2015年8月23日日曜日

薪を割る女、蜜蜂

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   薪を割る女、蜜蜂

                         水城ゆう



 ちょっと億劫な気がして後回しにしていたけれど、今日は陽が高くなってもだいぶ涼しくてすごしやすい、たまっていた薪《まき》割りをいくらかでも片付けよう、と彼女は決める。
 それにしても、今年の夏は異常だった。というより、このところ異常なことが平常になっている。今年はいつまでも気温があがらずに雨ばかり降っていたかと思うと、いきなり暑くなってそれが何日もつづいた。かと思うと、いきなり涼しくなって、まるで一瞬にして夏が終わってしまったみたいだった。だからといって、春が長かったという感じもない。
 いまは秋で、秋が長くなった感じがするかもしれない。冬になってみないとわからないけれど。
 土間に立てかけてある薪割り用の斧を手に取ると、彼女は表に出る。家の前は雑木林で、斜面を降りると谷川に出る。いまも渓流の音が聞こえている。数日前の台風がもたらした雨のせいで、水かさが増している。もっとも、もう濁り水ではないことは、今朝がた確認した。
 家の横手にまわる。そこは畑で、その向こうには村の舗装された道路、ずっと向こうに何軒かの家、そして山並が見える。まだ秋空というより、夏の名残《なごり》の綿雲《わたぐも》が山のいただきの向こうからこちらにゆっくりと流れてくる。
 道路脇の畑の端に、林業組合の源《げん》さんに運んでもらった間伐材が積みあげてある。コナラやブナなどの雑木で、太さもまちまち、材木にはならないような切り株も混ざっている。一輪の手押し車を押していって、手頃な太さの木を積む。それを薪割り場まで運ぶ。
 薪割り場といっても、ひときわ大きくて安定している切り株をひとつ据えてある畑の脇のただの空き地で、割った薪を積みあげておく下屋《げや》に近い。すでにいくらかの薪が積んである場所の、家の角のほうには、みつばちの巣箱がある。今日も巣門を盛んに出入りする羽音が聞こえている。
 手押し車をひっくり返して間伐材をぶちまける。間伐材は源さんがあらかじめ薪にちょうどいい四、五〇センチの長さにカットしてくれている。適当な一本を選び、切り株の上にすえる。太さからいって、このコナラの木からは薪が四、五本、取れるだろう。
 斧を振りかぶり、振りおろす。斧の刃が切り口の中央に食いこみ、そのまま木を一気に縦に割る。小気味のいい乾いた音が谷にひびく。
 やがて六十にもなろうという女手で薪割りなどやっていると、若い連中からびっくりしたような、やや同情が入りまじった視線を向けられることがある。げんに娘の朋子やその一家は、年に一度都会から帰省するたびに、危ないからやめて、怪我したらどうするの、そんな仕事だれかに頼めばいいじゃないの、薪を買うお金に不自由があるわけじゃないでしょう、などという。そもそも、そんな大変な仕事をなんでお母さんがやらなきゃならないの、と。
 大変なんかじゃない。もちろん、大量に割らなきゃならないとなると大変かもしれないけれど、大変なことになる前にやめたり、休んだりする。けっして無理はしない。身体を使う仕事が彼女は好きなのだ。だからつらい思いまでしたくない。
 女には大変な力仕事だろうと思っている者もいる。実際、朋子の夫である婿さんはまだ三十代なかばにもかかわらず、まったく薪割りがうまくできない。子どもたちはなおさらだ。それは力の使い方や、身体の使い方がうまくないだけなのだ。
 たしかにある程度の力は使うけれど、婿さんのような力の使い方はしない。婿さんはやたらと力んで、腕の力で薪をたたき割ろうとする。彼女は腕の力などほんのちょっぴりしか使わない。斧があらぬ方向に飛んでいかないように軽く握っているだけだ。彼女が使うのは、もともと自分のなかにあるもっと強靭な筋力のほうだ。それは五〇キロ以上ある彼女の身体を楽々と運んでいる、彼女の中心部にある筋肉と、体重そのものだ。それを斧の先端に集めれば、薪は軽々と割れる。まったくどこも力む必要はない。
 ぽんぽんとおもしろいように薪が割れるのが楽しくて、まるで初霜の朝、少女が霜柱を踏みくずすのを楽しむようにして、彼女は薪割りをする。
 たちまちひと束の薪ができる。
 つぎの束に取りかかりながら、彼女はふとみつばちのことを思う。この下の黒谷のみつばちは、この夏、五箱あった巣箱が、アカリンダニとスムシにやられて全滅したという。ダニもスムシもみつばちにとっては強敵だが、蜂の群が強ければ全滅するようなことはまずない。彼女のみつばちも黒谷から分封したものだが、いまのところ元気だ。巣のなかにはダニもスムシもいるのかもしれないが、負けずに元気で働いている。
 みつばちの元気がなくなるのは、いろいろな理由がいわれているが、もっとも影響があるのは農薬だ。ここの谷に比べて黒谷は大きな集落で、田んぼも機械化が進んでいる。農薬もきっと最新式のものをたくさんまくのだろう。強い農薬をまかれれば、みつばちに限らず虫たちはたまったものではない。
 谷に虫がいなくなれば、鳥もいなくなる。鳥もけものもいなくなったら、だれが森を作るというのだろう。
 彼女の谷はせまくて、機械をいれにくい。ほとんどが棚田で、ほとんど耕作放棄地だったのが、ここ数年、都会から大学生たちが来て、自然農法とやらで米を作りはじめている。農薬は使わないので安心だ。彼女のみつばちもそのために元気なのかもしれない。
 三束、四束と薪の束を作ってから、彼女はみつばちの巣箱のようすを見に行く。ちょうどこの時間、巣箱の入口には、日の光があたっている。夏には巣箱のなかの温度があがりすぎないように、何匹かのみつばちが巣門にならんで風を送っている光景が見られた。いまは一、二匹がたまにやっているのが見える。
 先週、巣箱を調べたとき、ずっしりと重くなって、順調に蜜がたくわえられているのがわかった。そろそろ採蜜の時期だろう。採蜜の作業は神経と体力を使いなかなか大変だけれど、ここ数年やっていることなので、ひとりでやれないことはない。
 谷でひとりで暮らし、作物を作り、ときにはキノコや山菜を採取し、みつばちを飼う。薪を割り、風呂をわかし、星空をながめながらひとりではいる。みつばちは仲間のような気がしていて、おかげで寂しくはない。
 人生の終わりがどのようになるのか想像できないし、かんがえてもしかたのないことだと思う。一匹のみつばちの生涯も、活動期の働き蜂なら一か月ちょっとしかない。卵から幼虫、蛹になり、成虫になったら、幼虫や女王蜂の世話や、巣作りや掃除の仕事をしたあと、外に出て蜜や花粉を集める仕事をする。
 彼女もまた、いま、薪を割り、野菜を作り、山菜やキノコを摘み、みつばちを育て、森を作る。そこにはなんの栄光もないように見える。でも、本当にそこにはなんの栄光もないのだろうか。
 自分のみつばちたちが元気に働いているのをたしかめると、彼女はもうすこし薪割りを進めておこうと思う。薪割り場にもどり、今度はすこし腕がためされそうなブナの大きな切り株に取りかかる。

2015年7月29日水曜日

今朝の蜜蜂は羽音低く飛ぶ

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   今朝の蜜蜂は羽音低く飛ぶ

                         水城ゆう



 日が出たばかりの畑を、雨滴をためたミゾソバを踏みしめ、柔らかな土の感触に警戒しながら、彼女はゆっくりあるく。目的を持って。まっすぐに。
 ひさしぶりに雨があがった。谷の空気はたっぷりと湿り気をおびている。決然と歩く彼女の影は、くっきりと長く背後へとのびている。
 ふいに耳の至近距離を振動音が通過する。
 ぶうん。
 蜜蜂が一瞬にして通過していくが、すばやくて姿を追うひまもない。
 さらにもう一匹。
 ぶうん。
 うるさいな。
 彼女は口のなかでつぶやく。自分がほんとうにそうは思っていないことを自分でも知っている。しかし彼女はもう一度いう。
 うるさいな。
 蜜蜂にむけていっているのではないことに、すでに気づいている。
 うるさいな、もう。あいつも、あの子も、おかあさんもおとうさんも、それから自分も。自分がいらいらしていることに気づき、そのことでさらにいらいらする。なんでなんでもないのにこんなにいらいらするんだろう、うざいよ、もう、自分。
 ぶうん。
 蜂が飛びさった方角には養蜂箱がならんでいる。一列、二列、東西の方角に長くならんでいる。たぶん三十箱以上ある。べつの畑にもある。山向こうの谷にはもっとある。うちの仕事だ。
 梅雨も終わりに近づき、夏も本格的になると、蜜が取れる花もすくなくなる。幼虫や女王蜂のために、働き蜂たちはたくさん働きたくなっているのかもしれない。
 ならんでいる養蜂箱の一番端から異常はないか点検していく。電気で対策はしているけれど、山からの動物がまれに箱を襲うことがある。あるいは、蜜蜂が病気になったり、ダニやスムシにたかられたりして、被害をこうむることもある。なにか異常があれば、生まれたときから蜜蜂とすごしてきた彼女には、すぐにわかる。だから、朝の見回りは彼女の仕事になっている。
 眠いけれど、朝一番のこの仕事をいやだと思ったことはない。谷の空気を吸い、蜜蜂たちといっしょにいる感じは、彼女を落ち着かせてくれる。しかし、今朝は理由のないいらいらが彼女をわずらわせている。
 いらいらを追いはらおうと、彼女は蜜蜂の点検に集中する。もう花粉を持ち帰ってきて、巣箱にもぐりこんでいく蜜蜂がいる。うしろの両足にくすんだ黄色の花粉だんごをくっつけて帰ってくる。よかった、この子はどこかに花を見つけたんだ。それを仲間に知らせて、みんなが取りに行くことだろう。そしたらこれは、幼虫の体を作るタンパク源になる。
 クラスメートで養蜂の仕事を理解している者はいない。担任の霜島先生だって理解しているとは思えない。
 今年の春、年度が変わったばかりのころ、霜島先生から訊かれた。
「ミツバチが全滅しちゃう病気が世界中で流行しているらしいけど、おまえのところはだいじょうぶなのか?」
 蜂群崩壊症候群というやつで、日本ではまだそれほど大きな問題になっていないけれど、欧米では大問題になっている。ダニ、ウイルス、農薬など、いろいろな原因がさぐられているけれど、まだはっきりとしたことはわかっていない。特定の農薬を糾弾する環境運動家もいるけれど、問題はそれほど単純じゃない、とおとうさんがいっていた。
 霜島先生が心配してくれていることがわかって、そんなことを伝えたのだけれど、うまく伝わったかどうかはわからない。
 クラスメートたちとそんな話はまったくできないし、する気も起こらない。みんな、ゲームかアニメかファッションか、友だちや友だちの家のことや先生たちの噂話か、どうでもいいようなことを一日中熱心にしゃべっている。
 彼女は突然、自分がなんにいらだっているのかわかったような気がする。
 そうだ、あたしはみんなの愚かさにいらだっているんだ。いや、みんなだけじゃない。先生たち大人も、社会全体も、あたし自身も愚かで、なんにもわかっていない。もっといっぱい知りたいのに。もっといろんなことがわかりたいのに。
 日がだいぶのぼった。まだ穂をつけていないススキの葉先には乾ききっていない水滴がキラキラと光っている。その手前を、金色に光った蜜蜂たちがピュンピュンと山に向かって飛んでいく。斜め三〇度くらいの角度で飛びあがり、すぐに見えなくなってしまう。その先の山すその谷川ではアオサギが岩の上から朝食を物色している。
 世界はこんなに美しいのに、美しく見えているだけなのかもしれないと思って、彼女は苦しくなる。
 一番奥の巣箱の前で、彼女は足をとめる。なんとなく養蜂箱のふたをそっと持ちあげてみる。面布は着けていない。なかでは数万匹の蜜蜂が団結しているサインのジュワジュワという羽音をいっせいに立てる。
 異常なし。
 ひたいに一匹のミツバチがコツンとぶつかってきた。
「ごめんごめん。邪魔しちゃったね。すぐに閉めるからね」
 刺されはしないことを彼女はよく知っている。でも、もっともっとミツバチのことを知りたい。おとうさんよりももっとたくさん知りたい。知りたいのはミツバチのことだけじゃない。
 神さま、あたしにこの世の秘密を教えてください。
 祈りながら、彼女はそっと箱のふたを閉める。

2014年10月9日木曜日

木漏れ日のなかで

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   木漏れ日のなかで

                         水城ゆう



 木漏れ日のなかでちらちらと変化する赤の色彩がゆっくりとこちらにやってくるのを見つけ、私はおどろいて立ちどまった。いつもあの子がここを通るのを知ってはいたけれど、偶然こうやって出くわしてみると、不意をつかれたように胸がたかなる。
 あの子に見つからないように、木立の影に身を隠す。頭にかぶった赤い布に反射する光が不規則に動くのは、彼女が右を見たり左を見たりしながらゆっくりと歩いているせいらしい。ふらふらしているわけではなく、なにか目的を持った動きだ。私はすぐに彼女の目的を理解した。
 ちょうど私の真正面、森のなかを通る小径が私の隠れている木立にいちばん近くなっているあたりで、彼女は歩みをとめ、その場にしゃがみこんだ。そこは木立がまばらになり、ちょっとした緑の広場のようになっている場所だった。夏の朝の太陽が明るく差しこむ場所に、少女がまるくしゃがみこみ、草のなかに手をのばしている。
 そのようすを私はうっとりとながめた。
 半分おとなになりかけた少女の存在のうつくしさといったら、どんなものにもたとえようがない。あの衣服の下にはふくらみはじめ、いままさに開こうとする花のようなからだがある。
 私にもおなじようなときがあった。自分のことながら不思議な思いで自分のからだをまさぐったり、愛撫してみたものだが、あの子もきっとそうしていることだろう。私はその姿をいつも想像する。想像しながら、この熟れきったからだをなぐさめる。
 あの子が私にたいし、あこがれに似た熱をおびた視線を送ってくることに、私はちゃんと気づいている。そういう年齢だ。成熟したものへの強いあこがれがあることを私は知っている。
 村人たちは四つ歳上の漁師のピョートルに彼女が気があるといって、ことあるごとにからかったりするが、あの子はピョートルなどに関心はない。男にたいして怖れはあっても、まだ止めようがない磁力を感じたりはしていない。それを感じているのは、私にたいしてなのだ。
 木立の陰から目をこらし、彼女が野いちごをつんでかごに入れているようすを見つめた。思わず荒くなったこちらの呼吸の音が聞こえやしないかと、あわてて口をすぼめる。動悸と息づかいのたかまりとともに、自分の身体の奥がねっとりと熱く燃えはじめるのを、私は感じている。

 森のなかでも何か所かよく日のあたる場所があって、この季節、たくさんの野いちごが採れる。あたしがたくさん摘んで帰ると、おばあちゃんはそれをジャムにしてくれる。おばあちゃんのおいしいジャム。大好き。
 赤い実が緑の葉っぱのあいだにいくつも見える。よく熟しているものを選び、実をつぶさないように気をつけながら指先で折りとり、かごにいれる。まだ青白いものもあるので、それはまた何日かしてから収穫しよう。
 こうやって森にひとりでやってくるのも好きだ。おばあちゃんの家で本を読んだりするのも好きだけど、外のほうが好き。でも、村のまわりにはいつもだれか知った人がいて、なにやかやと話しかけられるのが面倒だ。とくにピョートルのことでからかわれるのは嫌。絶対に嫌。彼のことなんかなんとも思っちゃいないし、人が見ているとわかるとねじくれた髪を指でつまんでくるくると回しはじめるあの手つきが気持ちわるい。気持ちわるくて目をそらすのに、みんなは私が恥ずかしがっているのだと思いこんでいる。ピョートルもそう思っているにちがいない。
 いいんだ、カーミラのおばさんに守ってもらうんだ。なぜかおばさんなら私がピョートルなんかなんとも思っていないことをちゃんとわかってくれているような気がする。そんな話はしたこともないけど、そんな気がする。おばさんがあたしを見る目は、なにもかもわかっている人の目だ。
 あたしはカーミラのおばさんが好き。あたしもああいう大人になりたい。きれいで色っぽくて、でもつよくて男の人も気安く寄りつけない感じ。
 一度でいいからおばさんにぎゅってしてもらいたい。あの大きな胸に顔をうめて、いやなことを全部聞いてもらって、思いきり泣けたら、死んだっていい。あたしの身体をよしよししてくれるおばさんの手を想像すると、あたしの身体は暖かくなって、柔らかくなって、でも奥のほうはきゅってなって、とけてしまうみたいになる。

 かごのなかが野いちごでだいぶいっぱいになったのが見える。あの子はそろそろ立ちあがって帰りかけるだろう。
 私は決意して立ちあがり、木立の陰から出た。今日こそあの子を手にいれるのだ。今日をおいてチャンスはない。なんとか理由をつけてあの子をこの場にとどまらせ、先回りして祖母の家に行く。まずは祖母を片付け、それからあの子を私ひとりのものにする。
 私が近づいていくと、あの子も私に気づき、赤い頭巾の下から私をまっすぐに見た。その目に、隠しがたい喜びの色が浮かぶのを、私はたしかに見た。
 作る必要もなく私にも喜びの笑みが生まれた。
 両手を差し出せば、そのままこちらの胸に飛びこんできそうだ、と私は思った。

2014年8月4日月曜日

ベニテングタケ子の好奇心

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   ベニテングタケ子の好奇心

                         水城ゆう


       1

 あたしはおそれているのです、あの子のことを。たしかにあたしの娘であるからには、次々と男をとっかえひっかえ渡りあるく性癖も理解できようというものですが、それにしてもあの子にはどこか、あたしとは決定的にちがうところがあります。
 もちろんそれは「ベニテングタケ」のせいにちがいありません。
 あたしが生まれたミジュリシュカヤフスタニントン村にはふるくから男たちだけのあいだにつたわる奇妙な風習があって、それはベニテングタケが採れるとそれを三日間天日干しにしたあと、こまかく砕き、アルコール度数九八パーセントのアクアヴィットにつけこんで一年おいたベニテングタケ酒を、祭りのときに回し飲みするというものです。男たちはアルコールとベニテングタケの幻覚成分で神様と交信し、翌年の収穫を占うというのですが、実際にはただいい気分になって女たちとまぐわうにすぎません。
 聞いたところでは男の絶頂は女のそれに比べて十分の一とか二十分の一しかよいものではないらしいではありませんか。なんとも気の毒ですが、ベニテングタケ酒を飲むと全身がものすごく敏感になって女とおなじくらいあれがよいものになるというのです。
 ならば、女があれのときにベニテングタケ酒を飲んだらどうなるんでしょう。
 あたしはそのときまだ十九で好奇心のかたまりでしたし、男といたすことについてもいまほど慣れきってはいませんでした。その日のあたしの相手はあたしよりひとつ年下の、まだそれまでに二度しか交わりをもったことのないハタケシメジ夫でした。彼が部屋にしのんでくる夜中の約束の時刻のすこし前、あたしは父や祖父がベニテングタケ酒を大切にしまってある地下室にしのびこみました。地下室の奥の、鍵がかかる棚にベニテングタケ酒がしまってあるのですが、あたしはその鍵がどこにあるのか知っていたのです。
 あたしは瓶からベニテングタケ酒をひと口、ふた口飲み、急いで部屋にもどりました。あたしの身体は火がついたように熱くなり、あそこも心臓がそこに移動したのではないかと思えるほどドキンドキンと脈打ってうずいていました。
 あとで思えば、そのときにあの子があたしのお腹に宿ったのです。

       2

 私のことをまるでいまにも重大犯罪を犯す者であるかのように母が警戒したまなざしで見ていることは知っている。実際、私が関係を持った相手の名前も素性もそのほとんどを母は把握しているはずだ。しかし、そのこと自体は犯罪とは関係がない。私自身、犯罪をおかすつもりなど毛頭ないのだ。
 しかし、私には、好奇心、がある。
 どうしようもなく押さえきれない、肥大しきった好奇心。
 もし男のふくれあがってベニテングタケ化したあそこを切りとって食べたらどんな味がするのであろうか。
 私が寝た男は、全員、あそこがベニテングタケ化する。

       3

 最初に気づいたのは二年前のことでした。ということは、あの子は十七だったということです。
 そして今日、仕事が早めに終わって、いつもより早い時間に家にもどってみると、あの日とおなじように気配がありました。あの子だけでなく、だれか来ている気配があったのです。あたしはとっさに息をひそめ、そっと家のなかにはいりました。
 あの子の部屋から物音と人の声が聞こえてきました。そう、あたしにはすっかりなじみのある、男と女のひめやかな声と気配。最初のときも、まだ十七のあの子が自分の部屋に男を連れこみ、コトにおよんでいることを、あたしは意外に冷静に受けとめていました。なにしろ、あたしもそのくらいの年ごろにはすでに何人か知っていたからです。ましてや時代が時代ですもの、十七のあの子は遅いくらいです。そして今日、それを当然のように受けとめながらも、あたしはどうしようか、身を持てあまして、なんとなくぼんやりと居間にたたずんでおりました。あの子の部屋からは男女の声が高まったり低まったりしながら、断続的に聞こえてきます。いつもより早い時間に帰ってきてしまった自分を後悔しはじめていました。そこであたしは、いったん家を出ようと思って、玄関に引き返そうとしました。
 そのときです。
 ひときわ声が高まったかと思うと、家具がぶつかる音がし、さらに声が異常なほどに高まりました。それはまるで、死の恐怖に接した人間がいまわの際に発するような、恐怖の叫びに似たようなすさまじい声でした。あの子の声ではなく、あきらかに男のほうの声です。
 あたしはびっくりして立ちすくみました。それはあたしですら聞いたこともない、快楽を極めたときの男の絶頂の声だったのです。

       4

 私が生まれたミジュリシュカヤフスタニントン村の風習では、男たちはベニテングタケ酒を飲んで女とまじわり、翌年の収穫をうらなうという。ベニテングタケ酒を接種した上での交接は、男たちにも神に接近する至福をもたらし、未来予兆ができるという話だが、真偽のほどは疑わしい。男たちが大きな快楽を手にいれるためにそのような儀式を捏造したのではないかと、私は疑っている。
 しかし、私と合体した男は間違いなく、本物の至福を得ることができる。私の身体はベニテングタケ酒を凌駕する快感を男に注ぎこみ、ときには発狂にいたる者すらある。
 たいていの場合、快感のあまり、最後の瞬間に接合したまま男たちは失神する。しばらくたつと、ようやく力を失って私のなかからどろりと抜けだすのだが、それはベニテングタケそのものに変化している。失神から回復すると、男たちはそれを股間に抱えたまま私のもとを去っていくのだが、その後それがどうなったのかは私にはわからない。その後、ふたたび私のもとにあらわれた男はひとりもいないし、だれひとり連絡がつかなくなってしまうからだ。
 私のなかから現れたベニテングタケは、見るからに毒々しくおいしそうだ。私はそれをしばしば口にふくんでみたが、それは私と男の体液の味しかしなかった。しかし、表面ではなく、それそのものを味わってみたとき、どのような味がするのか。
 私の好奇心はふくらみつづけるばかりだ。

       5

 そのあとすぐにあの子の部屋のドアが開きました。あたしは家を出るタイミングをうしなってしまいました。
 ドアから出てきたのは、あの子ではなく、ひとりの男でした。彼はなにも身にまとっていませんでした。だからあたしは見てしまったのです。男の股間からニュッと生え、丸く傘を張って毒々しく色づいたベニテングタケを。
 それはあきらかに男性の肉体ではなく、完全にキン類(キン類のキンはばい菌の菌ですお間違えなく)のそれでした。二〇センチもあろうかという茎の部分はほとんど真っ白、丸く張りだした傘は基本色が朱色がかった赤、そして白いイボが点在しています。
 娘を懐妊したとき、あたしは心配になっていろいろと調べたから知っているんですが、毒きのことされるベニテングタケの毒性はおもにイボテン酸、ムッシモール、ムスカリンなどで、じつはそう強い毒性ではありません。イボテン酸などは大変おいしい旨味成分なので、食べればとてもおいしいきのこなのです。たくさん食べれば中毒症状を起こすこともありますが。
 だから少々なら食べられるのです。そしていまこの男の股間に生えたきのこも、ぬらぬらと男女の体液にまみれ、いかにも食べてくれと訴えているかのようでした。

       6

 私は母にそれを切除し、ふたりで食べてみようと提案した。

       7

 あたしはキッチンから包丁を持ってきました。これを切りとって食べようと、娘から提案されたからです。それはとても魅力的な提案でした。それを実行することで、あたしと娘とのきずなも深くなるはずでした。
 しかし、このベニテングタケを切り取ることは、はたしてベニテングタケを切ることになるのか、それとも男の肉体の一部を切り取ることになるのか。
 あたしがこれを切り取ると、男はどうなるのか。
 そして、いままで娘と関係した数々の男たちは、いったいどうなってしまったのか。いまどこでなにをしているのか。

       8

 私は包丁を手にしたまま、おびえた視線を私に向けている母を見た。
 母は私の目に、強大な好奇心を見ているはずだ。
 私はかんがえている。この男のベニテングタケを食することで、私はいったいどうなるのだろう。ひょっとして私の生命が受胎したその瞬間からはじまっていた巨大なメタモルフォーゼの最終段階に到達するのではないか。そのとき、私はいったい、何者になるのだろう。
 きのこの女王かもしれない。
(おわり)

2014年4月21日月曜日

夜と朝をこえて

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   夜と朝をこえて
     ――沈黙の朗読のためのテキスト

                         水城ゆう


       1

 南西の風が北寄りに変わって、波の打ち寄せる音が変化したことに、彼女は気づいていた。しかしまだベッドから出る気にはなれない。すでに陽はのぼっていて、カモメが喉をつぶしたような声で鳴きながら島を低く飛びこえていくのも聞こえていた。毛布の端で頬に伝った涙をふきながら、いましがた見たばかりの夢のことを思いだしていた。
 船で島を出てついにもどってこなかった夫が、なんの前触れもなく帰ってくる。彼女はかつて夫を送りだした桟橋に立っていて、海から近づいてくる夫の船を見ている。船は出ていったときとなにも変わらず、古びて、船体のペンキはところどころはがれおち、船べりは岩場に何度も打ち当てたせいでささくれだっている。船名の最初の文字が欠け落ちているのも、舳先像《フィギュアヘッド》の女神の首が折れているのも、昔のままだ。
 船室のガラス越しにまっすぐこちらを向いて舵をとっている夫の顔が見えた。なつかしいツーストローク・エンジンの音に誘われるように、彼女は桟橋の突端に向かって小走りになった。海水で腐食されたギシギシいう板を踏みしめて走りはじめて数歩、彼女はすぐにこの桟橋がとうの昔に台風で流され、いまはもうないことを思いだした。そのあとに仮に作られた安普請《やすぶしん》のみじかい浮き桟橋が、いまもそのまま使われている。だから、この昔の桟橋はもうないのだ。そう気づいたとき、目がさめた。
 未明に雨が降ったらしい。水滴が付着した窓ガラスの向こうに、雲のかたまりの合間から、いまは青空が見えていた。カモメが二羽、三羽と飛びすぎていく。大きくため息をついてから、彼女はようやくベッドの上に身体を起こした。
 くしゃくしゃになった髪に指をとおし、かきあげる。くせ毛なのに指のとおりがいいのは、今日がこれから天候回復にむかう兆候なのかもしれない。ほんのわずかよくなった気分を種火《たねび》のように大切におこしながら、毛布を脇へずらし、ベッドの下に足をおろす。床は冷たく、なぜか内履きは遠くで「ハ」の字になり、おまけに片方は裏返っている。
 立ち上がってとにかく上履きをつっかける。フェイクファーの感触に足指がほっとあたたかくなる。まだ生きているのね。このような朝があと何回やってくるのだろう。とかんがえて、自分がまるで老婆のようなかんがえかたをしていることに気づいた。生まれてもうすぐ半世紀がたとうとしているが、まだ老婆とはいえない。身体はだいぶおとろえ、動きはにぶくなり、それに反してふっくらとしてきてはいるが、まだ顔も手も乳房もしわくちゃではない。
 寝間着を脱ぎ、着がえて階下のキッチンに向かった。
 流しの窓辺に置いてある小さな鉢植えのオリヅルランが、このところの春の日差しでようやく新芽をのぞかせている。この鉢は週に一回、町から食料や日用品を船で運んでくる男がくれたものだ。彼は彼女よりすこし歳上で、自分に恋心を抱いていることを知っていた。しかし、彼には自分の二倍ほどもある立派な女房がいて、いつも監視の目で彼を見ていることも知っている。
 オリヅルランに水をやり、湯をわかす。コーヒー豆をひき、ドリッパーにネルをセットし、丁寧にコーヒーをいれる。時間がたっぷりある自分には、なにごともゆっくりと丁寧にやる癖がついているのだが、それはいつごろからなのか自分でもわからなかった。
 東の窓ぎわに置いた椅子にすわり、もうそろそろまぶしくて直視しにくくなりつつある太陽と、その前を通過する綿雲をながめながら、ゆっくりとコーヒーを飲んだ。いつもの朝といいたいところだが、彼女は起きてからずっと違和感が耳の下から肩のあたりにわだかまっているのを感じていた。
 なんだろうか、この感じ。なにかがこの島に――彼女ひとりしかいないはずの島にいる。

       2

 コートハンガーにかけてあった白いショールを羽織《はお》ってから、南向きのドアをあけて外に出る。風が強まっているようだ。夜中、眠っているときも風の音がしきりに聞こえていたことを耳の奥が記憶していたが、それよりも風は強くなり、北寄りになっている。波頭《なみがしら》が風でささくれ、空中に誘われた水滴がさらにこまかい霧になって、潮《しお》のかおりを運んでくる。
 ドアの外の三段ある石段を、あたりに注意を払いながらゆっくりと降りる。違和感は島の北西の方角にあるような気がする。
 波の音にまじってギイギイという音が聞こえる。なにか岩に押しつけられ、こすれるような音。流木でもひっかかっているのか。右手のほうへ家をまわりこみ、岩場のほうに向かう。
 島全体は岩場にかこまれていて、家と灯台は盛りあがった地形のてっぺんに建っている。家の脇には林というより茂みに近いような小さな雑木林。その前には畝《うね》が五本あるせまい畑と鶏小屋がある。灯台は林の向こう側の北東の角に建っている。彼女が向かっているのは灯台とは反対側にのびた小径で、岩場をぬって斜めに海へと降りている。彼女はその小径をめったにたどることはない。それはかつて夫がサザエやアワビを採るために海にはいるときに使った道だった。彼女が海にはいることは、もうない。
 ながくとおっていない小径は、風で飛ばされた砂利や枯れ枝が足場の岩に乗り、ともすれば足をすべらせそうになる。落下し、岩にたたきつけられても、助けを呼ぶ手段はない。人がいるのは四〇〇メートル海をへだてた港だ。腰をかがめ、ときには岩をつかみ地面に手をつきながら、慎重に岩場を降りていく。
 やがてギイギイいう音の正体が見えてきた。船だ。たぶん漁船なのだろう、小さな木の船で、岩に打ちあてられ、ほとんどバラバラに壊れている。船体の上に乗っていた操舵室だけが、横倒しになってはいたがバラバラにはならず、岩と岩のあいだにすっぽりはさまって波に打たれていた。これが海面に揺さぶられるたび、岩肌にこすれてギイギイ音を立てているのだった。
 古びた船だ。人は乗っていたのだろうか。それとも、打ち捨てられた廃船が流れついただけだろうか。調べるためにさらに近づいた。
 横倒しになった操舵室のなかに人影が見えた。人が遭難しているのに出くわして、彼女は急に動悸が激しくなるのを感じた。どうしよう、死んでいるのかしら。死んでいるとしたらこわくてとても見れない。生きているとしてもどうしていいかわからない。助けを呼ぶ? ひとりで介抱する? 負傷していたらどうする? 立ちすくんだ足をなんとか運び、岩につかまりながら操舵室のなかをのぞきこんだ。
 舵にもたれかかるようにして倒れている人がいた。男だ。いや、その顔は男の子といっていいほど若い少年で、髪は濡れて額にへばりつき、顔面は真っ白だった。血の気はなかったが、生きていることはわかった。息があったからだ。ほかに怪我をしているようすはなかった。衣服はずぶぬれだったが、出血はなかった。
 彼女はドア口から上半身を突っこんで手をのばした。手の先が少年に触れた。声をかけてみる。反応はない。手で顔に触れてみる。冷たい皮膚はなめらかだった。掌を頬にあて、二度、三度と声をかけながらさすってみる。
 まるで長いまばたきの瞼が開くときみたいに、少年の目がなにごともなく開いた。

       3

 水平線から昇りはじめた太陽の光が島にとどき、まだまばらな東側の木々のあいだをとおって窓ガラスにまだら模様を作っている。いつもなら目がさめてもすぐには起きあがらず、ぐずぐずとベッドでだだをこねているのだが、今日はすぐに身体を起こした。隣でもうひとつの暖かみがこちらの動きに気づくこともなく寝息をとぎらせない。
 左のまぶたに朝日がわずかにあたっていて、女の子のように長いまつげがふるえている。いや、まつげがふるえているのではなく、光が動いているのだ。彼女はそれをうっとりとながめていた。だれかといっしょにベッドで朝を迎えるなんて何年ぶりだろう。
 少年がいっしょに寝たがったのだった。名前も年齢もわからない。彼は口をきかなかった。口をきけないのか、あるいはなんらかの理由で口がきけなくなっているのか。なぜあの船に乗っていたのか、どこから来たのか。なにもわからない。とにかく、夜をこわがって彼女にしがみつくようにしてベッドにもぐりこんだが、疲れた身体がすぐに彼を深い睡眠へと誘いこんだらしい。
 寝間着の上からガウンを羽織ろうとして思いなおし、裾の長いダウンジャケットを寝間着の上から着こんだ。階下に降り、外履きをはいてそのまま外に出る。
 林をすかして水平線に太陽が見えた。朝焼けはないが、いくつか浮かんでいる綿菓子のような雲の下はオレンジ色に輝いている。海は今朝はおだやかなようだ。
 林の手前にある鶏小屋のところに行くと、荷箱から餌の袋をつかみだし、風でバタバタしないようにくくってある取っ手の紐をほどき、なかにはいる。いつものことだが、鶏たちが餌の予感に鳴き声をあげ、あわただしく動きまわる。餌をあたえてから、巣箱のなかにある卵を回収する。およそ二十匹いる鶏が、今朝は六個の卵を産んでいた。全部自家用ではなく、余ったものはときおり港に持っていって売る。そのお金でバーに寄って、港の男たちとすこし話す。
 まだ暖かい卵を持って家にもどり、ダウンジャケットを脱いで代わりにガウンを羽織り、キッチンに立った。数日前に届けられたブロッコリーをゆで、パンを薄くスライスして、ベーコンエッグを作る。あの子、コーヒーはもう飲めるだろうか。ミルクがあったらよかったのに。彼女はもうミルクを飲む習慣を持っていない。

       4

 朝食を準備し、いっしょに食べ、昼食を準備し、いっしょに食べ、夕食を準備し、いっしょに食べる。その合間に話しかけ、沈黙で答えられ、パニックになった身体を抱きしめてやる。島を散歩し、鶏と灯台を見せてやる。畑に大豆をまくやり方を教え、いっしょに豆をまく。
 遭難者かもしれない少年のことを、彼女はまだだれにもいっていない。彼をさがしている人がいるかもしれないと思う。しかし、彼はさがされていないという直感がある。彼のことを通報しなければとかんがえると同時に、通報してはいけないともかんがえる。
 彼はひょっとしてこの島に、永遠に彼女といっしょにすごすためにやってきたのかもしれない。どこからか。そういえば、彼を乗せてやってきて難破した船の名前を確かめていなかった。少年をたすけた翌日、岩場におりてみると、そこにはもう船はなかった。バラバラになった船は満潮とともに波にさらわれ、流されてしまったらしい。思いかえすと、あの船はなんとなく、夢に出てきた夫の船とそっくりだったような気がする。
 明日は週に一回の町の男が食料品をとどけに来る日だ。少年をどうしようか。男にたのんで町に連れかえってもらって、警察にとどけてもらおうか。それとも隠しておこうか。男は少年を見たらどうするだろうか。何日かいっしょにすごし、おなじベッドで眠っていたことを知ると、男は嫉妬するだろうか。もし少年を隠しておいたとして、いつまでもそのことを知られずにいっしょにすごすことなどはできないだろう。それとも私はこの少年とずっとこの島でふたりきり、蜜月のようにすごすことを夢見ているまぬけな女なのか。町の者たちにそのことが知れたらどんなことをいわれるのやら。
 夕方、食事のしたくをしようとキッチンに行ったら、少年が立ったまま窓から外を見ていた。お腹がすいたのかと訊いてみたが、返事はない。待っててね、夕食はすぐにできるからね、といいながら少年にちかづいたとき、彼の身体がこきざみに動いていることに気づいた。震えている。こわいの? 船の事故のことを思いだしたの?
 少年がゆっくりとこちらを振りむいた。泣きそうな顔をしている。眠りにつく前、そして真夜中に目をさまして、何度かこういう顔を見せてからパニックにおちいった。そのたびに母親のようにぎゅっと抱きしめてやった。いまも両手をひらくと、少年が腕のなかに身体をあずけてきた。もう男の身体になりつつあるごつごつした背中に手をまわし、抱きよせて力をいれる。こわいことを思いだしたのね。もうだいじょうぶ。ここは安全だから。もうなにもこわいことはないわ。落ちつくまでずっとここにいていいのよ。私がお世話してあげる。守ってあげる。
 少年の背は彼女よりすこしだけ低い。やせた胸が彼女の胸に押しつけられている。何人かの男の口にふくませたこともある乳首が、少年の胸に押しつけられ、切なくうずいた。もう何年も男に抱かれていなかった。このうずきは母親が子どもに乳首を吸わせるときのものではなく、女の身体としてのものだ。明日になったら、町の男がやってくる前に電話して、警察官を連れてくるようにたのもうと思った。
 そのとき、少年が耳元でなにかいった。これまで一度も聞いたことのない少年の、声変わりがはじまったばかりのかすれた高い声。なんていったの? もう一度いって、お願い。少年がふたたび口を開いた。
「つなみがくるよ」

       5

 夜になって風がないだ。外はくもっているが、波もおだやかなようだ。夕食のあと、少年は彼女が持っていた本を読みはじめた。あれきりまたひとことも口をきかなくなっている。本はロシアの絵本で、ロシア語は読めないがカラフルなキノコがたくさん出てくるので気にいっていて、ときどき本棚から取りだしてはながめるのが好きだった。子どものときから持っている本なのでもうぼろぼろだが、どうしても捨てる気になれないのだ。
 テーブルをかたづけ、洗い物をはじめる。おおかた洗いおわりかけたとき、ふと首すじにつめたい空気を感じた。ふりむくと、玄関のドアがあいていて、少年の姿がない。読んでいた本はテーブルの上に置かれている。
 手をふき、あわてて外に出る。もう外は真っ暗だ。しかしまだわずかに夕刻の光がのこっていて、あたりのようすはなんとか見える。少年の姿をさがす。林のわきからつづく小径を灯台のほうに向かっている少年が見えた。そちらに向かいながら、少年が灯台の入口に立ち、木のドアをあけるのが見えた。
 少年の姿が灯台のなかへと消えた。彼女は小走りに灯台の入口にたどりついた。なかにはいる。石造りの階段が螺旋状に上へと向かっている。足音が聞こえた。彼女は少年のあとを追って階段をのぼった。
 階段の一番上に回転機械室があり、モーター音が聞こえる。外に出るちいさなドアがあり、ぐるりと灯台のてっぺんを取りまく手すりのついた回廊がある。ドアをくぐって外に出た。
 少年の姿はなかった。ぐるりと一周してみたが、いなかった。手すりから身を乗りだして下をたしかめてみたが、落下したようすもなかった。
 少年の姿はまるで煙が立ちのぼるかのようにかき消えてしまった。
 空を見上げると、うすい雲のむこうにぼやけて見える満月の前を、羽化したばかりの大きな蛾が一匹、ひらひらと飛びすぎていくのが見えた。

2014年4月16日水曜日

きのこ女

(C)2014 by MIZUKI Yuu All rights reserved
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  「きのこ女」 水城ゆう


 ガラス越しに柔らかな日差しがさしこんでくる。
 光線はトガリアミガサタケの編み笠のあいだを通って、私の腕にまだら模様を作る。
 外はから風が吹きすさぶ真冬らしい天気のようだが、この温室の中はじっとりとあたたかな湿り気をふくんだ別世界となっている。

 オニイグチモドキ。
 最初に温室を作ろうと思ったのは、いつのことだったろうか。たしか最初は、近所のホームセンターで買ってきた、組立式のちっぽけな温室だった。アルミの枠にガラスをはめこんだだけの、まるで透きとおった犬小屋のような温室。
 イッポンシメジ。
 その温室を私はベランダの隅に組みたて、通信販売でとどいた何種類かのキノコ栽培キットの菌床を中にならべた。ブナシメジ。シイタケ。エノキダケ。キノコは前から一度、栽培してみたいと思っていたのだ。薄暗い林の下地に見え隠れする不思議な植物。あやしくしっとりした手触り。
 キンチャヤマイグチ。
 実際に育てはじめてみると、うまく菌床を育ち、キノコを発生させ、大きく育てるには、いろんなコツが必要なことがわかってきた。ただ温室にいれ、温度と水分を保っているだけでは、うまく育ってくれないのだ。
 オトメノカサ。
 しかし、いろんな本を読んだり、きのこ栽培のマニアや専門業者をたずねて情報を得たりするうち、私にもしだいに何種類かのキノコを育てられるようになってきた。私のちっぽけなベランダの隅の温室の中で、栽培がむずかしいとされるキノコが何種類かイキイキと発生してくるのを見るのは、楽しかった。
 アンズタケ。
 そうなると欲が出てくるのは、人情というものだろう。私は、もっと大きな温室がほしくなった。幸い私はひとり暮らしだ。売れない漫画家なので、アシスタントもやとわず、ひとりでほそぼそと仕事をしている。私は思い切って、ベランダ全体を温室に改造してしまうことにした。そうして完成した大きな温室は、その湿度といい、生暖かさといい、まことに満足できるものであった。
 ウラベニホテイシメジ。

 ベニテングタケ。
 ベランダ全体を改造して作った温室は、あまりにも広々としていて、菌床だけではなんだかもったいなかった。そこで私は、クヌギの原木を持ちこんだ。直径一〇から一五センチ、長さ一メートルほどの原木を業者から二百本購入し、井桁に組んで温室のなかに積みあげた。湿度は七〇パーセント前後と高めに維持する必要があったが、そのための加湿器も持ちこんだ。しかし、なにしろ、温室だ。保温装置は必要としない。そんな環境が幸いしたのか、菌を接種した原木からは、やがてむくむくと無数のシイタケが発生し、特有のよい香りを温室に充満させるようになった。
 クサウラベニタケ。
 ベランダの温室は、大きな原木の山をふたつ作ってもまだ余裕があった。そこで私は、グリーンイグアナのケージを中にぶらさげることにした。
 アシベニイグチ。
 ペットショップで買ってきたグリーンイグアナは、ケージの中でさかんに舌なめずりし、密林の雰囲気をかもしだしてくれた。そもそも私は乾燥が苦手で、空気が乾燥していると鼻がカサカサしてくしゃみが止まらなくなったり、ぜんそくぎみになったりすることが多い。乾燥しているところよりじめじめとした気候のほうが向いているのだ、ということを、その頃になってはじめて自覚したものだ。キノコ温室の中にいると、身体の調子までよくなるようだった。
 カラマツベニハナイグチ。
 持病のぜんそくも、温室を作ってから発作が軽くなったような気がした。高い湿度と適度な温度によって、温室にいるときは体調も快調で、仕事のアイディアもはかどった。湿度でノートがすぐにべたべたし、紙がぐにゃぐにゃするのは困ったが、温室にアイディアノートを持ちこんで仕事の構想を練るのが私の日課になった。
 ある日、私はいつものように温室の中で植物たちの世話をしていて、ふと思いついた。
 ホンシメジ。
 ここに仕事机を持ちこめないだろうかクリフウセンタケ、と。

 コフキサルノコシカケ。
 ベランダを改造して作った大きな温室といえども、さすがに漫画家の巨大な仕事机を持ちこむことはできそうになかった。そうしようと思ったら、せっかく持ちこんだクヌギの原木やグリーンイグアナのケージを撤去しなければならなくなる。それはいやだ。私はかんがえた。つまり、トリュフ、前庭に新しく温室を建てられないだろうか、と。
 いろいろ検討した結果、私は知り合いの工務店に相談し、前庭の敷地いっぱいを利用して専用の温室を建てることにした。ホウキタケ。ベランダの温室ですごす時間が多くなったせいか、不健康だった漫画家の生活のわりに健康状態がよくなり、このところ仕事がはかどるようになっていた。そのせいですこしだけ収入が増え、オオワライタケ、専用の温室を建てられるくらいの蓄えがあったのだ。
 十五坪ほどの前庭の敷地に、さっそく大きな温室が建てられた。
 新しい温室ができると、私はササクレシロオニタケ、ベランダの温室から菌床、原木、イグアナのケージなどを引っ越しさせ、さらに自分の仕事机や仕事に使う道具棚なども持ちこみ、そこで仕事をはじめた。
 イヌセンボンタケ。
 まことに快適であった。私は、ヌメリササタケ、ショウゲンジ、一日中じっとりと湿った空気のなかで菌類に囲まれた机に向かって仕事をした。体調は最高で、コレラタケ、睡眠もほとんど取る必要がなかった。ドクササコ。私は机の上にも菌床をびっしりと敷きつめ、いつでもキノコの胞子のかぐわしいかおりを味わえるようにした。ヤマドリタケモドキ。理由はよくわからないが、お腹もまったくへらなくなり、食事の回数もどんどん少なくなっていった。まるで全身からキノコの養分を吸収しているような感じだった。
 私は温室でカキシメジ仕事し、温室でシモフリシメジ眠り、温室でルズミシメジ目覚めたハエトリシメジ、ミネシメジ。いつしかそれが現実のできごとなのか、夢のなかのできごとなのか、区別がつかなくなっていったムラサキナギナタタケ。
 私はいまツキヨタケ、机にむかって仕事をしているが、私の腕、手、指、ペンには菌糸がからみついているハツタケ。私の全身も菌糸と胞子におおわれキチチタケ、右の脇腹と肩のあたりにはキノコが何本かスギヒラタケ発生している。私はとてもしあわせだ。このままキノコたちと同化しハナビラニカワタケ、温室のなかでまどろみながらサナギタケ、さらに菌糸をあたり一面にのばしていきたいヤグラタケ。私は菌たちとともにドクヤマドリ世界とシャカシメジひとつになるのだキクラゲ、マツタケ、オオイチョウタケ。

2013年10月11日金曜日

移行

(C)2013 by MIZUKI Yuu All rights reserved
Authorized by the author


   移行
              作:水城ゆう


私は木を見るように
あなたを見る
私は木をながめるように
自分をながめる

あなたは揺れている
風に吹かれて木が揺れるように
ときにはゆったりと心地よさそうに
ときには激しく嵐にもまれるように
私もそれを見て
ともに揺れる

灯台のてっぺんをすれすれにかすめて
戦闘機がやってきたとき
臆病な私は
闇夜を飛ぶ蝙蝠のように
ひらひらと逃げまどった

巨大な建屋が水素爆発を起こして
きのこ雲を吹きあげたとき
無責任な私は
死んだ蛇を振りまわす子どものように
きいきいと叫び声をあげた

それをあなたも見ていた

黒々とした巨大な波が壁のように押しよせてきたとき
あなたは幼い子の手を引いて丘の上をめざした
重機で築きあげた長大な岸壁が
豆腐をくずすみたいにあっけなく崩壊するのを見た

ラムネ壜のビー玉は
ビー玉ではなくて
本当はエー玉というんだよ
そんなささいな日常が一瞬にうしなわれて
瓦礫と放射性物質の山におおわれる

あなたの命は
大きな物語のなかに置かれているかもしれないけれど
あなたはもちろん
そんなことを望んではいない
私も望んではいない
あなたも私もささやかな物語を生きたいだけなのだ
それはささやかだけれど
美しい物語で
だれもがお互いを尊重し
しずかに愛しあっている

ひと粒のどんぐりが道ばたに落ちている
だれかがそれを見つけてつまみあげ
ポケットにいれる
しばらくしてどんぐりはポケットから取りだされ
土に埋められる
水分をふくんで
どんぐりはぷっくりとふくれ
皮をやぶって芽を出す
土から顔を出した芽は
光をあびて葉をひろげる
葉は風に揺れ
雨を浴び
光合成で二酸化炭素から炭素を取りだし
かわりに酸素を大気に放つ
どんぐりは風と光を浴びながら
樹木へと成長していく
それがあなただ

あなたは忘れてはいない
ファーストフードチェーン店でできあいのハンバーグをいつも食べなくても
ステーキ専門店で肉汁したたる焼いた牛を食べなくても
隣の畑で採れた季節の野菜と
私が作ったあたたかなスープをいただけば
それだけで充分に幸せであることを

あなたは思いだす
何リットルもの巨大エンジンを積んだ自動車を乗り回さなくても
冷え性になったり風邪をひきそうになるほどエアコンを回さなくても
私と連れだって自転車をこぎ
ベランダに打ち水をしてうちわをパタパタやれば
それなりに充分に楽しいことを

鉄とコンクリートでかためられた巨大な建造物はもういらない
木と土でできた古い家を補修しよう
マンションのために巨木を切り倒すのはもうやめよう
木々に巣箱をかけ鳥たちを呼びもどそう
原子力発電所を動かすのはもうやめよう
不便を楽しむ生活をしよう

あなたは朝
太陽とともに目覚める
日を浴び
酸素と二酸化炭素を交換し
活力を感じて
あたらしい一日に歩みだす
あなたは夜
夜の暗さを楽しむ
照明を落とし
暖かいくぼみに横たわり
休息の祈りをささげ
回復のために
眠りにつく

灯台のてっぺんをすれすれにかすめて
戦闘機がやってきたとき
臆病な私は
闇夜を飛ぶ蝙蝠のように
ひらひらと逃げまどった
そんな夜が二度と来ないことを
私とあなた以外のだれが祈っているだろうか
私とあなたの祈りがつながるように
夜の祈りが人々にとどくことを願う
政治家に
資本家に
社長に
株主に
官僚に
武器メーカーに

巨大な建屋が水素爆発を起こして
きのこ雲を吹きあげたとき
無責任な私は
死んだ蛇を振りまわす子どものように
きいきいと叫び声をあげた
そんな朝が二度と来ないことを
あなたと私以外のだれが祈っているだろうか
あなたと私の祈りがとどくように
朝の祈りが彼らにとどくことを願う

木を植える人がいる
種をまく人がいる
作物を育てる人がいる
靴を修理する人がいる
服を縫う人がいる
野菜を売る人がいる
年寄りが子どもたちに教える
子どもたちが年寄りの手を引く
自転車が通りすぎる
挨拶がかわされる
味噌と醤油が貸し借りされる
病気の人に寄り添う猫がいる
風が木々の葉を揺らして通りすぎていく
太陽と星々のかがやきが人々に安心をもたらす

笑顔のあなたがそこにいる
風に揺れる樹木のように
そこにいるあなたを
私は見ている
そういう街に私は住みたい