知らないのも無理はない。
「仕事がなくなっちゃったぼくはしかたがないから、小説を書いたりする。結局はこっちにもどってきてピアノの先生なんかやるんだけど、書いた小説が出版社の目にとまって、職業小説家になるんだな。十年くらいやるんじゃないかな。そのあとは出版もうまくいかなくなって、自分で会社を起こしたり、ネットコンテンツの仕事をしたり、自分でもうまく説明できないような感じになっていく。そのあとのことはよくわからないな。自分でもどうなるかさっぱりわからない……」
 気がつくとぼくはひとりで話している。話していたはずの彼女はどこにもいない。そしてここは学校のプールでもない。海のまっただ中だった。
 空には雲が低くたれこめていて、見上げると雨つぶが私を押しつぶすかのように重く降りしきってくる。
 ここはどこなんだ。いつなんだ。彼女はどこに行ったんだ。ぼくが話していたのはなんなんだ。未来なのか、記憶なのか。
 なにも思いだせない。
 ぐるっと見回しても、陸地はどこにも見えない。
 私はいったいどうしてこんなところに……?

2018年8月14日火曜日

ファラオの墓の秘密の間

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   ファラオの墓の秘密の間

                           水城ゆう

 外気の侵入を完全に遮断するためのシールドで覆われた開口部をくぐり抜けると、すでに送りこまれていたロボットの照明で内部はくまなく照らされていた。
 明るすぎる。いや、これでも暗いのか?
 明暗の感覚が狂っている。
 影の部分にまで陽光がまわりこむかのようなギザの砂漠の強烈な日差し。そこから闇に閉ざされた大回廊と王の間を通り、ミューオン透視によってあらたに発見された秘密の間へ。ロボットの照明が昼より明るいように感じるのは、極端な差異がもたらす錯覚か。
 ほとんど宇宙服に近い完全装備の防護服に身をかためた我々は、秘密の間の奥へ慎重に歩を進めた。ロボットによる事前調査で、すでに驚くべき副葬品の数々が確認されていたが、あらためて直接目にすると、心臓が締めつけられような歓喜に包まれる。
 すでにロボットアームによって蓋が取りはずされている石棺のまわりに、我々は静かに集合した。四千五百年間眠りつづけた王の遺体をのぞきこむ。
 当然我々は王の遺体にはツタンカーメンのような黄金のマスクが装着されているものと予想していた。ところが、クフ王は素顔のままそこに横たわっていた。ただし、頭部には帽子がかぶされている。
 その帽子はどう見ても日本の麦わら帽子だった。
 そう、子どもが夏の海辺でかぶるあれ。大人が炎天下の草むしりでかぶるあれ。そんなものがなぜこんなところに……
 声もなく呆然と立ちつくす日本チームを、フランスチームは不思議そうな顔をしてながめている。


2016年11月14日月曜日

ロード・オブ・ザ・カッパン

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   ロード・オブ・ザ・カッパン

                           水城ゆう


 いとしいシトよ。
 知ってのとおり、いまや、わしらの仲間の多くが死にたえた。生きのこったのは、このとおり、わしらわずかな者だけで、それも皆そろっているわけではない。途中で息絶えた者もいれば、行方知れずになった者もおる。連れ去られた者も何人かおるのは知ってのとおりじゃ、いとしいシト。
 しかし、生きのこっておる者は年月を重ねているとはいえ、おおむね元気じゃ。
 これを見よ、いとしいシトよ。まだ輝きとずっしりとした重みを失っておらんこのカツ爺を。このカツ爺の、鋭さをまだ失っていない頭部の刻みにインクを乗せ、紙にくぼみができるほど強く押しつけて黒々としるしを残す日を夢見ておる。
 その日は近い、いとしいシトよ。わしらがふたたび立ちあがる日がもうそこに来ようとしている。
 いまや世界はア・ドビ族やモ・リサーワ族に支配されておる。辺境にもリ・コピ族やリ・ソグラーフ族がモロドールをねらってうごめいておる。これらはいずれも、わしらを裏切って最初に世界を支配しはじめたシャーショク人の子孫じゃ。シャーショク人がバイオテクノロジーによってさらに電算シャーショク人へと進化したとき、ア・ドビ族、モ・リサーワ族という突然変異が世界を覆いつくしたのじゃ。
 彼らの欲はとどまるところを知らぬ。すべてを覆いつくし、食いつくしてもなお、世界を拡大させようとしておる。
 しかし、いとしいシトよ、彼らが生みだす紙にはあのかぐわしきくぼみがないではないか。わしらはかぐわしきくぼみを作ることができる。それはくっきりと、指でなぞればあたかも点字を読むかのようにそのまま読めるかもしれぬという魅力を感じるものじゃ。
 わしらの名前を聞いてくれ、いとしいシトよ。
 そう、わしらの名前はカッパン。
 カッパン、カッパン、カッパン。
 形ある活字、それがカッパン。
 いまわしらはふたたび立ちあがる。バーチャルイメージにおおいつくされた世界のなかで、重たき鉛を屹立させ、実体としての活字を復活させるのじゃ。
 カッパン、カッパン、カッパン。
 いざ足並みをそろえ、モロドールの地をともにめざさん!

2016年3月13日日曜日

世界が眠るとき、私は目覚める

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   世界が眠るとき、私は目覚める

                           水城ゆう

 ゆるやかな登り坂にさしかかると、上向きにスイッチしたヘッドライトの明かりが道とガードレールと山肌をなめていく。
 季節はずれの雪が春の日に溶け、いまはアイスバーンになっている。重量のない軽《けい》のパジェロは四輪駆動モードでもすべりやすく、彼はアクセルのペダルを踏みこみすぎないように注意を払う。
 トンネルの手前でいったん道は平坦になり、信号が点滅している。黄色の点滅の下を抜けるとすぐにトンネルにはいる。彼はアクセルを踏みこむ。
 トンネルのなかは乾いていて、緊張をややゆるめることができる。ダッシュボードのデジタル時計は午前四時十二分を示している。いつもより早いペースだ。昨日の雪の影響を考慮して、今日も冬時間での店着――販売店への荷物の到着となった。今日の店着は午前二時十五分だった。
 トンネルの出口がちかづくと、彼はアクセルをすこしゆるめる。トンネルの向こう側は標高が高いべつの谷の尾根すじになっていて、凍結はさらにすすんでいると思われる。
 スピードをゆるめぎみにトンネルを出ると、スタッドレスタイヤがバリバリと音を立てて路面を踏む。彼はハンドルをしっかりと握りなおす。
 左にゆるくカーブしながらさらに登っていく道をいつもよりゆっくりと走らせる。その先は山のもっとも高い場所にある配達先で、いつもなら快調に飛ばすところだが、今日はそうはいかない。
 このあたりは街灯もまばらで、うっすらと見える稜線の上には星がきらめいている。稜線が見えるのは、新月が近づいてだいぶ欠けているとはいえ月がまだ西に沈みきっていないせいだ。真正面のやや左手の空に、北斗七星が見えている。しかし、その正面もすぐに右に流れる。彼がハンドルを左に大きく切ったせいだ。
 幹線道路を左に鋭角にまがると、そこからの枝道を街までずっとくだっていきながらの配達となる。最初の家は、枝道の入口の右側にある大きな農家だ。ここにまず、農業関係の業界紙をいれる。この家は明かりもなく、道路から玄関先まで距離があるため、彼はダッシュボードに置いた懐中電灯を手にしてから車のドアをあける。新聞を左の小脇にはさみ、懐中電灯のスイッチをいれてから、取っ手を口にくわえる。農家特有の玄関前の広い敷地を、氷を踏まないように気をつけながら進む。
 この家は玄関前もコンクリートで舗装されているのだが、舗装がでこぼこしていて、いつも水溜りができている。雪を溶かすために谷川からひいた水がいつも流れるようにしてあるのだが、夜中は水は止めてある。そのために水溜りが凍結していることが多いのだ。
 気をつけてはいたが、水たまりのへりの部分の目立たない氷にうっかり靴底を乗せてしまって、一瞬ツルッとバランスをくずす。ひやっとしたが、ステップでかわして、転びはしない。
 敷石を踏んで玄関脇の赤いポストに新聞を投函する。
 懐中電灯の明かりをたよりに、車へともどる。今度は足をすべらせない。車はヘッドライトをきらめかせ、エンジン音を響かせながら、後部のマフラーからもうもうと白いガスを吐いて、たのもしく彼を待っている。
 尻から座席に乗りこみ、両足を軽く叩きあわせて靴底の氷のかけらを払ってから、アクセルにつま先を乗せ、ドアを閉めると同時に発進する。
 そこからはずっと、長い下り坂がはじまる。
 順調にいけば、あと一時間半くらいで配達は終わるだろう。都会とちがって、田舎は家と家の間隔が遠く、しかも車での山間部の配達なので、百軒あまりがせいいっぱいだ。都市部だと二百軒はかるく配れるだろう。郵便受けがならんでいるアパートやマンションは楽勝だし、新聞も一社が基本だ。田舎だと朝日も毎日も読売も、スポーツ新聞各紙も、それにくわえて子ども新聞、英字新聞、業界紙、週刊誌などもある。まちがえないように配達するのが大変だ。
 ふだんは東京の販売店で配達しているのだが、春休みや夏休みのあいだだけ故郷《くに》でアルバイトする。最初にやるのは、どの家になにをいれるのか覚えることだ。もっとも、田舎では夕刊の配達はない。
 三百メートルほど下《くだ》り、左に寄せて車を停める。朝日新聞と農業新聞を一部ずつ手にして、今度は懐中電灯を持たずに出る。ぼんやりした街灯の明かりのなかを、まずは右側の村の雑貨屋の、古びて錆だらけのポストに朝日を、道路と用水路をわたって左側の家のドアの郵便受けから農業新聞をすべりこませる。
 新聞配達のアルバイトをしているのは、もちろん貧乏だからだ。世界には学生が働かなくても学べる国がいくつかあるという。しかしここは日本だ。日本はアメリカにならって、貧乏な学生は働かなければ学ぶことができない。たぶん日本という国は豊かな未来を望んでいないのだろう、と本気で思う。
 とはいえ、新聞配達をしている時間は嫌いではない。世間のほとんどの人が眠っているか、あるいは眠りにつこうとしている時間に起きだして働く。やがて仕事を終えるころには夜明けがやってくる。一日のうちでもっとも美しい時間に自分が目覚めて働いていることに、喜びを感じることもある。
 つぎの配達先は道路に背を向けるようにして建っている農家だ。車をぐるりと玄関先まで迂回させて進入させる。この家はいつもネギのにおいがする。朝日をいれる。
 バックさせて方向転換すると、道路にもどり、ふたたびゆるい坂をくだっていく。つぎの家までしばらくあるのと、ほぼ直線にちかい道なので、彼はいつもここでシートの横に置いてある水筒を取って、水を飲む。
 唇を水筒につけたとき、一瞬、塩気を感じるが、すぐに錯覚だとわかる。あのときの記憶が流れ星のように脳内に光跡をつくる。
 いったん下りきった道は、橋をわたってから、ちいさな丘に向かってすこしだけ登りになる。
 ゆるい上り坂の向こう――丘の上には、沈みかけたオリオン座が見えている。
 丘をのぼりきると、かすかにそれと見分けがつく水平線が見える。海と空が、まだ水平線のずっと下にある太陽の薄明かりで切り分けられる時間、天文薄明だ。
 彼は丘の一番高くなったところに車を停め、外に出る。
 丘から平野部を見下ろす。
 かつてはそこに街があった。おおぜいの人が住んでいた。道路を車が行き交い、港には荷や魚が陸揚げされていた。住宅も商店も役場も加工場もたくさんあった。彼もその街に住んでいた。
 彼もまた街とともに流された。
 自分が海へと濁流に連れだされていくとき感じた潮の味は、いまでも彼の唇や喉の奥に残っている。
 彼は車を残し、丘を海岸のほうへと歩きくだっていく。
 かつて街があったところは、いまは太古の昔そうであったように、灌木や草が茂り、小川が流れ、夜明けになればヒバリが巣を飛び立つ。浜の植物が砂地をはい、松の苗がふたたび岩のすきまから顔を出しはじめている。
 あのときのように彼は海へと出ていく。打ち寄せる波しぶきが、徐々に明るくなる空の下でくっきりと形を見せている。
 沖へ、沖へと出ていくにつれ、水平線は輝きを増し、すぐそこに日の出が待っていることを知らせている。オリオンはもう見えない。もうすっかり沈んだのだが、そもそももう星の光はほとんど見えない。
 どこかでウミネコの声が聞こえたようだ。
 彼は一刻もはやく太陽を浴びるかのように、海面をはなれ、空へと舞いあがる。
 空には雲は少ないが、東の空の低い雲は日に照らされて赤く染まっている。
 彼は高く高く上昇し、水平線が丸みをおびているのがわかるほどまでに高度を上げ、やがてウミネコからも見えなくなる。

2015年12月13日日曜日

暗く長い夜、私たちは身を寄せあって朝を待つ

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   暗く長い夜、私たちは身を寄せあって朝を待つ

                           水城ゆう


 この季節、日の出は午前七時近く、太陽は真東よりずっと南寄りの方角からのぼってくる。母屋《おもや》の屋根のむこうに隠れてまだ光はここまでとどかない。屋根から顔を出し、葉を落とした杏《あんず》と柿の木の枝のあいだから光がとどきはじめるのは午前九時をまわってからだ。それまで私たちは真っ暗な巣のなかで身を寄せあい、身体を震わせて暖をとっている。
 日の光が巣箱にとどくと私たちはようやくもそもそと動きはじめる。門番が今朝の天気をつげる。氷点下近くまで冷えこんでいるが、霜が立つほどではない。水場にも氷が張るほどではない。
 飛べるだろう。
 花はあるだろうか。蜜は集められるだろうか。花粉は採れるだろうか。
 一番の働き者たち数匹が巣門から飛びだしていく。のこった私たちはその音を聞きながら、巣箱の板がすこしずつ温められていくのを感じている。
 私たちの中心には幼虫と卵がいて、彼らがこごえないように、無事に孵化するように、私たちは飛翔筋を震わせて摂氏三十度以上にたもっている。冬越しのために集めた貴重な蜜がエネルギー源だ。それが枯渇しないように、すこしでも蜜源の花があるのはありがたい。
 しばらくすると飛びだしていった仲間が一匹、また一匹と、巣にもどってくる。お腹にはたっぷりの蜜がはいっていて、それを仲間に口移しで渡す。そのにおいで、枇杷の花が満開なのだなと私たちは知る。べつの仲間からはヤツデの蜜のにおいもただよってくる。
 今日は冬晴れのようだ。晴れて暖かいうちにできるだけたくさん、蜜と花粉を集めておきたい。しかし、外で活動できる時間は夏よりずっとみじかく、すぐに夕暮れがやってくる。南西にそびえたつスダジイは常緑の葉を生い茂らせていて、巣箱にとどいていた日差しはもう陰っていってしまう。そうすると私たちはふたたび身を寄せあい、ふたたび朝がめぐってくるのを、暗く長い夜のなかで待ちつづける。

 この季節、日の出は午前七時近く、太陽は真東よりずっと南寄りの方角からのぼってくる。母屋の屋根のむこうに隠れてまだ光はここまでとどかない。屋根から顔を出し、葉を落とした杏と柿の木の枝のあいだから光がとどきはじめるのは午前九時をまわってからだ。それまで私たちは真っ暗な巣のなかで身を寄せあい、身体を震わせて暖をとっている。
 日の光が巣箱にとどくと私たちはようやくもそもそと動きはじめる。門番が今朝の天気をつげる。
 一番の働き者たち数匹が巣門から飛びだしていく。
 私たちの中心には幼虫と卵がいて、彼らがこごえないように、無事に孵化するように、私たちは飛翔筋を震わせて摂氏三十度以上にたもっている。冬越しのために集めた貴重な蜜がエネルギー源だ。それが枯渇しないように、すこしでも蜜源の花があるのはありがたい。
 しばらくすると飛びだしていった仲間が一匹、また一匹と、巣にもどってくる。お腹にはいくぶんかの蜜がはいっていて、それを仲間に口移しで渡す。そのにおいで、枇杷の花が咲いているのだなと私たちは知る。
 今朝は晴れているようだが、私たちは雨のにおいをかぎとっている。午後には雨が降りだすだろう。それまでにどれだけの蜜と花粉を集められるだろうか。いまの季節、外で活動できる時間は夏よりずっとみじかい。今日はとくに短かそうだ。
 雨が降りはじめると私たちはふたたび身を寄せあい、ふたたび朝がめぐってくるのを、暗く長い夜のなかで待ちつづける。

 この季節、日の出は午前七時近く、太陽は真東よりずっと南寄りの方角からのぼってくる。母屋の屋根のむこうに隠れてまだ光はここまでとどかない。屋根から顔を出し、葉を落とした杏と柿の木の枝のあいだから光がとどきはじめるのは午前九時をまわってからだ。それまで私たちは真っ暗な巣のなかで身を寄せあい、身体を震わせて暖をとっている。
 日の光が巣箱にとどくと私たちはようやくもそもそと動きはじめる。門番が今朝の天気をつげる。昨日の雨は夜のうちにやんでいる。冷えこみはゆるく、大気にはたっぷりと湿り気がある。曇り空だ。
 それでも働き者たち数匹が巣門からためらいがちに飛びだしていく。
 私たちの中心には幼虫と卵がいて、彼らがこごえないように、無事に孵化するように、私たちは飛翔筋を震わせて摂氏三十度以上にたもっている。冬越しのために集めた貴重な蜜がエネルギー源だ。それが枯渇しないように、すこしでも蜜源の花があるのはありがたい。
 しばらくすると飛びだしていった仲間が一匹、また一匹と、巣にもどってくる。お腹にはいくぶんかの蜜がはいっていて、それを仲間に口移しで渡す。そのにおいで、枇杷の花が咲いているのだなと私たちは知る。
 晴れて暖かいうちにできるだけたくさん、蜜と花粉を集めておきたい。しかし、外で活動できる時間は夏よりずっとみじかく、すぐに夕暮れがやってくる。

 この季節、日の出は午前七時近く、太陽は真東よりずっと南寄りの方角からのぼってくる。母屋の屋根のむこうに隠れてまだ光はここまでとどかない。屋根から顔を出し、葉を落とした杏と柿の木の枝のあいだから光がとどきはじめるのは午前九時をまわってからだ。それまで私たちは真っ暗な巣のなかで身を寄せあい、身体を震わせて暖をとっている。
 日の光が巣箱にとどくと私たちはようやくもそもそと動きはじめる。門番が今朝の天気をつげる。氷点下近くまで冷えこんでいるが、霜が立つほどではない。水場にも氷が張るほどではない。
 飛べるだろう。
 花はあるだろうか。蜜は集められるだろうか。花粉は採れるだろうか。
 昨日は何匹かの仲間がとうとう帰ってこなかった。しかし、今朝も一番の働き者たち数匹が巣門から飛びだしていく。
 しばらくすると飛びだしていった仲間が一匹、また一匹と、巣にもどってくる。お腹にはいくぶんかの蜜がはいっていて、それを仲間に口移しで渡す。そのにおいで、枇杷の花が咲いているのだなと私たちは知る。と同時に、なにか不吉なにおいを私たちはかぎわける。経験のないにおいだが、それは私たちに警鐘を鳴らしているように思える。
 いまの季節、晴れて暖かいうちにできるだけたくさん、蜜と花粉を集めておきたい。外で活動できる時間は夏よりずっとみじかく、すぐに夕暮れがやってくる。南西にそびえたつスダジイは常緑の葉を生い茂らせていて、巣箱にとどいていた日差しはもう陰っていってしまう。そうすると私たちはふたたび身を寄せあい、ふたたび朝がめぐってくるのを、暗く長い夜のなかで待ちつづける。

 この季節、日の出は午前七時近く、太陽は真東よりずっと南寄りの方角からのぼってくる。母屋の屋根のむこうに隠れてまだ光はここまでとどかない。屋根から顔を出し、葉を落とした杏と柿の木の枝のあいだから光がとどきはじめるのは午前九時をまわってからだ。それまで私は真っ暗な巣のなかで身体を震わせて暖をとる。
 もう仲間はほとんどいない。多くの仲間が出ていったきり、もどってこなかった。蜜を集めに出かける者もいない。巣は不吉なにおいで満ちている。
 私はこの冬を越せるだろうか。幼虫たちはこごえ、卵は孵化しなかった。
 蜜はたっぷりある。この冬を越せさえすれば私も……
 私は身体を震わせ、ふたたび夜が来てふたたび朝がめぐってくるのを、それが何度くりかえされるのだろう、かぎりなく繰り返されるように思える夜と朝の交代ののちにやってくるはずの春を、寒く暗い巣箱の奥で待ちつづける。

2014年10月9日木曜日

木漏れ日のなかで

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   木漏れ日のなかで

                         水城ゆう



 木漏れ日のなかでちらちらと変化する赤の色彩がゆっくりとこちらにやってくるのを見つけ、私はおどろいて立ちどまった。いつもあの子がここを通るのを知ってはいたけれど、偶然こうやって出くわしてみると、不意をつかれたように胸がたかなる。
 あの子に見つからないように、木立の影に身を隠す。頭にかぶった赤い布に反射する光が不規則に動くのは、彼女が右を見たり左を見たりしながらゆっくりと歩いているせいらしい。ふらふらしているわけではなく、なにか目的を持った動きだ。私はすぐに彼女の目的を理解した。
 ちょうど私の真正面、森のなかを通る小径が私の隠れている木立にいちばん近くなっているあたりで、彼女は歩みをとめ、その場にしゃがみこんだ。そこは木立がまばらになり、ちょっとした緑の広場のようになっている場所だった。夏の朝の太陽が明るく差しこむ場所に、少女がまるくしゃがみこみ、草のなかに手をのばしている。
 そのようすを私はうっとりとながめた。
 半分おとなになりかけた少女の存在のうつくしさといったら、どんなものにもたとえようがない。あの衣服の下にはふくらみはじめ、いままさに開こうとする花のようなからだがある。
 私にもおなじようなときがあった。自分のことながら不思議な思いで自分のからだをまさぐったり、愛撫してみたものだが、あの子もきっとそうしていることだろう。私はその姿をいつも想像する。想像しながら、この熟れきったからだをなぐさめる。
 あの子が私にたいし、あこがれに似た熱をおびた視線を送ってくることに、私はちゃんと気づいている。そういう年齢だ。成熟したものへの強いあこがれがあることを私は知っている。
 村人たちは四つ歳上の漁師のピョートルに彼女が気があるといって、ことあるごとにからかったりするが、あの子はピョートルなどに関心はない。男にたいして怖れはあっても、まだ止めようがない磁力を感じたりはしていない。それを感じているのは、私にたいしてなのだ。
 木立の陰から目をこらし、彼女が野いちごをつんでかごに入れているようすを見つめた。思わず荒くなったこちらの呼吸の音が聞こえやしないかと、あわてて口をすぼめる。動悸と息づかいのたかまりとともに、自分の身体の奥がねっとりと熱く燃えはじめるのを、私は感じている。

 森のなかでも何か所かよく日のあたる場所があって、この季節、たくさんの野いちごが採れる。あたしがたくさん摘んで帰ると、おばあちゃんはそれをジャムにしてくれる。おばあちゃんのおいしいジャム。大好き。
 赤い実が緑の葉っぱのあいだにいくつも見える。よく熟しているものを選び、実をつぶさないように気をつけながら指先で折りとり、かごにいれる。まだ青白いものもあるので、それはまた何日かしてから収穫しよう。
 こうやって森にひとりでやってくるのも好きだ。おばあちゃんの家で本を読んだりするのも好きだけど、外のほうが好き。でも、村のまわりにはいつもだれか知った人がいて、なにやかやと話しかけられるのが面倒だ。とくにピョートルのことでからかわれるのは嫌。絶対に嫌。彼のことなんかなんとも思っちゃいないし、人が見ているとわかるとねじくれた髪を指でつまんでくるくると回しはじめるあの手つきが気持ちわるい。気持ちわるくて目をそらすのに、みんなは私が恥ずかしがっているのだと思いこんでいる。ピョートルもそう思っているにちがいない。
 いいんだ、カーミラのおばさんに守ってもらうんだ。なぜかおばさんなら私がピョートルなんかなんとも思っていないことをちゃんとわかってくれているような気がする。そんな話はしたこともないけど、そんな気がする。おばさんがあたしを見る目は、なにもかもわかっている人の目だ。
 あたしはカーミラのおばさんが好き。あたしもああいう大人になりたい。きれいで色っぽくて、でもつよくて男の人も気安く寄りつけない感じ。
 一度でいいからおばさんにぎゅってしてもらいたい。あの大きな胸に顔をうめて、いやなことを全部聞いてもらって、思いきり泣けたら、死んだっていい。あたしの身体をよしよししてくれるおばさんの手を想像すると、あたしの身体は暖かくなって、柔らかくなって、でも奥のほうはきゅってなって、とけてしまうみたいになる。

 かごのなかが野いちごでだいぶいっぱいになったのが見える。あの子はそろそろ立ちあがって帰りかけるだろう。
 私は決意して立ちあがり、木立の陰から出た。今日こそあの子を手にいれるのだ。今日をおいてチャンスはない。なんとか理由をつけてあの子をこの場にとどまらせ、先回りして祖母の家に行く。まずは祖母を片付け、それからあの子を私ひとりのものにする。
 私が近づいていくと、あの子も私に気づき、赤い頭巾の下から私をまっすぐに見た。その目に、隠しがたい喜びの色が浮かぶのを、私はたしかに見た。
 作る必要もなく私にも喜びの笑みが生まれた。
 両手を差し出せば、そのままこちらの胸に飛びこんできそうだ、と私は思った。

2014年8月4日月曜日

ベニテングタケ子の好奇心

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   ベニテングタケ子の好奇心

                         水城ゆう


       1

 あたしはおそれているのです、あの子のことを。たしかにあたしの娘であるからには、次々と男をとっかえひっかえ渡りあるく性癖も理解できようというものですが、それにしてもあの子にはどこか、あたしとは決定的にちがうところがあります。
 もちろんそれは「ベニテングタケ」のせいにちがいありません。
 あたしが生まれたミジュリシュカヤフスタニントン村にはふるくから男たちだけのあいだにつたわる奇妙な風習があって、それはベニテングタケが採れるとそれを三日間天日干しにしたあと、こまかく砕き、アルコール度数九八パーセントのアクアヴィットにつけこんで一年おいたベニテングタケ酒を、祭りのときに回し飲みするというものです。男たちはアルコールとベニテングタケの幻覚成分で神様と交信し、翌年の収穫を占うというのですが、実際にはただいい気分になって女たちとまぐわうにすぎません。
 聞いたところでは男の絶頂は女のそれに比べて十分の一とか二十分の一しかよいものではないらしいではありませんか。なんとも気の毒ですが、ベニテングタケ酒を飲むと全身がものすごく敏感になって女とおなじくらいあれがよいものになるというのです。
 ならば、女があれのときにベニテングタケ酒を飲んだらどうなるんでしょう。
 あたしはそのときまだ十九で好奇心のかたまりでしたし、男といたすことについてもいまほど慣れきってはいませんでした。その日のあたしの相手はあたしよりひとつ年下の、まだそれまでに二度しか交わりをもったことのないハタケシメジ夫でした。彼が部屋にしのんでくる夜中の約束の時刻のすこし前、あたしは父や祖父がベニテングタケ酒を大切にしまってある地下室にしのびこみました。地下室の奥の、鍵がかかる棚にベニテングタケ酒がしまってあるのですが、あたしはその鍵がどこにあるのか知っていたのです。
 あたしは瓶からベニテングタケ酒をひと口、ふた口飲み、急いで部屋にもどりました。あたしの身体は火がついたように熱くなり、あそこも心臓がそこに移動したのではないかと思えるほどドキンドキンと脈打ってうずいていました。
 あとで思えば、そのときにあの子があたしのお腹に宿ったのです。

       2

 私のことをまるでいまにも重大犯罪を犯す者であるかのように母が警戒したまなざしで見ていることは知っている。実際、私が関係を持った相手の名前も素性もそのほとんどを母は把握しているはずだ。しかし、そのこと自体は犯罪とは関係がない。私自身、犯罪をおかすつもりなど毛頭ないのだ。
 しかし、私には、好奇心、がある。
 どうしようもなく押さえきれない、肥大しきった好奇心。
 もし男のふくれあがってベニテングタケ化したあそこを切りとって食べたらどんな味がするのであろうか。
 私が寝た男は、全員、あそこがベニテングタケ化する。

       3

 最初に気づいたのは二年前のことでした。ということは、あの子は十七だったということです。
 そして今日、仕事が早めに終わって、いつもより早い時間に家にもどってみると、あの日とおなじように気配がありました。あの子だけでなく、だれか来ている気配があったのです。あたしはとっさに息をひそめ、そっと家のなかにはいりました。
 あの子の部屋から物音と人の声が聞こえてきました。そう、あたしにはすっかりなじみのある、男と女のひめやかな声と気配。最初のときも、まだ十七のあの子が自分の部屋に男を連れこみ、コトにおよんでいることを、あたしは意外に冷静に受けとめていました。なにしろ、あたしもそのくらいの年ごろにはすでに何人か知っていたからです。ましてや時代が時代ですもの、十七のあの子は遅いくらいです。そして今日、それを当然のように受けとめながらも、あたしはどうしようか、身を持てあまして、なんとなくぼんやりと居間にたたずんでおりました。あの子の部屋からは男女の声が高まったり低まったりしながら、断続的に聞こえてきます。いつもより早い時間に帰ってきてしまった自分を後悔しはじめていました。そこであたしは、いったん家を出ようと思って、玄関に引き返そうとしました。
 そのときです。
 ひときわ声が高まったかと思うと、家具がぶつかる音がし、さらに声が異常なほどに高まりました。それはまるで、死の恐怖に接した人間がいまわの際に発するような、恐怖の叫びに似たようなすさまじい声でした。あの子の声ではなく、あきらかに男のほうの声です。
 あたしはびっくりして立ちすくみました。それはあたしですら聞いたこともない、快楽を極めたときの男の絶頂の声だったのです。

       4

 私が生まれたミジュリシュカヤフスタニントン村の風習では、男たちはベニテングタケ酒を飲んで女とまじわり、翌年の収穫をうらなうという。ベニテングタケ酒を接種した上での交接は、男たちにも神に接近する至福をもたらし、未来予兆ができるという話だが、真偽のほどは疑わしい。男たちが大きな快楽を手にいれるためにそのような儀式を捏造したのではないかと、私は疑っている。
 しかし、私と合体した男は間違いなく、本物の至福を得ることができる。私の身体はベニテングタケ酒を凌駕する快感を男に注ぎこみ、ときには発狂にいたる者すらある。
 たいていの場合、快感のあまり、最後の瞬間に接合したまま男たちは失神する。しばらくたつと、ようやく力を失って私のなかからどろりと抜けだすのだが、それはベニテングタケそのものに変化している。失神から回復すると、男たちはそれを股間に抱えたまま私のもとを去っていくのだが、その後それがどうなったのかは私にはわからない。その後、ふたたび私のもとにあらわれた男はひとりもいないし、だれひとり連絡がつかなくなってしまうからだ。
 私のなかから現れたベニテングタケは、見るからに毒々しくおいしそうだ。私はそれをしばしば口にふくんでみたが、それは私と男の体液の味しかしなかった。しかし、表面ではなく、それそのものを味わってみたとき、どのような味がするのか。
 私の好奇心はふくらみつづけるばかりだ。

       5

 そのあとすぐにあの子の部屋のドアが開きました。あたしは家を出るタイミングをうしなってしまいました。
 ドアから出てきたのは、あの子ではなく、ひとりの男でした。彼はなにも身にまとっていませんでした。だからあたしは見てしまったのです。男の股間からニュッと生え、丸く傘を張って毒々しく色づいたベニテングタケを。
 それはあきらかに男性の肉体ではなく、完全にキン類(キン類のキンはばい菌の菌ですお間違えなく)のそれでした。二〇センチもあろうかという茎の部分はほとんど真っ白、丸く張りだした傘は基本色が朱色がかった赤、そして白いイボが点在しています。
 娘を懐妊したとき、あたしは心配になっていろいろと調べたから知っているんですが、毒きのことされるベニテングタケの毒性はおもにイボテン酸、ムッシモール、ムスカリンなどで、じつはそう強い毒性ではありません。イボテン酸などは大変おいしい旨味成分なので、食べればとてもおいしいきのこなのです。たくさん食べれば中毒症状を起こすこともありますが。
 だから少々なら食べられるのです。そしていまこの男の股間に生えたきのこも、ぬらぬらと男女の体液にまみれ、いかにも食べてくれと訴えているかのようでした。

       6

 私は母にそれを切除し、ふたりで食べてみようと提案した。

       7

 あたしはキッチンから包丁を持ってきました。これを切りとって食べようと、娘から提案されたからです。それはとても魅力的な提案でした。それを実行することで、あたしと娘とのきずなも深くなるはずでした。
 しかし、このベニテングタケを切り取ることは、はたしてベニテングタケを切ることになるのか、それとも男の肉体の一部を切り取ることになるのか。
 あたしがこれを切り取ると、男はどうなるのか。
 そして、いままで娘と関係した数々の男たちは、いったいどうなってしまったのか。いまどこでなにをしているのか。

       8

 私は包丁を手にしたまま、おびえた視線を私に向けている母を見た。
 母は私の目に、強大な好奇心を見ているはずだ。
 私はかんがえている。この男のベニテングタケを食することで、私はいったいどうなるのだろう。ひょっとして私の生命が受胎したその瞬間からはじまっていた巨大なメタモルフォーゼの最終段階に到達するのではないか。そのとき、私はいったい、何者になるのだろう。
 きのこの女王かもしれない。
(おわり)

2014年4月21日月曜日

夜と朝をこえて

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   夜と朝をこえて
     ――沈黙の朗読のためのテキスト

                         水城ゆう


       1

 南西の風が北寄りに変わって、波の打ち寄せる音が変化したことに、彼女は気づいていた。しかしまだベッドから出る気にはなれない。すでに陽はのぼっていて、カモメが喉をつぶしたような声で鳴きながら島を低く飛びこえていくのも聞こえていた。毛布の端で頬に伝った涙をふきながら、いましがた見たばかりの夢のことを思いだしていた。
 船で島を出てついにもどってこなかった夫が、なんの前触れもなく帰ってくる。彼女はかつて夫を送りだした桟橋に立っていて、海から近づいてくる夫の船を見ている。船は出ていったときとなにも変わらず、古びて、船体のペンキはところどころはがれおち、船べりは岩場に何度も打ち当てたせいでささくれだっている。船名の最初の文字が欠け落ちているのも、舳先像《フィギュアヘッド》の女神の首が折れているのも、昔のままだ。
 船室のガラス越しにまっすぐこちらを向いて舵をとっている夫の顔が見えた。なつかしいツーストローク・エンジンの音に誘われるように、彼女は桟橋の突端に向かって小走りになった。海水で腐食されたギシギシいう板を踏みしめて走りはじめて数歩、彼女はすぐにこの桟橋がとうの昔に台風で流され、いまはもうないことを思いだした。そのあとに仮に作られた安普請《やすぶしん》のみじかい浮き桟橋が、いまもそのまま使われている。だから、この昔の桟橋はもうないのだ。そう気づいたとき、目がさめた。
 未明に雨が降ったらしい。水滴が付着した窓ガラスの向こうに、雲のかたまりの合間から、いまは青空が見えていた。カモメが二羽、三羽と飛びすぎていく。大きくため息をついてから、彼女はようやくベッドの上に身体を起こした。
 くしゃくしゃになった髪に指をとおし、かきあげる。くせ毛なのに指のとおりがいいのは、今日がこれから天候回復にむかう兆候なのかもしれない。ほんのわずかよくなった気分を種火《たねび》のように大切におこしながら、毛布を脇へずらし、ベッドの下に足をおろす。床は冷たく、なぜか内履きは遠くで「ハ」の字になり、おまけに片方は裏返っている。
 立ち上がってとにかく上履きをつっかける。フェイクファーの感触に足指がほっとあたたかくなる。まだ生きているのね。このような朝があと何回やってくるのだろう。とかんがえて、自分がまるで老婆のようなかんがえかたをしていることに気づいた。生まれてもうすぐ半世紀がたとうとしているが、まだ老婆とはいえない。身体はだいぶおとろえ、動きはにぶくなり、それに反してふっくらとしてきてはいるが、まだ顔も手も乳房もしわくちゃではない。
 寝間着を脱ぎ、着がえて階下のキッチンに向かった。
 流しの窓辺に置いてある小さな鉢植えのオリヅルランが、このところの春の日差しでようやく新芽をのぞかせている。この鉢は週に一回、町から食料や日用品を船で運んでくる男がくれたものだ。彼は彼女よりすこし歳上で、自分に恋心を抱いていることを知っていた。しかし、彼には自分の二倍ほどもある立派な女房がいて、いつも監視の目で彼を見ていることも知っている。
 オリヅルランに水をやり、湯をわかす。コーヒー豆をひき、ドリッパーにネルをセットし、丁寧にコーヒーをいれる。時間がたっぷりある自分には、なにごともゆっくりと丁寧にやる癖がついているのだが、それはいつごろからなのか自分でもわからなかった。
 東の窓ぎわに置いた椅子にすわり、もうそろそろまぶしくて直視しにくくなりつつある太陽と、その前を通過する綿雲をながめながら、ゆっくりとコーヒーを飲んだ。いつもの朝といいたいところだが、彼女は起きてからずっと違和感が耳の下から肩のあたりにわだかまっているのを感じていた。
 なんだろうか、この感じ。なにかがこの島に――彼女ひとりしかいないはずの島にいる。

       2

 コートハンガーにかけてあった白いショールを羽織《はお》ってから、南向きのドアをあけて外に出る。風が強まっているようだ。夜中、眠っているときも風の音がしきりに聞こえていたことを耳の奥が記憶していたが、それよりも風は強くなり、北寄りになっている。波頭《なみがしら》が風でささくれ、空中に誘われた水滴がさらにこまかい霧になって、潮《しお》のかおりを運んでくる。
 ドアの外の三段ある石段を、あたりに注意を払いながらゆっくりと降りる。違和感は島の北西の方角にあるような気がする。
 波の音にまじってギイギイという音が聞こえる。なにか岩に押しつけられ、こすれるような音。流木でもひっかかっているのか。右手のほうへ家をまわりこみ、岩場のほうに向かう。
 島全体は岩場にかこまれていて、家と灯台は盛りあがった地形のてっぺんに建っている。家の脇には林というより茂みに近いような小さな雑木林。その前には畝《うね》が五本あるせまい畑と鶏小屋がある。灯台は林の向こう側の北東の角に建っている。彼女が向かっているのは灯台とは反対側にのびた小径で、岩場をぬって斜めに海へと降りている。彼女はその小径をめったにたどることはない。それはかつて夫がサザエやアワビを採るために海にはいるときに使った道だった。彼女が海にはいることは、もうない。
 ながくとおっていない小径は、風で飛ばされた砂利や枯れ枝が足場の岩に乗り、ともすれば足をすべらせそうになる。落下し、岩にたたきつけられても、助けを呼ぶ手段はない。人がいるのは四〇〇メートル海をへだてた港だ。腰をかがめ、ときには岩をつかみ地面に手をつきながら、慎重に岩場を降りていく。
 やがてギイギイいう音の正体が見えてきた。船だ。たぶん漁船なのだろう、小さな木の船で、岩に打ちあてられ、ほとんどバラバラに壊れている。船体の上に乗っていた操舵室だけが、横倒しになってはいたがバラバラにはならず、岩と岩のあいだにすっぽりはさまって波に打たれていた。これが海面に揺さぶられるたび、岩肌にこすれてギイギイ音を立てているのだった。
 古びた船だ。人は乗っていたのだろうか。それとも、打ち捨てられた廃船が流れついただけだろうか。調べるためにさらに近づいた。
 横倒しになった操舵室のなかに人影が見えた。人が遭難しているのに出くわして、彼女は急に動悸が激しくなるのを感じた。どうしよう、死んでいるのかしら。死んでいるとしたらこわくてとても見れない。生きているとしてもどうしていいかわからない。助けを呼ぶ? ひとりで介抱する? 負傷していたらどうする? 立ちすくんだ足をなんとか運び、岩につかまりながら操舵室のなかをのぞきこんだ。
 舵にもたれかかるようにして倒れている人がいた。男だ。いや、その顔は男の子といっていいほど若い少年で、髪は濡れて額にへばりつき、顔面は真っ白だった。血の気はなかったが、生きていることはわかった。息があったからだ。ほかに怪我をしているようすはなかった。衣服はずぶぬれだったが、出血はなかった。
 彼女はドア口から上半身を突っこんで手をのばした。手の先が少年に触れた。声をかけてみる。反応はない。手で顔に触れてみる。冷たい皮膚はなめらかだった。掌を頬にあて、二度、三度と声をかけながらさすってみる。
 まるで長いまばたきの瞼が開くときみたいに、少年の目がなにごともなく開いた。

       3

 水平線から昇りはじめた太陽の光が島にとどき、まだまばらな東側の木々のあいだをとおって窓ガラスにまだら模様を作っている。いつもなら目がさめてもすぐには起きあがらず、ぐずぐずとベッドでだだをこねているのだが、今日はすぐに身体を起こした。隣でもうひとつの暖かみがこちらの動きに気づくこともなく寝息をとぎらせない。
 左のまぶたに朝日がわずかにあたっていて、女の子のように長いまつげがふるえている。いや、まつげがふるえているのではなく、光が動いているのだ。彼女はそれをうっとりとながめていた。だれかといっしょにベッドで朝を迎えるなんて何年ぶりだろう。
 少年がいっしょに寝たがったのだった。名前も年齢もわからない。彼は口をきかなかった。口をきけないのか、あるいはなんらかの理由で口がきけなくなっているのか。なぜあの船に乗っていたのか、どこから来たのか。なにもわからない。とにかく、夜をこわがって彼女にしがみつくようにしてベッドにもぐりこんだが、疲れた身体がすぐに彼を深い睡眠へと誘いこんだらしい。
 寝間着の上からガウンを羽織ろうとして思いなおし、裾の長いダウンジャケットを寝間着の上から着こんだ。階下に降り、外履きをはいてそのまま外に出る。
 林をすかして水平線に太陽が見えた。朝焼けはないが、いくつか浮かんでいる綿菓子のような雲の下はオレンジ色に輝いている。海は今朝はおだやかなようだ。
 林の手前にある鶏小屋のところに行くと、荷箱から餌の袋をつかみだし、風でバタバタしないようにくくってある取っ手の紐をほどき、なかにはいる。いつものことだが、鶏たちが餌の予感に鳴き声をあげ、あわただしく動きまわる。餌をあたえてから、巣箱のなかにある卵を回収する。およそ二十匹いる鶏が、今朝は六個の卵を産んでいた。全部自家用ではなく、余ったものはときおり港に持っていって売る。そのお金でバーに寄って、港の男たちとすこし話す。
 まだ暖かい卵を持って家にもどり、ダウンジャケットを脱いで代わりにガウンを羽織り、キッチンに立った。数日前に届けられたブロッコリーをゆで、パンを薄くスライスして、ベーコンエッグを作る。あの子、コーヒーはもう飲めるだろうか。ミルクがあったらよかったのに。彼女はもうミルクを飲む習慣を持っていない。

       4

 朝食を準備し、いっしょに食べ、昼食を準備し、いっしょに食べ、夕食を準備し、いっしょに食べる。その合間に話しかけ、沈黙で答えられ、パニックになった身体を抱きしめてやる。島を散歩し、鶏と灯台を見せてやる。畑に大豆をまくやり方を教え、いっしょに豆をまく。
 遭難者かもしれない少年のことを、彼女はまだだれにもいっていない。彼をさがしている人がいるかもしれないと思う。しかし、彼はさがされていないという直感がある。彼のことを通報しなければとかんがえると同時に、通報してはいけないともかんがえる。
 彼はひょっとしてこの島に、永遠に彼女といっしょにすごすためにやってきたのかもしれない。どこからか。そういえば、彼を乗せてやってきて難破した船の名前を確かめていなかった。少年をたすけた翌日、岩場におりてみると、そこにはもう船はなかった。バラバラになった船は満潮とともに波にさらわれ、流されてしまったらしい。思いかえすと、あの船はなんとなく、夢に出てきた夫の船とそっくりだったような気がする。
 明日は週に一回の町の男が食料品をとどけに来る日だ。少年をどうしようか。男にたのんで町に連れかえってもらって、警察にとどけてもらおうか。それとも隠しておこうか。男は少年を見たらどうするだろうか。何日かいっしょにすごし、おなじベッドで眠っていたことを知ると、男は嫉妬するだろうか。もし少年を隠しておいたとして、いつまでもそのことを知られずにいっしょにすごすことなどはできないだろう。それとも私はこの少年とずっとこの島でふたりきり、蜜月のようにすごすことを夢見ているまぬけな女なのか。町の者たちにそのことが知れたらどんなことをいわれるのやら。
 夕方、食事のしたくをしようとキッチンに行ったら、少年が立ったまま窓から外を見ていた。お腹がすいたのかと訊いてみたが、返事はない。待っててね、夕食はすぐにできるからね、といいながら少年にちかづいたとき、彼の身体がこきざみに動いていることに気づいた。震えている。こわいの? 船の事故のことを思いだしたの?
 少年がゆっくりとこちらを振りむいた。泣きそうな顔をしている。眠りにつく前、そして真夜中に目をさまして、何度かこういう顔を見せてからパニックにおちいった。そのたびに母親のようにぎゅっと抱きしめてやった。いまも両手をひらくと、少年が腕のなかに身体をあずけてきた。もう男の身体になりつつあるごつごつした背中に手をまわし、抱きよせて力をいれる。こわいことを思いだしたのね。もうだいじょうぶ。ここは安全だから。もうなにもこわいことはないわ。落ちつくまでずっとここにいていいのよ。私がお世話してあげる。守ってあげる。
 少年の背は彼女よりすこしだけ低い。やせた胸が彼女の胸に押しつけられている。何人かの男の口にふくませたこともある乳首が、少年の胸に押しつけられ、切なくうずいた。もう何年も男に抱かれていなかった。このうずきは母親が子どもに乳首を吸わせるときのものではなく、女の身体としてのものだ。明日になったら、町の男がやってくる前に電話して、警察官を連れてくるようにたのもうと思った。
 そのとき、少年が耳元でなにかいった。これまで一度も聞いたことのない少年の、声変わりがはじまったばかりのかすれた高い声。なんていったの? もう一度いって、お願い。少年がふたたび口を開いた。
「つなみがくるよ」

       5

 夜になって風がないだ。外はくもっているが、波もおだやかなようだ。夕食のあと、少年は彼女が持っていた本を読みはじめた。あれきりまたひとことも口をきかなくなっている。本はロシアの絵本で、ロシア語は読めないがカラフルなキノコがたくさん出てくるので気にいっていて、ときどき本棚から取りだしてはながめるのが好きだった。子どものときから持っている本なのでもうぼろぼろだが、どうしても捨てる気になれないのだ。
 テーブルをかたづけ、洗い物をはじめる。おおかた洗いおわりかけたとき、ふと首すじにつめたい空気を感じた。ふりむくと、玄関のドアがあいていて、少年の姿がない。読んでいた本はテーブルの上に置かれている。
 手をふき、あわてて外に出る。もう外は真っ暗だ。しかしまだわずかに夕刻の光がのこっていて、あたりのようすはなんとか見える。少年の姿をさがす。林のわきからつづく小径を灯台のほうに向かっている少年が見えた。そちらに向かいながら、少年が灯台の入口に立ち、木のドアをあけるのが見えた。
 少年の姿が灯台のなかへと消えた。彼女は小走りに灯台の入口にたどりついた。なかにはいる。石造りの階段が螺旋状に上へと向かっている。足音が聞こえた。彼女は少年のあとを追って階段をのぼった。
 階段の一番上に回転機械室があり、モーター音が聞こえる。外に出るちいさなドアがあり、ぐるりと灯台のてっぺんを取りまく手すりのついた回廊がある。ドアをくぐって外に出た。
 少年の姿はなかった。ぐるりと一周してみたが、いなかった。手すりから身を乗りだして下をたしかめてみたが、落下したようすもなかった。
 少年の姿はまるで煙が立ちのぼるかのようにかき消えてしまった。
 空を見上げると、うすい雲のむこうにぼやけて見える満月の前を、羽化したばかりの大きな蛾が一匹、ひらひらと飛びすぎていくのが見えた。

2014年4月16日水曜日

きのこ女

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  「きのこ女」 水城ゆう


 ガラス越しに柔らかな日差しがさしこんでくる。
 光線はトガリアミガサタケの編み笠のあいだを通って、私の腕にまだら模様を作る。
 外はから風が吹きすさぶ真冬らしい天気のようだが、この温室の中はじっとりとあたたかな湿り気をふくんだ別世界となっている。

 オニイグチモドキ。
 最初に温室を作ろうと思ったのは、いつのことだったろうか。たしか最初は、近所のホームセンターで買ってきた、組立式のちっぽけな温室だった。アルミの枠にガラスをはめこんだだけの、まるで透きとおった犬小屋のような温室。
 イッポンシメジ。
 その温室を私はベランダの隅に組みたて、通信販売でとどいた何種類かのキノコ栽培キットの菌床を中にならべた。ブナシメジ。シイタケ。エノキダケ。キノコは前から一度、栽培してみたいと思っていたのだ。薄暗い林の下地に見え隠れする不思議な植物。あやしくしっとりした手触り。
 キンチャヤマイグチ。
 実際に育てはじめてみると、うまく菌床を育ち、キノコを発生させ、大きく育てるには、いろんなコツが必要なことがわかってきた。ただ温室にいれ、温度と水分を保っているだけでは、うまく育ってくれないのだ。
 オトメノカサ。
 しかし、いろんな本を読んだり、きのこ栽培のマニアや専門業者をたずねて情報を得たりするうち、私にもしだいに何種類かのキノコを育てられるようになってきた。私のちっぽけなベランダの隅の温室の中で、栽培がむずかしいとされるキノコが何種類かイキイキと発生してくるのを見るのは、楽しかった。
 アンズタケ。
 そうなると欲が出てくるのは、人情というものだろう。私は、もっと大きな温室がほしくなった。幸い私はひとり暮らしだ。売れない漫画家なので、アシスタントもやとわず、ひとりでほそぼそと仕事をしている。私は思い切って、ベランダ全体を温室に改造してしまうことにした。そうして完成した大きな温室は、その湿度といい、生暖かさといい、まことに満足できるものであった。
 ウラベニホテイシメジ。

 ベニテングタケ。
 ベランダ全体を改造して作った温室は、あまりにも広々としていて、菌床だけではなんだかもったいなかった。そこで私は、クヌギの原木を持ちこんだ。直径一〇から一五センチ、長さ一メートルほどの原木を業者から二百本購入し、井桁に組んで温室のなかに積みあげた。湿度は七〇パーセント前後と高めに維持する必要があったが、そのための加湿器も持ちこんだ。しかし、なにしろ、温室だ。保温装置は必要としない。そんな環境が幸いしたのか、菌を接種した原木からは、やがてむくむくと無数のシイタケが発生し、特有のよい香りを温室に充満させるようになった。
 クサウラベニタケ。
 ベランダの温室は、大きな原木の山をふたつ作ってもまだ余裕があった。そこで私は、グリーンイグアナのケージを中にぶらさげることにした。
 アシベニイグチ。
 ペットショップで買ってきたグリーンイグアナは、ケージの中でさかんに舌なめずりし、密林の雰囲気をかもしだしてくれた。そもそも私は乾燥が苦手で、空気が乾燥していると鼻がカサカサしてくしゃみが止まらなくなったり、ぜんそくぎみになったりすることが多い。乾燥しているところよりじめじめとした気候のほうが向いているのだ、ということを、その頃になってはじめて自覚したものだ。キノコ温室の中にいると、身体の調子までよくなるようだった。
 カラマツベニハナイグチ。
 持病のぜんそくも、温室を作ってから発作が軽くなったような気がした。高い湿度と適度な温度によって、温室にいるときは体調も快調で、仕事のアイディアもはかどった。湿度でノートがすぐにべたべたし、紙がぐにゃぐにゃするのは困ったが、温室にアイディアノートを持ちこんで仕事の構想を練るのが私の日課になった。
 ある日、私はいつものように温室の中で植物たちの世話をしていて、ふと思いついた。
 ホンシメジ。
 ここに仕事机を持ちこめないだろうかクリフウセンタケ、と。

 コフキサルノコシカケ。
 ベランダを改造して作った大きな温室といえども、さすがに漫画家の巨大な仕事机を持ちこむことはできそうになかった。そうしようと思ったら、せっかく持ちこんだクヌギの原木やグリーンイグアナのケージを撤去しなければならなくなる。それはいやだ。私はかんがえた。つまり、トリュフ、前庭に新しく温室を建てられないだろうか、と。
 いろいろ検討した結果、私は知り合いの工務店に相談し、前庭の敷地いっぱいを利用して専用の温室を建てることにした。ホウキタケ。ベランダの温室ですごす時間が多くなったせいか、不健康だった漫画家の生活のわりに健康状態がよくなり、このところ仕事がはかどるようになっていた。そのせいですこしだけ収入が増え、オオワライタケ、専用の温室を建てられるくらいの蓄えがあったのだ。
 十五坪ほどの前庭の敷地に、さっそく大きな温室が建てられた。
 新しい温室ができると、私はササクレシロオニタケ、ベランダの温室から菌床、原木、イグアナのケージなどを引っ越しさせ、さらに自分の仕事机や仕事に使う道具棚なども持ちこみ、そこで仕事をはじめた。
 イヌセンボンタケ。
 まことに快適であった。私は、ヌメリササタケ、ショウゲンジ、一日中じっとりと湿った空気のなかで菌類に囲まれた机に向かって仕事をした。体調は最高で、コレラタケ、睡眠もほとんど取る必要がなかった。ドクササコ。私は机の上にも菌床をびっしりと敷きつめ、いつでもキノコの胞子のかぐわしいかおりを味わえるようにした。ヤマドリタケモドキ。理由はよくわからないが、お腹もまったくへらなくなり、食事の回数もどんどん少なくなっていった。まるで全身からキノコの養分を吸収しているような感じだった。
 私は温室でカキシメジ仕事し、温室でシモフリシメジ眠り、温室でルズミシメジ目覚めたハエトリシメジ、ミネシメジ。いつしかそれが現実のできごとなのか、夢のなかのできごとなのか、区別がつかなくなっていったムラサキナギナタタケ。
 私はいまツキヨタケ、机にむかって仕事をしているが、私の腕、手、指、ペンには菌糸がからみついているハツタケ。私の全身も菌糸と胞子におおわれキチチタケ、右の脇腹と肩のあたりにはキノコが何本かスギヒラタケ発生している。私はとてもしあわせだ。このままキノコたちと同化しハナビラニカワタケ、温室のなかでまどろみながらサナギタケ、さらに菌糸をあたり一面にのばしていきたいヤグラタケ。私は菌たちとともにドクヤマドリ世界とシャカシメジひとつになるのだキクラゲ、マツタケ、オオイチョウタケ。

2013年7月26日金曜日

見えますか、私?

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   見えますか、私?
                            作・水城ゆう


 なにかの物音で目がさめた。
 ぐっすり眠っていたように思う。前の日、思い出せないが、なにか大変なことがあってとても身体が疲れていた。夢も見ないで眠りこんでいた。
 身体は疲れていたけれど、意識ははっきりしていた。なんの物音だったのかと耳をすましていると、また聞こえた。ススーという物がこすれたり移動したりする音、カタンという小さな音。
 横になったまま音がしたほうに目をこらしてみる。暗くてよく見えない。なんだろう、だれかいるのだろうか。でも、そんな気配はない。ひとり暮らしのこの部屋にだれかがはいってきたらすぐにわかるはずだし、たしかにドアはロックしてある。
 ネズミだろうか。だとしたらそれはそれで怖い。私はゴキブリもネズミもクモも嫌い。
 何時ごろだろう。夜明けまでにはまだありそうだ。
 ベッドの横のカーテンを少しあけてみた。街灯の明かりが差しこんできて、部屋のようすがぼんやりとわかった。
 音がしたほうに目をこらす。そちらには衣類を入れた低いたんすがあり、上にはぬいぐるみや写真などの置物が立ててある。
 じっと見ていたが、なにも起こらない。
 もう一度寝直そうと、カーテンを閉めかけたそのとき、視線をはずしかけた目のすみでなにかが動いた。
 たんすの上のフォトフレームのひとつが倒れて伏せた形になっていた。それがすーっとまるでだれかの見えない手がそうしたみたいに持ちあがり、立ったのだ。
 私はあやうく悲鳴をあげかけた。

 その日から不気味なことが次々に起きはじめた。
 机にすわって本を読んでいると、開けてあったカーテンがすーっと動いて閉まった。めくれていたベッドカバーがぺろりと元にもどった。ならんでいる本の順番が勝手にならびかえられた。
 それが起こるのは夜だけではなかった。休日に昼間に部屋にいるときにも、現象が起こった。
 私の頭に浮かんだのは、古い映画のシーンだった。「ポルターガイスト」というタイトルのその映画では、家具やおもちゃが人の手も触れていないのに空中を飛びかう恐ろしい光景が繰りひろげられていた。それは悪霊のしわざなのだった。
 悪霊? そんなものに思いあたることはない。だいたいこれまで何年かこの部屋に住んできて、一度も起こらなかったことだ。それとも、悪魔払いをしてもらったほうがいいのだろうか。それってだれに頼めばいいの?

 いまも私の目の前で不思議なことが起きている。
 机の上に置いたコップが動いている。飲みかけの水が半分はいっている。それが横に動いた。机の端から床に落ちる、と思ったら、すーっと持ちあがった。
 空中を横に移動していく。キッチンのあるほうに浮遊していく。
 コップが流しのなかに着陸し、それからゆっくりと蛇口がひねられて水が出るのを見て、私はついにこらえていた悲鳴をほとばしらせた。

 気を失っていたのかもしれない。どのくらいの時間がたったのか、気がつくと人の声がしていた。
「あの子、本当に不憫《ふびん》。結婚式ももうすぐだったのに。宏彦《ひろひこ》さんには気の毒なことをしました」
 ママの声だった。でも、声のするほうにはだれもいない。空耳《そらみみ》?
「おれもくやしいですけど、運転手も謝罪してるし、誠実な人みたいだから。それよりお母さんこそ体調とか大丈夫ですか?」
 聞いたことのある男の声だった。宏彦さん? だれだっけ? その声はなんだかとても懐かしい感じがする。
「あの子が事故で亡くなってもうすぐ四十九日《しじゅうくにち》ね。でもまだこの部屋にいるような気がするのよ。だから時々こうやってここに来てみるの。あの子のことを感じたくて……」
 ママ、わたし、ここにいるよ。なんでママが見えないの? ママも私のことが見えないの?
 どうしてなの? 事故ってなに? 私、どうなったの?
 ひょっとして、私……死んじゃってるの? だからママのことが見えないの?

 自分が生きているか死んでいるか、どうやったら確かめられるんだろう。
 いまここにいる私、こうやってみなさんに話をしている私。
 生きているの? あなたたちには私が見えているの?
 私にはあなたたちのことが見えていない……

2013年3月28日木曜日

子どものころの七つの話「七 砂場の糞の話」

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  子どものころの七つの話「七 砂場の糞の話」
                            作・水城ゆう


 男の子が多いときは山に行ったり河で遊んだりしたが、女の子と遊ぶときは家のなかか近所のことが多かった。
 隣の家はハタ屋で、年中休みなくガシャコンガシャコンと機織りの音がひびいていた。そこの娘は私と同い歳で、よくいっしょに遊んだ。うちに来て、母の作った焼きリンゴを一緒に食べたり、庭でままごとをしたりした。
 ある日、近所の砂場のようなところで遊んでいた。堤防の下の空き地のようなところで、そんなところにわざわざ砂場が作ってあるはずもなく、たぶんたまたま砂地がそこにあって、子どもの砂遊びの場所になっていたということだったのだろう。
 春の暖かい日で、堤防の土手に生えているしだれ柳の新緑が砂場の上をはいていて、気持ちがよかった。私とハタ屋の娘は、その下で砂でなにかを作ってあそんでいた。
 私の指がなにか細長い、やや柔らかい感触のものをさぐりあてた。なんだろうと思って、つまんで見たが、砂にまみれてそれがなんなのかよくわからない。指で押しつぶすと、簡単にぐにゃりとつぶれてしまった。
 ふと私は思いあたり、それを放りだすと、指を鼻に持っていった。
 強烈な臭気を感じ、私はあわてて家に走りもどった。洗面所で手を洗い、指のにおいをかいだ。においはまだ消えていなかった。砂場の物体は犬のものか猫のものかわからないが、動物の糞にちがいなかった。
 粉石鹸を指にまぶし、ごしごしとこすり、なんどもなんども洗った。においはなかなか消えなかった。
 その日は風呂にはいったのに、風呂からあがってもにおいはこびりついていた。翌日もにおいは消えなかった。何日もにおいは消えなかった。その指についたにおいはいま現在にいたるまで消えていない。

子どものころの七つの話「六 夏の話」

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  子どものころの七つの話「六 夏の話」
                            作・水城ゆう


 子どものころに住んでいた家の庭には小さな池があり、井戸の水が引かれていた。井戸の水は年中ほぼ一定の水温で、夏は冷たく、冬は暖かく感じた。
 夏には畑でとれたもぎたてのトマトや西瓜《すいか》がよく池に浮かんでいた。とくにトマトは毎日のようにおやつがわりに食べていた。よく冷えた丸のままのトマトにかぶりついて、汁をしたたらせながら食べる。いまのトマトとちがって青臭く、酸っぱかったが、凝縮された味と冷たさが贅沢だった。
 夜になると蚊帳《かや》をつって、そのなかで眠った。
 縁側をあけはなした座敷に蚊帳をつっていたのは父のアイディアだったろうか。風がとおって、もちろんエアコンなどというものはなかったが、涼しくて気持ちよかった。そもそもいまほど暑くなかったような気がする。夜になっても三十度を超えているなどという日はなかったと思う。
 庭にむかってあけはなしてあるので、蚊はもちろん、いろいろな虫が舞いこんでくる。うちは河と山が近かったので、蛍もたくさんやってきた。昼間に遊びすぎて疲れはて、眠くて朦朧《もうろう》となった眼に、蚊帳の外を飛び交う蛍の光がうつっていたのは、ほとんど幻覚に近いような記憶として残っている。
 蚊や蛍のほかにも、蠅や蛾ももちろん飛んできた。蛾は電灯を消すとすぐにどこかに飛んでいってしまったが、蠅はなにが気にいったのか蚊帳のまわりをしばらくぶんぶん飛んでいたりしてうるさかった。
 カナブンやクツワムシが飛んでくることもあった。朝起きたら立派な角《つの》を持った雄《おす》のカブトムシが蚊帳にとまっていて喜んだこともあった。カスミ網に似ていたせいだろうか、雀《すずめ》やツグミが蚊帳に引っかかったこともあった。大きなカルガモとカワウが飛びこんできたときには、さすがにびっくりした。
 たぶんボスだろう、巨大なニホンザルが蚊帳に引っかかって暴れまくり、網をずたずたに引きさいて逃げていったときには、父も私もかんかんになってしまった。つかまえてこらしめてやろうとしたのだが、追いかける私たちをキッと見返した眼光が妙に鋭く、思わずひるんで足をとめてしまった。そのボス猿の口には、池から拾ったらしいトマトがくわえられているのが見えた。

子どものころの七つの話「五 蜂に刺された話」

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  子どものころの七つの話「五 蜂に刺された話」
                            作・水城ゆう


 子どもら数人と山へ遊びに行った。私が子どものころは子どもたちは小さな子も大きな子も、まちまちの年齢の子が近隣でひとかたまりのグループを作って遊んでいた。山へ遊びに行くときも、大きな子が小さな子を引き連れる形で行くのだった。
 アケビかなにかを採りに行ったのだと思う。木によじのぼったり、薮をがさがさ歩いているうちに、たぶんうっかり蜂の巣があるところに踏みこんでしまったのだろう。私めがけて蜂が飛んできて、それを手で追い払おうとした。スズメバチのような大きな蜂ではなく、アシナガバチかなにかだった。気が立っている蜂に手首のあたりを刺されてしまった。
 たちまち真っ赤に腫れて泣き叫びたくなるほど痛かったが、とっさに大人から聞いた話を思いだした。蜂に刺されたときは小便をかけるといい、アンモニアが毒を消してくれる、というものだ。いまではその俗説は迷信であり、アンモニアが消毒どころかむしろ衛生的に問題があるのでやらないほうがいい、ということがわかっている。しかし、そのときはそう信じていたのだ。
 私はすぐにズボンをおろし、腫れた手首にむかって小便をかけた。信じられないことに、痛みはたちまち消え、腫れもおさまってしまったのだ。まぎれもない真実の記憶として、私のなかにそのことが残っている。
 ついでに小便はさまざまなものを消してくれる効果があることを私は発見した。あるとき、神社で遊んでいると、犬の糞を発見した。なにげなく私はそれに小便をかけてみた。するとたちまち犬の糞が跡形もなく消えてしまったのだ。
 その後、私はいろいろなものを小便で消した。親に見せたくない悪い点数の答案用紙、壊れてしまったおもちゃ、うっかり寝小便をしてしまったときも自分の小便でそれを消したりもした。

子どものころの七つの話「四 ミミズの話」

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  子どものころの七つの話「四 ミミズの話」
                            作・水城ゆう


 私がもうすこし大きくなって、父とではなくひとりで釣りにでかけるようになったころの話だ。たぶん小学校の高学年、五年生か六年生だったと思う。
 父と釣りに行くときはそのへんの畑をほじくりかえしてとったドバミミズを持って行ったが、ひとりで行くときは釣果をあげるためにミミズの品質にこだわった。私の釣りのねらいは鮒で、近所の河川や沼にはヘラブナではなくマブナしかいなかった。そしてマブナはシマミミズが最高の釣り餌なのだった。
 私はシマミミズが大量にとれる場所を知っていた。それは祖父が経営する自動車修理工場の裏手にある牛舎の脇で、牛の糞を堆肥にするために大量に積みあげてあった。かなりの臭《にお》いだったが(よく近所から苦情が出なかったものだ。いや出ていたのかもしれない)、臭《くさ》さもなんのその、良質の釣り餌確保のためなら牛の糞の臭《にお》いなどなんでもなかった。
 牛糞の山を少し掘ると、シマミミズがぎっしりとからみあうようにうごめいていて、ものの数分で持参した味の素の空き缶がいっぱいになった。つやつやと太った最高のシマミミズで、私はそれで何百匹マブナを釣ったことか知れない。
 中学三年生くらいのころ、授業が退屈で、体育の時間にサボって学校を抜けだしたことがある。その際、だれもいなくなった教室の女生徒の机のなかから弁当箱を盗みだして、学校の外で食べてしまった。まだ昼休み前の時間だったのだ。
 空っぽになった弁当箱に、私はなにを思ったのか、牛舎の脇に行き、例のシマミミズをたくさん詰めこんで蓋をし、ハンカチでしっかりとくるんで女生徒の机のなかにもどしておいた。
 そのあとどうなったか。いまだと完全な犯罪行為であり(当時でもそうか)、私は少年院送りになっていたことだろう。

子どものころの七つの話「三 父と釣りに出かけた話」

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  子どものころの七つの話「三 父と釣りに出かけた話」
                            作・水城ゆう


 子どものころに住んでいた家の前には大河が流れていて、それは堤防でせき止められているのだが、昔のなごりだろう、堤防の外側にも小さな支流や沼のようなものがたくさんあった。
 家の近所にも池というか沼というか水たまりのようなものがあって、それは「どんぶ」と呼ばれていた。魚釣りに最適な水場だった。
 高校の教員をしていた父は休みの日になると、よく私を連れてどんぶに魚釣りに出かけた。ホンダのカブに乗り、私はうしろの荷台ではなく父の前の股の間にハンドルにしがみつくようにしてまたがって、二人乗りで出かけた。釣り道具はおもちゃのような竹竿と簡単なしかけ。餌はそのへんの畑をほじくってつかまえたミミズ。
 どんぶにつくと、ふたりならんでどんぶのふちにしゃがみ、草むらの切れ目から竿を出して釣りをはじめる。釣りといっても、釣れるのはほとんどがちっぽけな鮒《ふな》で、たまにハヤか鯰《まなず》が釣れることもあった。鯰が釣れると大変で、鯰は鰓《えら》のところにトゲみたいなぎざぎざしたものがあって、うっかりすると指を切ったり怪我をする。そして鯰は仕掛けを深く飲みこんでしまう癖があるので、針をはずすのもむずかしい。そういうときは仕掛けをあきらめて糸を切らなければならない。
 その日は釣りをはじめてもあたりがまったくなく、数時間がたっても浮きはぴくりとも動かなかった。よく晴れた、暑い日だったように思う。父も私もダレはじめていて、もうそろそろ家に帰ろうかとかんがえていた。
 そして実際に帰るために父が腰を浮かしかけたとき、いきなり浮きがシュポッと水中に消えた。父があわてて竿を取り、思いきりしゃくりあげた。
 竿がグンとしなり、糸がさらに引きこまれた。
「お、お、えけぇぞ(大きいぞ)!」
 父が興奮ぎみに叫び、竿をさらに立てて獲物を引きよせようとした。しかし、まったく獲物はあがってこず、糸を切られないように父はどんぶのへりを、草をばさばさ蹴倒しながら右往左往した。
 どのくらいたったろうか、私には数十分にも思えたが、なんとか糸を切られないようにだましすかしのやりとりがあったあと、獲物がようやくこちらに近づいてきた。父がひときわ大きく竿をしゃくりあげると、いきなりどんぶのなかにじゃぶんと踏みこんでいった。水中に両腕を突っこみ、獲物をとらえてザバアッとすくいあげた。
 大きな魚が岸へと投げあげられた。見たところ、一メートルはあろうかという鯉だった。しばらくビチビチとはねていたが、すぐにおとなしくなった。
 父はその日、いつものように金魚すくいのちっぽけなビニール袋しか持ってきていなかった。それを鯉の口にかぶせ、カブの荷台に鯉をくくりつけて、家路についた。
 その巨大鯉はしばらく私の家の小さな池でゆうゆうと泳いでいたが、台風で堤防が決壊してあたり一帯が浸水したとき、流れていっていなくなってしまった。いまごろ、どこでどうしているのだろう。生きていればもう五十歳以上だが、なんとなくまだ生きてそのあたりを仕切っているような気がしている。

子どものころの七つの話「二 川に流された妹の話」

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  子どものころの七つの話「二 川に流された妹の話」
                            作・水城ゆう


 うちの前には大きな河が流れていて、うちは堤防の下に建っていた。
 いまでこそその河は上流にダムができて、水流はちょろちょろと少なくなってしまい、しかも生活排水が周辺から流れこむものだからどぶ川のようになってしまったが、私が子どものころはとうとうと青黒い水がながれる立派な河だった。
 しかし、いまから書く妹が流された話は、その河のことではない。河の堤防の下に建っている私の家の前に、小さな用水路のような川が流れていた。これはたぶん、堤防を作るときに大河《おおかわ》の支流を残して、うまく生活用水として使えるように整備したものだろう。幅が一メートルくらいで、石垣を積んでふちがくずれないようにしてあった。
 ところどころに石垣をえぐって石段が作られていて、そこで洗濯をしたり水をくんだりできるようになっていた。
 小さな川とはいえ、水はしっかりと流れていて、深さはたぶん三、四〇センチはあったろう。私はよくその川に裸足ではいって、カワニナやトンボのヤゴをつかまえたりして遊んでいた。
 妹は私と四歳はなれていて、それはたぶん私が五歳くらいのときだったから、まだ歩きはじめて間もないころの事件だった。私がその川べりで遊んでいると、突然母が聞いたこともないような悲鳴をあげた。なにごとかと見ると、
「もと子が、もと子が流されてる!」
 と、川のへりで半狂乱になっている。あわてて駆けつけると、たしかに私の妹が川に沈んで、仰向きになったまま流されている。水面下に見える妹の顔はなにごともないかのように目も口もあいたまま、空を見上げている。
 母が川べりにはいつくばって妹を水の下から引っ張りあげようとしたが、妹の身体は川をまたぐ小さな橋の下にくぐりはいってしまった。
 騒ぎを聞きつけて、たまたま近くにいた私の叔父、つまり母の弟がかけつけてきた。叔父は二十歳すぎの頑健な若者で、さすがに機敏だった。そのままずぶりと川に飛びこむと、流れのなかに立って、橋の下から出てきた妹の身体をすぐにざっぷりと引っぱりあげた。大量の水しぶきをまき散らしながら、妹は川べりへ引きあげられた。
 妹は息をしていなかった。意識があるのかどうか、たっぷりと水をのんでいることはまちがいない。
 叔父が妹の足首をつかんでさかさまにぶらさげた。そして上下に振りながら背中をばんばんと叩きはじめた。
 すぐに妹の口から大量の水が吐きだされ、やがて咳きこみながら弱々しい泣き声が聞こえてきた。ああよかった、生き返ったんだな、と私は思った。
 その事件は私にも衝撃的で、とくに目と口をあいたまま仰向けに流されていく妹の顔は印象的だった。そして数日後、私も川に流されてみることにした。大河で赤ん坊のころから遊んでいたせいで、私は水遊びが好きだった。水がこわいということもない。石段から川にはいると、息をとめて流れに身体を乗せてみた。
 流れは意外に速く、私の身体はあっという間に運ばれていった。顔をあげると、目の前に黒く口をあけた暗渠《あんきょ》の入口が見えた。そういえば、川は私の家の前からすこし行ったところで暗渠のなかへと消えていて、その先がどこにつながっているのか知らないのだった。
 あわてて川から出ようとしたが、水流は強く、立ちあがることができなかった。私はそのまま真っ暗な暗渠のなかへと呑みこまれてしまった。
 そのあとのことの記憶はいまだにない。

子どものころの七つの話「一 風呂の焚きつけの薪《たきぎ》の話」

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  子どものころの七つの話「一 風呂の焚きつけの薪《たきぎ》の話」
                            作・水城ゆう


 私が小学校にあがる前まで住んでいた家の風呂は、薪で炊いていたことを覚えている。
 風呂の外に焚き口があって、そこに薪を入れて火を焚き、お湯をわかしていた。なにしろ幼いころのことなので詳細は覚えていないが、ガスや、もちろん現在のように自動の湯沸かし器で焚いていたのではなかった。
 いまになって気になるのは、風呂を焚くための薪はどうやって調達していたのか、ということだ。
 そのことを、先日、母に訊いてみた。
 母は肺ガンの手術を二度に渡って受けたばかりで、右肺も左肺も、その一部を切除した。帰省するたびに話を聞いてやるが、とにかく自分の病気の話ばかりして、自分がいかにつらい大変な思いをしたのかを息子(私だが)に訊いてもらいたい様子だった。私は自分でも自覚しているが、けっしてよい息子ではなく、これまで心配ばかりかけさせてきたので、せめていまは母の話を聞いてやりたいと思うのだが、際限のない母の肺ガンの話はうんざりしてしまうことがあるのが正直なところだ。
 肺ガンの話が一段落ついたときに、昔の風呂の話を訊いてみた。とくに薪の話だ。
「薪で風呂を焚いてたよね」
「うん」
「外に焚き口があって、そこに薪をくべて焚いてたよね」
「うん」
「薪はどうやって調達してたの? 親父が薪割りしてた姿なんて見たことないけど」
 私の父は十年前に亡くなっている。
「もらってた」
「だれから」
「地主から」
 聞けばこういうことだったらしい。
 高校の教師をしていた父はまだ若いころにがんばって家を建てることにした。とはいえ、土地まで買う資金はなかったらしく、土地を借りていわゆる上物《うわもの》だけを建てた。私はその家で生まれた(ほんとは近くの病院だが)。
 家が建っていたのは大きな河の堤防の下で、背後には山が迫っていた。低い山だが、それでも幼い私にはそびえたっているように思え、夕方には早々と日が沈むのがいやだった。
 その山か、あるいはそのつづきの山なのか、とにかく地主は山も所有していて、木こりの仕事もしていた。農家なのだが、農作業のほかにも山に木を植えたり、伐り出したり、山仕事もしていた。山は手入れをしないと荒れる。下刈りしたり、間伐するのだが、そのたびに薪や焚き付けが大量にできる。それを時々束にして、母にくれたらしい。
 母はまだ二十代中頃の初々しい新妻で、近所の人からなにかと親切にしてもらったとすこし自慢そうにいった。
 家の軒下には大量の薪がいつも積んであって、古いものから風呂の炊きつけに使う。新しい生木は湿っていて燃えにくいからだ。時々私も焚きつけを手伝った。
 藁でくくった薪の束をほどくと、なかからいろいろな生き物が出てきた。一番多いのは蜘蛛。それから蓑虫。カマキリの卵が産みつけられていることもあった。春先でちょうど孵化のタイミングと合ったのだろう、束のあいだから大量のミニカマキリが湧いて出てきたときには驚いた。たぶん三百匹くらいはいただろう。薪をほどいた私の腕やら胸やら顔やらにわらわらとはいのぼってきて、あげくのはては髪の毛のなかにはいりこんだり、鼻の穴にもぐりこんだりしてきたので、くしゃみが止まらなくて困った。
 ほかにもトカゲやら蛇やら、百舌鳥《もず》や山雀《やまがら》の巣が出てくることもあった。巣のなかには卵や孵化したての赤裸《あかはだか》のヒナがいて、それを蛇が丸呑みにしようとしていることもあった。

2012年11月14日水曜日

ふたつの夢「ふたつめの夢」

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  ふたつの夢「ふたつめの夢」
                            作・水城ゆう


 美容院のドアをあけたら、いらっしゃいませ、という元気な声がいくつも降ってきた。
 この美容院はオーナー美容師が自分の知り合いの知り合いで、カリスマ美容師たちのカリスマといわれているほどの腕前であり、また資格も持っている人だということだ。彼に切ってもらうのが理想ではあるが、私はとくにこだわっていない。若い美容師に交代で切ってもらっている。彼らとよもやま話をするのが楽しみでもある。
 元気な声は彼らと彼女らのもので、自分がはいっていくとすぐに、お荷物をお預かりしますこちらへどうぞ、といって丁重な扱いを受けた。
 自分はパナマの帽子と風呂敷包みを預け、鏡台の前の椅子によっこらしょと腰をかけた。
 外苑前から国立競技場に向かう途中にある店で、明るい道路に面しているのになぜか地下にあって、店内は薄暗い。しかし、明かり取りの窓が地表近くにあるので、完全な闇というわけでもない。地下特有の水のにおいというか湿気を感じる。
 ちりちりにちぢまらせた髪型の若い美容師がやってきて、今日はぼくが担当させていただきますどうぞよろしく、といってこちらの髪をちょっと触った。
 どうなさいますか、というので、任せるけどさっぱりと軽くしてくれないかなプールで泳いでいるので水に濡れた後始末が楽なのがいいんだ、と答えた。このちょっと伸びた感じはけっこうかっこいいですよもったいないですね、といわれたが、いや思いきってさっぱりとやってくれと要求した。
「そういえば、お客さん」
 と、若い美容師がいう。
「以前、この店に住んでおられたそうですね」
 自分はびっくりして聞き返そうとした。
 若い美容師はちゃきちゃきと鋏を鳴らしはじめた。切られた髪がするどく飛んで、凶器のように目に突きささるような気がして、自分は思わず目を閉じた。
「おれが? ここに?」
「ええ、オーナーからそう聞きましたけど」
 いわれてみると、そんなことがあったような気がしてきた。たしかに自分は一時期、地下室に住んでいたことがあった。光があまり差しこまなくて薄暗いことはそれほど苦でもなかったが、湿気が多いのにはまいった。業務用の除湿器を買って、四六時中回していた。バケツ一杯ほどの水が数時間おきにたまるほどだった。
 それがこの場所だったとはうっかり忘れていた。
 自分はあらためて鏡越しに店内を見回してみた。
 地下室なのに天井がかなり高い。ダクトが天井からのびていて、そこで換気がされているようだ。美容室なのに本棚がある。オーナーの趣味だろうか、床から高い天井までしっかりと作りつけられた本棚に、文学書や思想書を中心にびっしりとハードカバーが並んでいる。
 本棚がない部分の壁には額にはいった絵がかけられている。ひとつはモノクロの、目つきの鋭い猫を抱いた裸女の絵。もうひとつは「強盗」とキャプションがはいった雑誌の表紙のような絵。
 本棚といい絵といい、美容院にしてはかなり変わった内装だ。
 ここに自分が一時期住んでいたらしい。
 自分が住んでいたときは、本棚も絵もなかった。自分はほとんど本を持たない人間で、思い出してみるとソファベッドをここに置いていた。昼間はソファとして使い、夜になるとがらがらと引きのばしてベッドにし、真っ暗闇のなかで湿気を感じながら眠りについていた。
 ちゃきちゃきと飛んでくる髪をがまんして薄目をあけると、鏡のなかでは自分の背後にカウンターがあるのが見えた。カウンターにはウイスキーやリキュールの瓶がならんでいて、さらにその内側にはサイフォン式のコーヒーメーカーがあり、美容師がコーヒーをいれている。
 もうひとつ奇妙なことに、私のすぐ背後で女がひとり、光る板を持ってなにやら読みあげている。
 どうやら朗読をしているようだ。
 彼女も最近、この店のオーナーに髪を切ってもらったらしく、大胆ともいえるほど短いカットになっている。私は長い髪の彼女しか知らないので、まるで知らない人を見るような気がする。
 ここに自分が住んでいたときは、だれに遠慮することもなく音を出せたので、ピアノを置いて、昼夜かまわず演奏していた。
 いまはカウンターもあるし、私が住んでいたころほど広くはなくなっているので、ピアノはなく、せいぜいカウンターの端っこに小さなキーボードとコンピューターを置いてささやかに演奏する程度だ。
 さて、ようやくここにたどりついた。
 私の演奏をいまあなたは聴いている。
 彼女の朗読をいまあなたは聴いている。
 彼女がいままさに読んでいるのは、この文章だ。
 これは私の夢なのか、それともあなたの夢なのか。