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子どものころの七つの話「六 夏の話」
作・水城ゆう
子どものころに住んでいた家の庭には小さな池があり、井戸の水が引かれていた。井戸の水は年中ほぼ一定の水温で、夏は冷たく、冬は暖かく感じた。
夏には畑でとれたもぎたてのトマトや西瓜《すいか》がよく池に浮かんでいた。とくにトマトは毎日のようにおやつがわりに食べていた。よく冷えた丸のままのトマトにかぶりついて、汁をしたたらせながら食べる。いまのトマトとちがって青臭く、酸っぱかったが、凝縮された味と冷たさが贅沢だった。
夜になると蚊帳《かや》をつって、そのなかで眠った。
縁側をあけはなした座敷に蚊帳をつっていたのは父のアイディアだったろうか。風がとおって、もちろんエアコンなどというものはなかったが、涼しくて気持ちよかった。そもそもいまほど暑くなかったような気がする。夜になっても三十度を超えているなどという日はなかったと思う。
庭にむかってあけはなしてあるので、蚊はもちろん、いろいろな虫が舞いこんでくる。うちは河と山が近かったので、蛍もたくさんやってきた。昼間に遊びすぎて疲れはて、眠くて朦朧《もうろう》となった眼に、蚊帳の外を飛び交う蛍の光がうつっていたのは、ほとんど幻覚に近いような記憶として残っている。
蚊や蛍のほかにも、蠅や蛾ももちろん飛んできた。蛾は電灯を消すとすぐにどこかに飛んでいってしまったが、蠅はなにが気にいったのか蚊帳のまわりをしばらくぶんぶん飛んでいたりしてうるさかった。
カナブンやクツワムシが飛んでくることもあった。朝起きたら立派な角《つの》を持った雄《おす》のカブトムシが蚊帳にとまっていて喜んだこともあった。カスミ網に似ていたせいだろうか、雀《すずめ》やツグミが蚊帳に引っかかったこともあった。大きなカルガモとカワウが飛びこんできたときには、さすがにびっくりした。
たぶんボスだろう、巨大なニホンザルが蚊帳に引っかかって暴れまくり、網をずたずたに引きさいて逃げていったときには、父も私もかんかんになってしまった。つかまえてこらしめてやろうとしたのだが、追いかける私たちをキッと見返した眼光が妙に鋭く、思わずひるんで足をとめてしまった。そのボス猿の口には、池から拾ったらしいトマトがくわえられているのが見えた。
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