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群読シナリオ「声」 原作:夏目漱石/構成:水城雄
出演 A
B
C
D
E
全員、ピアノの前に横一列に立つ。
向かって左から、A、D、B、Cの順。
その前の真ん中に、Dくんの椅子が置いてある。
A「豊三郎がこの下宿へ越して来てから三日になる」
D「(Aの次の文「始めの日は……」にかぶせながら)豊三郎がこの下宿へ越して来てから三日になる……(以下、「窓の外でしきりに鋸の音がする」まで読みきる)始めの日は、薄暗い夕暮の中に、一生懸命に荷物の片づけやら、書物の整理やらで、忙しい影のごとく動いていた。それから町の湯に入って、帰るや否や寝てしまった。明る日は、学校から戻ると、机の前へ坐って、しばらく書見をして見たが、急に居所が変ったせいか、全く気が乗らない。窓の外でしきりに鋸の音がする」
A「(みんなの読みが後追いで重なってくるなか、自分のペースで読み進めていく)始めの日は、薄暗い夕暮の中に、一生懸命に荷物の片づけやら、書物の整理やらで、忙しい影のごとく動いていた。それから町の湯に入って、帰るや否や寝てしまった。明る日は、学校から戻ると、机の前へ坐って、しばらく書見をして見たが、急に居所が変ったせいか、全く気が乗らない。窓の外でしきりに鋸の音がする」
B「(Dの次の文「始めの日は……」にかぶせながら)豊三郎がこの下宿へ越して来てから三日になる……(以下、「窓の外でしきりに鋸の音がする」まで読みきる)始めの日は、薄暗い夕暮の中に、一生懸命に荷物の片づけやら、書物の整理やらで、忙しい影のごとく動いていた。それから町の湯に入って、帰るや否や寝てしまった。明る日は、学校から戻ると、机の前へ坐って、しばらく書見をして見たが、急に居所が変ったせいか、全く気が乗らない。窓の外でしきりに鋸の音がする」
C「(Dの次の文「始めの日は……」にかぶせながら)豊三郎がこの下宿へ越して来てから三日になる……(以下、「窓の外でしきりに鋸の音がする」まで読みきる)始めの日は、薄暗い夕暮の中に、一生懸命に荷物の片づけやら、書物の整理やらで、忙しい影のごとく動いていた。それから町の湯に入って、帰るや否や寝てしまった。明る日は、学校から戻ると、机の前へ坐って、しばらく書見をして見たが、急に居所が変ったせいか、全く気が乗らない。窓の外でしきりに鋸の音がする」
全員、一フレーズずつずれた状態で冒頭の段落を全部読みきる。
読み終えたら、そのまま待つ。
B「鋸の音がする」
ピアノ、入る。
C「豊三郎は坐ったまま手を延して障子を明けた。すると、つい鼻の先で植木屋がせっせと梧桐の枝をおろしている。可なり大きく延びた奴を、惜気もなく股の根から」
全員「ごしごし」
C「引いては、下へ落して行く内に、切口の白い所が目立つくらい夥しくなった。同時に空しい空が遠くから窓にあつまるように広く見え出した」
B「見え出した」
C「豊三郎は机に頬杖を突いて、何気なく、梧桐の上を高く離れた秋晴を眺めていた」
A「豊三郎が眼を梧桐から空へ移した時は、急に大きな心持がした。その大きな心持が、しばらくして落ちついて来るうちに、懐かしい故郷の記憶が、点を打ったように、その一角にあらわれた。点は遥かの向にあるけれども、机の上に乗せたほど明らかに見えた」
B「見えた」
ピアノ、終わり。
C「山の裾に大きな藁葺があって、村から二町ほど上ると、路は自分の門の前で尽きている」
B「尽きている」
D「門を這入る馬がある。鞍の横に一叢の菊を結いつけて、鈴を鳴らして、白壁の中へ隠れてしまった」
A「隠れてしまった」
B「日は高く屋の棟を照らしている。後の山を、こんもり隠す松の幹がことごとく光って見える」
C「見える」
A「茸の時節である」
D「豊三郎は」
B「豊三郎は机の上で今採ったばかりの茸の香を嗅いだ。そうして」
全員「豊、豊」
B「という母の声を聞いた。その声が」
D「その声が」
A「その声が」
C「その声が非常に遠くにある。それで手に取るように明らかに聞える。母は五年前に死んでしまった」
ピアノ、入る。
D、椅子を抱いてうずくまる。
Dのまわりをほかの三人がゆっくり回りはじめる。
D「(ピアノに反応しつつ)豊三郎はふと驚いて、わが眼を動かした。すると先刻見た梧桐の先がまた眸に映った。延びようとする枝が、一所で伐り詰められているので、股の根は、瘤で埋まって、見悪いほど窮屈に力が入っている。豊三郎はまた急に、机の前に押しつけられたような気がした。梧桐を隔てて、垣根の外を見下すと、汚ない長屋が三四軒ある。綿の出た蒲団が遠慮なく秋の日に照りつけられている。傍に五十余りの婆さんが立って、梧桐の先を見ていた」
D、立ちあがり、椅子から離れる。
AとB、椅子に背中合わせに座る。
その周りをDとCが、AとBの顔をのぞきこむように見ながらゆっくりと回る。
A・B「(同時に、しかし不揃いに、それぞれがピアノに反応しつつ)ところどころ縞の消えかかった着物の上に、細帯を一筋巻いたなりで、乏しい髪を、大きな櫛のまわりに巻きつけて、茫然(ぼんやり)と、枝を透(す)かした梧桐の頂辺を見たまま立っている。豊三郎は婆さんの顔を見た。その顔は蒼くむくんでいる。婆さんは腫れぼったい瞼の奥から細い眼を出して、眩しそうに豊三郎を見上げた。豊三郎は急に自分の眼を机の上に落した」
全員、首をうなだれて静止。
Cだけが顔をあげ、
C「三日目に豊三郎は花屋へ行って菊を買って来た。国の庭に咲くようなのをと思って、探して見たが見当らないので、やむをえず花屋のあてがったのを、そのまま三本ほど藁で括って貰って、徳利のような花瓶へ活けた。行李の底から、帆足万里の書いた小さい軸を出して、壁へ掛けた」
C、うなだれる。
ピアノ、入る。
A、顔をあげ、
A「これは先年帰省した時、装飾用のためにわざわざ持って来たものである。それから豊三郎は座蒲団の上へ坐って、しばらく軸と花を眺めていた。その時窓の前の長屋の方で、豊々と云う声がした。その声が調子と云い、音色といい、優しい故郷の母に少しも違わない
A、うなだれる。
B、顔をあげ、
B「豊三郎はたちまち窓の障子をがらりと開けた。すると昨日見た蒼ぶくれの婆さんが、落ちかかる秋の日を額に受けて、十二三になる鼻垂小僧を手招きしていた。がらりと云う音がすると同時に、婆さんは例のむくんだ眼を翻えして下から豊三郎を見上げた」
D「見上げた(何度もくりかえし。ときどき「がらり」を入れる)」
C「見上げた(何度も。ときどき「がらり」を入れる)」
A「見上げた(何度も)」
B「見上げた(何度も)」
くりかえしながら、次第に声が小さくささやきになる。
同時に全員が椅子に近づいていき、最後は折り重なるようにひとかたまりになって「死体」になる。
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