2009年12月5日土曜日

Ranmaru Blues

(C)2009 by MIZUKI Yuu All rights reserved
Authorized by the author

----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #3 -----

  「Ranmaru Blues」 水城雄


 おうおう、なんだって黙って人の前を通りやがるんでぇ。ひとこと挨拶ぐれぇしろって。
 まぁそんな顔すんなよ。なにも取って食おうってんじゃねえんだ。こう見えても、心優しいんだぜ、おれぁ。飼い主が優しいいい人だと、猫もそうなるってもんよ。知ってるだろう、おめぇだってよ。
 おれの名か? おれの名は蘭丸ってんだよ。
 おう、てめぇ、いま笑ったろ。いーや、笑った。失礼な野郎だな。そういうてめぇはなんてぇ名だ。メルドー? なんだ、そりゃ。それが猫の名か? あんだって? 有名なジャズピアニストの名前をいただいたんだってか。そんな名前、おれぁ知らねえな。
 いや、まるっきり無学ってわけじゃねえんだぜ、こう見えても。けっこういい暮らししてんだ、これでも。
 おれの前の飼い主ってのは、おめぇもきっとうらやむようなきれいな人でな、歳の頃は人間歳で数えて26だった。花も盛りってとこよ。いや、ひとりもんだった。ひとりもんだったけどよ、ときどき男は来てたな。おれぁそいつがあんまり好きじゃなくてよ。ご主人さまには似つかわしくねぇようなじじぃでな、ま、ご主人さまの男の趣味についてとやかくいう筋合いはねぇけどな。ま、おれも適当にあしらってやってたわけよ。でもまあ、あんまり気にくわねえ感じだった。
 なんの話だ?
 そうそう、おれがまるっきり無学じゃねえって話だった。おれのご主人さまってのは、それぁ努力家で、勉強家だった。普段はドーナツ屋でドーナツを作ったり、客の相手をしたりして生活費を稼いでるんだが、本当にやりたいのは声の仕事らしいんだな。いわゆる声優ってやつよ。
 声優なんてのは、声がよくて、セリフがすらすらとしゃべれればだれでもやれそうに思うんだが、実際にゃそういうわけにはいかねぇらしい。事務所だの、養成所だの、コネだの、複雑怪奇な人間族のシステムがあって、まるっきり実力だけの世界でもねぇらしいんだな。もっとも、実力がねぇことには話にならねぇからな。だからご主人さまは毎日朝からカツゼツとかいうものの練習をしたり、少しでも声にからんだ仕事だとほとんどカネにもならねぇってぇのに出かけたりしてたな。養成所とかいうところに高ぇカネ出して通ったりな。
 努力家なんだな、ようするに。美貌は天からさずかったものだとしてもな。
 おれもそれに、ま、なんちゅーか、触発されたっつーんですか、このツラに似合わず、毎日読書にふけったりしたもんだ。それでもって、ガラにもなく「猫族における婚外交渉とHIV感染症の増加について」なんて論文を書いたりしたもんだから、この始末よ。学なんてぇものは、人生の幸せにゃあなんの関係もねぇ。むしろへたに学を身につけたりすりゃあ、このザマよ。猫にはそれぞれ、身に合った分ってぇもんがあるのよ。いまさらそんなことがわかって
も遅ぇけどな。
 あぁ、会いてぇにゃあ、ご主人さまに。いまごろなにしてるのかにぁあ。もうおれ様のことなんかすっぱり忘れて、あたらしい飼い猫だか、あるいはいまはやりのフェレットなんてぇものを飼ってるんじゃねえのかにゃあ。

0 件のコメント:

コメントを投稿