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----- Jazz Story #31 -----
「S'Wonderful」 水城雄
携帯電話をエプロンのポケットにもどしたとき、客が入ってきた。
中年というには若すぎる。青年と呼ぶには歳を食いすぎている。男が花屋に来ることが珍しいわけでもないが、それでもそう多くはない。
「いらっしゃいませ」
黒いスーツ姿。黒い革靴。しかし、ネクタイは黒ではない。
男は答えずに、ゆっくりと花を見渡している。
メールは母親からだった。
今夜は帰りが遅くなるらしい。が、姉が幼稚園からまっすぐうちに寄ってくれるらしい。だから、夕飯の心配はしなくていい。
「花束を、作ってほしいんだ」
「どのようなものを?」
「白い花が好きなんだが。いや、送り先の者がね。適当に選んでくれないか」
「ご予算は」
「適当でいい」
ぼくはうなずくと、何本かの花を抜き取った。白のグラジオラス、白のトルコキキョウ、それから白いカーネーションとかすみ草。
無造作にたばねて見せると、男はうなずいた。
「おくやみですか」
念のために聞いておく。
「いや」
男は眉をひそめ、首を振った。
剪定鋏で都合のいい長さに切りそろえ、花を束ねる。
根元を輪ゴムでとめ、水を含ませたオアシスペーパーを巻く。ビニールの小袋をかぶせてから、ホイルでかためる。
この作業にもすっかり慣れた。
店は兄が継ぐことになっている。仕事にあぶれたぼくは、ただの手伝いだ。
ときどき居場所がないような気がすることもある。
「これを届けてもらいたいんだ」
「どちらさまに?」
男が口にした住所と宛先の名前は、ぼくも知っているものだった。近所のおばさんのもので、店のお得意さまだ。子どものころからかわいがってもらった人だ。いまはひとり暮らしをしている。いや、一匹の猫といっしょに暮らしている。
そういえば、おばさんも白い花が好きだった。
「メッセージカードはつけますか」
尋ねると、男はうなずいた。
完成した花束をカウンターに置き、ぼくは何枚かのカードを男に見せた。
男はそれと花束を交互に見ながら、しばらく考えこんでいる。
「いや、やっぱりいい。やめとこう」
この人とおばさんはどういう関係なのだろうか。考えながら、ぼくは彼に花束を渡した。
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