2009年11月8日日曜日

Blue Monk

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----- Jazz Story #12 -----

  「Blue Monk」 水城雄


「あなた、ひとつ聞いていい?」
「なんだ」
「あなた、あたしと結婚してから、浮気したことある?」
「おいおい、なんだい、唐突に」
「いいから、答えて」
「なんでこんなときにそんな質問に答えなきゃならないんだ」
「こんなときからだからこそ、教えてほしいのよ」
「待ってくれよ。おまえ、いまのこの状況、わかってんのか?」
「もちろんわかってるわ。もうどうしようもないってことぐらいね」
「まあ、それはそうなんだが……」
「だから、教えて。いいじゃない、もうあたしたち、終わりなんだから」
「終わりだからこそ、もっと有意義な話をしようじゃないか」
「有意義な話って、どんな話よ」
「それはその……あれだ」
「こんなことになって、いまさら有意義もなにもないじゃない。どうせ死ぬのよ、あたしたち」
「おい、それをいうなって」
「だって本当のことだからしようがないじゃない。現実を直視しなきゃ」
「わかった。現実を直視しよう。だから、昔の話なんか持ちだすのはやめろ。
どうしようもないだろう?」
「知っておきたいのよ、死ぬ前に」
「知ってどうする。どうせ死ぬんだ。知っても、その記憶は闇に消えるんだ。
どうせ消える記憶なら、清らかで美しい記憶のほうがいいだろう」
「あなた……」
「なんだ」
「そうやって話したがらないってことは、つまり、浮気したことがあるのね」
「なにいってんだ。あるわけないじゃないか」
「ほんとのこといって。どうせもうすぐ死ぬのよ。いまさらあたしに嘘ついてもしかたがないでしょ。最後に本当のことをいってよ」
「だから、浮気なんかしてないっていってるじゃないか」
「そうやって逃げるのね」
「逃げてなんかいないって。どうやって逃げるっていうんだ、こんなところから」
「そうね。外は真空だもんね。そしてエアーの残り時間はあと一時間」
「そういうことだ。いまさらあれこれいってもしかたがない。おれが浮気したことがあるかどうかなんて、どうでもいい問題なのさ」
「やっぱりしてたのね、浮気」
「してないって」
「なんだか熱いわ、あなた。息苦しいし」
「空調がおかしいんだ。酸素も残り少ないし」
「どうしてこんなことになっちゃったんだろう」
「わからない。すべて順調にいっていたのにな。コンピュータが暴走して、軌道をはずれてしまった」
「コンピュータなしじゃなにもできないのね、人間って」
「頼りすぎてたのかもしれないな」
「いまごろは無事に火星に到着して、植民地のみんなに再会しているはずだったのに」
「…………」
「ねえ、さっきの話だけど」
「浮気のことなら、ノーだ」
「…………」
「なあ、この曲、だれが演奏しているか知ってるか?」
「知らない。あなたはジャズ、あたしはテクノ。いつも違う音楽を聴いてたじゃない。いまはあなたに妥協してあげてるのよ」
「それはどうも、ありがとう」
「だれが演奏してるって?」
「モンク。セロニアス・モンク」
「ふーん、知らない。何歳くらいの人?」
「もう死んだ。ずっと前に死んだ。一世紀も前に死んだ」
「そうなの。なんか変な演奏」
「じっくり聴けばよさがわかる」
「そうね、じっくり聴けばね。でも、もうそんな時間はないわね、あたしたち」
「ああ……」
「浮気の話なんか持ちだしたりして、悪かったわ。いまさらそんなこと聞いても、しかたがないもんね」
「まあな」
「あたしの人生って、いったいなんだったんだろう。あなたのこと、なんにもわかってなかったような気がする。このピアニストのことだって、全然知らなかったし」
「それはお互いさまだよ。でも、そんなことをいまさらいっても、しかたがない。もうすぐ、おれたちはふたりとも死ぬ。人はみんな死ぬんだ。セロニアス・モンクを知ってる人も、知らない人も、みんな死ぬ。モンクもちゃんと死んだ」
「でも、彼はいまもこうやって聴いてくれる人がいる」
「その人間も、やがて死ぬ」
「…………」
「まんざら悪くもなかったよ」
「え?」
「きみといっしょにいられて、よかった」
「あたしもよ」
「いまもだ」
「うん」
「ほら、見てごらん。しし座のほうで流星が生まれているよ」

2009年11月7日土曜日

人形

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----- Urban Cruising #30 -----

  「人形」 水城雄


 やけににぎやかだと思ったら、テレビでは蜂蜜まみれになったクマのプーさんが、蜜蜂たちに追いかけられて大騒ぎを演じているところだった。
 やがて六歳にもなろうというぼくの息子は、かじりつくようにしてテレビに見いっている。
 このビデオ、もう何回見たことかわからない。
 風船が破裂したクマのプーさんは、その勢いで木にぶつかりそうになったり、地面をかすめたりしながら、猛烈な勢いで飛びまわっている。そのあとを、黒い雲のようになった怒り狂った蜜蜂の集団が、ブンブンとうなりながら追いかけていく。クマのプーさんは、無邪気にも木の洞(ほら)のたまった蜂蜜に手を突っこんでむさぼりなめたため、蜜蜂たちの怒りを買ってしまったのだ。
 やがて風船はしぼんでしまい、プーさんはあえなく墜落。が、しつこい蜜蜂はなおもプーさんに襲いかかってくる。
 心やさしい少年のクリストファーが、木の根っこにつまづいてころんだプーさんをひっつかみ、逃げる、逃げる。もとはといえば、プーさん、クリストファーに貸してもらった風船で、高い木の洞にある蜜蜂の巣までのぼったのだ。
 クリストファーとプーさんは、蜜蜂に追われて、とうとうどろんこの水たまり
に飛びこむはめになってしまった。うまい具合に持っていた傘をクリストファーが広げ、蜜蜂の大群の急降下爆撃をかろうじてかわした。
 大人が見てもおもしろい。子供が夢中で見るのもあたりまえだ。
 ほかにもディズニーのアニメビデオを、息子はたくさん持っている。ミッキーマウス、ドナルド・ダック、チップとデール、プルート、グーフィー、白雪姫、シンデレラ、ピノキオ、ダンボ。数えあげたら、きりがない。
 その中でも、息子はとりわけ、クマのプーさんが気にいっているようだ。
 画面では、難をのがれたプーさんが、今度はうさぎの家に行って蜂蜜をせびりはじめている。

 足を折り畳み、背中を丸めてペタンと尻をおとし、まるでおばあちゃんみたいな格好ですわりこんでいる。目はテレビ画面に釘づけになったままだ。
 生まれたときからなんだか暢気な性格で、おぼこいというか幼稚というか、とにかく子供っぽい。これでもう六歳になろうというんだから、おどろきだ。
 考えてみれば、そうなんだ、来年は小学校に入学だ。いつのまにこんなに大きくなってしまったんだろう。こんな赤ちゃんの延長みたいな性格で、ちゃんと集団生活が送れるんだろうか。クマのプーさんなんかいつまでも喜んでみていて、いいんだろうか。
 プーさんといえば、この子が生まれたとき、お祝いにぬいぐるみの人形をいくつかいただいた。その中に、クマのぬいぐるみがあった。灰色のクマで、サンディーという名前がついていた。
 いまでもそれは、息子の寝室に置いてある。
 彼を寝かしつけるのは、ずっと妻の役目だったが、ときおりぼくが寝かしつけてやることもあった。といっても、本をすこし読んでやるだけなのだが。
 そのときに、サンディーに役に立ってもらうのだ。
 息子は寝るときに枕を使わない。息子の寝室には枕が置いてない。息子と並んで横たわり、本を読んでやろうとすると、ぼくのほうは頭に血がのぼって具合が悪い。
 そこで、サンディーを枕がわりにちょいと使わせてもらうのだ。
 ちょうど具合がいい。
 サンディーはこぎれいな現代的なぬいぐるみのクマで、プーさんとは似ても似つかない。
 画面では、蜂蜜を食べすぎておなかが入口につかえ、うさぎの家から出られなくなったプーさんが、大騒ぎを演じている。

 おなかがつかえて動けなくなってしまったプーさんを、クリストファーがたすけだそうとするのだが、どうしても抜けない。あわれなプーさんは、つかえたおなかがやせほそるまで、そのままがまんしていなければならないことになった。
 うさぎは、入口をふさいだプーさんのおおきなお尻が目ざわりで、気になってしようがない。額縁をはめて花瓶をかざったり、ろうそくを立てたりと、工夫をこらすのだが、それが見ている者にはおかしい。クマのプーさんに出てくる人形たちは、みんな、どこかしらおかしなところがあるようだ。
 ぼくの息子はサンディーというクマのぬいぐるみをもらったけれど、ぼく自身も幼い頃、クマのぬいぐるみを持っていたことを覚えている。サンディーと同じく灰色のクマだったが、サンディーのようにこぎれいなクマではなく、いまから思えばテディベアというものだったように思う。
 かなり大きくなってからも、そのぬいぐるみを持っていた。まさかそれで遊んだわけではないが、おもちゃをしまってある押入をあけると、いつもそのテディベアが目についた記憶がある。あのぬいぐるみ、どうしたんだろうか。まさか、いまだにしまってあるということもないだろう。一度、おふくろに聞いてみることにしよう。
 なぜか男の子の人形というと、世間では「クマ」と相場が決まっているようだ。じゃあ、女の子はどうなんだろう。
 おもちゃ売り場などに行くと、じつにたくさんのぬいぐるみが山と積まれていて、目がチカチカするほどだ。でもやはり、ヒナ人形というものが定番なのだろう。うちには女の子はいないが。
 テレビでは、みんなが力を合わせて、プーさんをうさぎの穴からひっこぬこうとしている。

2009年11月6日金曜日

雨の女

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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #61 -----

  「雨の女」 水城雄


 雨が降り出した。
 ぽつり、ぽつり、ぽつり。
 雨は嫌いだ。雨が降ると私の心も身体も流れて行く。
 雨は嫌い。だから、早く来て欲しい。

 彼が来た。私の願いが通じた。
 彼が傘を差しかけてくれる。雨に濡れた私の身体を拭いてくれる。
 彼の手が私に触れる。私は彼の指を感じる。彼の優しい指が、私の肌に触れる。
 彼の指が私の腕をなでる。彼の指が私の指に触れる。まるで私の肌が波立つように、そこから心地良さが生まれて、私の身体のなかを通り抜けていく。
 私は思わずため息を漏らす。
 私は彼のために生きている。彼がいなければ私は生きていることができない。彼が触れてくれなければ私は自分の存在を確かめることができない。彼が触れていないとき、私は存在していないも同然だ。
 彼の指が私の肩をなぞる。私は自分の肩の形を意識する。
 彼の指が私の乳房をなぞる。私は自分の乳房の形を意識する。そして快感に思わず声をあげる。
 あああ。

 やがて彼は私から離れていく。
 行かないで。懇願する私を彼は置き去りにする。私はまたひとりぼっちで取りのこされる。
 風が吹いてきた。
 あ、傘が飛ばされた。
 大粒の雨が容赦なく私に降りそそぐ。彼がそのことに気づいて戻ってきてくれることを私は願う。しかし、私の願いは彼に届かない。彼はもう遠くに行ってしまった。
 雨粒が私に降りそそぎ、私を濡らしていく。
 雨粒が私のなかにしみこんでいく。彼によってかろうじて形を保っていた私の身体に、容赦なくしみこんでいく。もろくも私の身体は溶けくずれていく。腕も肩も乳房も、顔も耳も頭も、みんな雨によって崩れ、雨水とともに流れていく。
 雨はどんどん強くなる。
 私の身体はいまや濡れて汚らしい灰色の砂山にしかすぎない。
 流されていく私は、雨水とともに海に流れこみ、砂浜の一部にもどっていく。
 私は、また彼が、砂浜の砂で、私を、作ってくれる、こと、を、願う、の、み。

2009年11月5日木曜日

洗濯女

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----- Jazz Story #33 -----

  「洗濯女」 水城雄


 わたしは今日も川に行く。洗濯物を抱えて。
 山々のいただきは、とうとう白いものに覆われた。朝の空気は身を切るように冷たい。
 わたしの粗末な家から川までの道は、泥や石ころですべりやすい。畑や林を縫って、だらだらとくだっていく道だ。
 立ち枯れて、開ききった穂を風に揺らしているススキが、朝の日差しをすかして光っている。
 柿の実はすっかり熟して、いくつかは地面に落ちている。渋柿だが、わたしは今年も干し柿を作った。その残りが、まだ木になっている。
 干し柿を作っても、わたしたち夫婦には子どもがいない。食べるのはわたしと、彼だけだ。
 彼は今日も山にはいっている。今日は冬にそなえ、柴を刈りに行っているのだ。昨日は大きな山芋を掘りあげてきてくれた。その前はサルノコシカケを採ってきた。
 川のせせらぎの音が近づいてきた。
 小さな川だが、昨日の雨で少し水量を増し、豊かに流れている。下のほうのよどみの手前に、彼が作ったヤナがまだ仕掛けたままになっているが、今年の漁はもう終わった。
 わたしは洗濯物の入った洗い桶を石の上に置き、川の水に手を入れた。

 水は肌を切るように冷たく、痛かった。
 わたしは歯を食いしばり、洗濯をはじめた。
 洗濯物といっしょに持ってきた洗濯板を流れに差し入れ、その上で着物をゴシゴシと洗う。水の冷たさを払いのけるように、手に力をこめる。
 ゴシゴシと着物をしごいていると、やがて手が冷たくしびれてくる。
 一枚洗い終わるごとに、わたしは手を休め、両手をこすりあわせて暖めなければならなかった。
 何度めかの手休めのとき、わたしは川面になにか浮かんでいるものを見つけた。
 上流のほうから流れてくる。
 丸いなにか。プカプカと浮かんで、こちらに流れてくる。
 それはどう見ても、桃だった。しかも、異常に大きい。
 こんな季節に桃?
 わたしは腑に落ちない気持ちのまま、川に足を踏みいれ、手をのばしてそれを取った。
 ずっしりと重い。まるでなかに、赤ん坊でも入っていそうだ。
 わたしは洗濯物を洗い桶にもどし、その上に大きな桃を乗せた。
 早く帰って、彼に見せなければ。でも、まだ彼は山からもどってきていないだろう。
 わたしたちに子どもがいたらどんなによかったのに。ふとわたしは、そう思った。

2009年11月4日水曜日

サンタの調律師

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----- Urban Cruising #22 -----

  「サンタの調律師」 水城雄


 そのちいさな講堂にはいっていくと、まず大きなクリスマス・ツリーが目にはいった。
 イルミネーションが不規則に点滅している。
 イルミネーションの前では、子供たちが元気よく駆けまわっている。

 講堂にはいっていったわたしをはじめは気にもとめていなかった子供たちも、わたしがピアノのそばに行き道具箱を広げると、たちまち興味を示しはじめた。
 床に膝をつき、道具箱の中身を出してならべていると、講堂をかけまわっていた子供たちのほとんどが、わたしのまわりに集まってしまった。
「おじいちゃん、これ、なに?」
 とりわけ好奇心が旺盛で活発そうな女の子のひとりが、わたしにたずねた。
 わたしはその子を見た。
 膝をついているわたしと、目の位置がほとんど同じくらいだ。母親にゆってもらったのか、長い髪をきれいなおさげにして、赤いリボンを結んでいる。
 わたしはこたえた。
「これはね、調律の道具なんだよ」
「チョーリツってなに?」
 女の子はたたみかけるように聞いてくる。
「調律っていうのはね、狂っているピアノの音を、ちゃんと元にもどしてやることさ」
「でも、このピアノ、狂ってなんかいないよ」
「よく聞くと狂っているのさ」
 わたしは立ちあがり、アップライト・ピアノの天蓋、前板、それから下の板などを取りはずし、弦の部分をむきだしにした。
 子供たちのあいだから、歓声があがる。
 毎年、クリスマス・イブになると、この幼稚園にやってきて、ピアノを調律するのが、わたしのなによりの楽しみなのだ。

 イルミネーションの前で、わたしは仕事をはじめた。
 ちいさなハンマー、音叉、共鳴を抑えるためのゴムのクサビ、弦を巻きあげるためのドライバー。
 椅子の上にならべられたそれらの道具に、子供たちは鼻をこすりつけるようにしている。
 わたしはゴムのクサビを弦の間に打ちこんでから、おもむろにまん中のAの音を鳴らした。それから音叉を膝にたたきつけ、ピアノの共鳴板の部分にあてがう。澄んだ正弦波の音が、ピアノの音にからまる。
 ドライバーで弦をしぼり、最初の音を合わせた。
 まわりでは、子供たちが興味シンシンでわたしの一挙手一投足を見守っている。加えて、なにごとかを口ぐちにしゃべりあっているが、音を合わせられないというほどではない。
 これで、神経質だった若い頃なら、幼稚園の先生に頼んで子供たちを遠ざけてもらったろうが、いまではむしろ子供たちがまわりにいてくれたほうが、仕事は楽しい。
 そういえば、わたしの息子にもこのような時期があったのだ。あの頃はまだ子供が多くて、町内にも子供会などというものがあった。子供会でクリスマスをしたことをおぼえている。わたしをはじめとする父親たちが交代で、サンタの役をさせられたものだ。子供の人いきれでむんむんする集会場で、あの服装をしているのはかなりつらかったものだ。
 わたしももう、このくらいの孫がいても不思議はない年齢になっているのだが、どういうわけか息子は子供を作ろうとしない。嫁とふたりで、気楽にやっているようだ。
 それもそれでよかろう、というわけだ。
 そんなことを考えながら、わたしはかなり弾きこまれて狂ってきているピアノの弦を、次々と調節していった。

 幼稚園のピアノの調律は、30分ばかりで終わった。
 そのあいだ、子供たちがいれかわりたちかわり、わたしの仕事の進行具合を点検しにやってきては、口ぐちに質問をあびせていった。
「おじいちゃん、この機械、なに?」
「どうしてこんなところにゴムをはさむの?」
「おじいちゃん、ピアノを作ったりもするの?」
 彼らにとって、わたしの仕事や仕事道具は、興味がつきないらしい。
 調律が終わると、わたしはピアノを片づけ、道具をいつもどおり、きちんとしまいこんだ。
「おわり?」
 とひとりの男の子が無邪気な顔で聞く。
「ああ、おわりだよ」
「もう弾けるの?」
「ああ、弾いていいんだよ。きみ、弾けるのかな?」
 男の子はかぶりを振った。
「あたし、弾けるよ」
 横にいた女の子が、目をかがやかせて、いった。
「ほう。それはすごい。でも、ちょっと待っててね。ちゃんと弾けるかどうか、最後にもう一度点検してみるからね」
 そういって、わたしは椅子にすわった。
 この瞬間が、わたしには一番たのしい。
 わたしは指を鍵盤に乗せると、おもむろにジングルベルを弾きはじめた。
 まわりから歓声があがった。
 弾き終え、道具箱をぶらさげて講堂から出ていくわたしのあとを、子供たちがゾロゾロとついてきた。
「おじいちゃん、ほんとはサンタさんなんでしょ?」
 ふりかえったわたしの目に、クリスマス・ツリーのイルミネーションが見えた。
 わたしはうれしくてしようがない。

2009年11月2日月曜日

嵐が来る日、ぼくたちはつどう

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----- Another Side of the View #11 -----

  「嵐が来る日、ぼくたちはつどう」 水城雄


 レースの中止が決定したのは、9時をまわってからだった。
 でも、結局、中止になることはみんなわかっていたのだ。もちろん、ぼくにもわかっていた。天気予報を注意して聞いていたものには、皆、わかっていた。
 ぼくがハーバーにやってきたわけは、ほかでもない、船が心配だったからだ。いま、ハーバーに集まってきているのも、船を気づかってやってきた者ばかりだった。
「よお。磯崎さん、来てるぜ」
 スタンのもやいの具合をたしかめていると、うしろから肩をたたかれた。〈フリーキー・ディーキー〉のオーナーの樋口さんだった。いつもながら、不精髭だらけの顔だ。フリーキー・ディーキーのバースは、ぼくたちの〈ノー・ウーマン〉の隣だった。
「知ってますよ」
 と、ぼくはこたえた。
「きみも電話でかりだされたクチかい?」
「ちがいますよ」
 すでに磯崎さんが来ていることは、船のもやいを見ればわかる。台風にそなえて、いつもの倍くらい、もやいを増強してある。あとぼくに残された仕事があるとすれば、まだ揺れの来ないキャビンでコーヒーでもわかし、オーナーの労をねぎらうくらいだ。
「きみも来いよ」
 樋口さんが手まねきした。
「なんです?」
「コーヒーがはいってる。〈デコイ〉ではじめてる」
 ぼくに残された最後の仕事も、べつのだれかに取られてしまったというわけだ。
「すぐに行きますよ」
 樋口さんに返事しておいてから、ぼくはノー・ウーマンのデッキに飛び乗った。
 なにも女っ気がないから、ノー・ウーマンという名前になったわけじゃない。オーナーの樋口さんがボブ・マーレイを大好きだから、という理由からだ。ノー・ウーマンには、「ノー・ウーマン・ノー・クライ」と続く歌詞がついている。おまえさん、泣くんじゃねえよ。
 備えが完全に終わっていることはわかっていたけど、ぼくはひとわたり、デッキ上を点検した。まだほとんど感じるほどではないけれど、ハーバーの中にはわずかなうねりがはいってきているみたいだった。マストが左右に振れ、そのたびにリギンがカチャカチャ鳴る音が聞こえた。
 泣くんじゃねえよ、おまえさん。
 そういえば、フリーキー・ディーキーというのも変わった名前だ。なんでも、60年代の後半、アメリカではやったイカレたダンスのことなんだそうだ。その頃、アメリカ中を放浪したあげく、デトロイトで自動車修理工をやって食いしのいだことのある樋口さんの思い出にちなんで、そう名付けられたのだという。
 いやはや。いろいろあるもんだ。
 デコイも、命名にはちょっと変わったいきさつを持っている。デコイのオーナーは武部さんという建築資材の会社の社長だけど、三年ばかり前、離婚した。武部さんの奥さんは、女性にしては風変わりな趣味だと思うけれど、デコイを作るのが好きだった。デコイってのは、つまりあの木でできた鴨のことだ。子どもも大きくなって、手を離れてしまうと、それこそ朝から晩までデコイ作りに熱中しちゃうんだそうだ。
 ある日、たまたま虫の居所の悪かった武部さんは、作りかけのデコイで足の踏み場もないほど散らかった部屋を見て、つい大声を出してしまった。このロクでもないデコイを片付けるか、おまえが出ていくか、どちらかにしてくれ。
 翌日、武部さんは、部屋いっぱいのデコイを抱えて、独身生活にもどった。教訓を忘れないように、武部さんは自分の船にデコイという名前をつけた。
 教訓というのは、こうだ。
「女から理不仁なことをいわれても、男から理不仁なことをいってはならない。たとえ相手が妻であろうと」
 最後にブームカバーを点検してから、ぼくはノー・ウーマンを降りた。
 ぼくがデコイのキャビンにはいっていったとき、全員がいっせいにはじけるように笑ったところだった。
「いや、きみのことじゃないよ」
 独身の武部さんが、ぼくにコーヒーをいれてくれながら、説明した。
「ある人の噂をしていたもんでね」
「だれの噂ですか?」
 ぼくはたずねた。
「だれのって……ここにいないやつに決まってるだろうが」
 みんな、ニヤニヤ笑っている。
 ぼくはコーヒーカップを受けとって、あいている席に割りこんだ。
 総勢七人。いつもの顔。いつもの笑い声。
「ああ、またあの人の噂ですね」
「そう、あの人の、な」
 磯崎さんがいった。彼の目は、おまえ、おれが点検したあとのデッキでなにしてたんだ、といっている。おれが全部やっといた。完ぺきだったろうが、え?
 ぼくはいった。
「よくないですよ、いない人の悪口をいうのは」
 背をもたれてくつろぐと、まだ揺れはほとんど感じられなかった。

2009年11月1日日曜日

じぃは今日も山に行く

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----- Jazz Story #27 -----

  「じぃは今日も山に行く」 水城雄


 じぃは今日も山に行く。
 痛めた膝をかばいながら。杖にすがって。
 晴れ渡った空。木々はすっかり葉を落としている。空には高く、オオタカが舞っている。じぃはオオタカの巣がある場所を知っている。なぜなら、オオタカの巣の近くに、毎年大きなマイタケが出る木株があるからだ。
 オオタカの鳴き声が空から降りてくる。それはときに、じぃの嫌いな音楽のように聞こえることがある。
 じぃは空を見上げ、顔をしかめる。オオタカに鳴くのをやめよといっているみたいに。
 じぃのひとり息子は音楽をなりわいとしているらしい。じぃはそれが嫌なのだ。いや、そもそも、音楽自体が気にいらない。わけがわからない。そんなものをメシの種にする人種など、とうてい信用することができない。
 じぃは今日も山に入る。マイタケを狩り、山芋を掘る。
 じぃの一日の稼ぎは、息子の嫁が家でやっているデータ入力の仕事よりも安いほどだ。
 しかし、今日も膝をかばいながら、じぃは通いなれた山道を分け入っていく。

 オオタカの巣の近くのマイタケは、今年はもう採ってしまった。
 今年も大きなマイタケが採れた。じぃはその場所をだれにも教えていない。
音楽をやっている息子にも教えない。
 だから、じぃはマイタケの株を通りすぎて、もっと山の上まで登っていく。
 汗がポタ、ポタ、と、ミズナラの枯葉の上に落ちる。
 またオオタカの鳴き声が聞こえた。
 じぃは顔をしかめ、家にいる息子の嫁のことを考えた。
 もちろん、音楽なんぞで食えるわけがない。じぃの息子なのだ。才能がないことはわかっている。しかし、どんな夢を見ていることやら、息子はふわふわと生きている。嫁はカネにならない内職に精を出している。大きな腹を抱えて。
 前から目をつけていた山芋のツルのところまでやってきた。
 じぃは手ぬぐいで汗を拭くと、小鍬を手にして土を掘りはじめた。
 ザク、ザク、ザク。
 山芋は大きいだろうか。いくらで売れるだろうか。そしてじぃは、生まれてくる赤ん坊のことを思う。
 頭上高く、オオタカの泣き声が聞こえる。