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----- Urban Cruising #24 -----
「ラジオ局」 水城雄
年明けのラジオ局は、さすがにガランとしていた。
「おめでとうございます」
と、受付けの女の子に挨拶される。総務で出てきているのは、この子だけらしい。
ビルの窓からは、北陸特有の重い雪が降りつづけているのが見える。
コピーマシンもまだ動いていなかった。
まさか年が明けてから一度も動いていないということはないのだろうが、スイッチをいれてからコピーできるようになるまで、しばらく待たなければならない。
「これ、悪いけど、やっといてくれないかなあ。三部ずつね」
ぼくは受付の女の子に原稿を渡すと、フロアの奥にむかった。
「あけましておめでとうございます」
かつて総務にいて、いまは放送部のほうに移った女の子が挨拶してくれた。ぼくも同じ言葉を返す。
そういえば、この子とは長いつきあいだ。ぼくがこのラジオ局に出入りしはじめた時分からいるわけだから、もう五年、いや六年になろうとしているのか。ぼくも若かったけれど、この子も若かった。いやいや、もう「この子」なんていういいかたは失礼な年齢だ。
「正月から仕事? 大変だね」
とぼくがいうと、
「だれかが出なきゃならないから」
サバサバとこたえる。
フロアの奥には、その女性ばかりではなく、アナウンサーの姿も見えた。髭の濃い、まだ若いアナウンサー。ニュースの下読みに余念がないようだ。
「ホネちゃん、まだ来てないの?」
とぼくは担当ディレクターのことを聞いた。ガリガリにやせているから、ホネちゃん。彼とも長いつきあいだ。去年、結婚してますますやせたのが気になる。おたがい、健康に注意しなければならない年齢にさしかかっている。
「上にいますよ」
「ありがとう」
礼をいって、ぼくはスタジオへと続く階段をのぼっていった。
階段の踊り場から外を見ると、相変わらず重い雪が降りつづけていた。
夕方の生番組はもう終わっているようだった。
スタジオがあるフロアも、ガランと静まりかえっている。
去年はいったばかりの技術の人が、マスタールームでなにか作業している。彼に声をかけてみた。
「おはよう。ホネちゃん、いる?」
「レコード室じゃないですか? あ、あけましておめでとうございます」
こっちはディレクターとは対象的にふっくらしている。その彼が笑うと、ホテイ様のように見えた。
彼がいったとおり、ディレクターはレコード室にいた。ヘッドホンを耳に押しあて、一心不乱にCDを聴いている。ぼくは彼の背中をてのひらでパンとたたいた。
「お、おはよう」
ふりかえり、ヘッドホンをはずしながら、いう。
「選曲、終わった?」
「もうちょい。正月、どうだった?」
「相変わらずの寝正月。どこへ行ってもひどい人だろ? それに店なんかどこもやってないしさ」
「それはいえてる」
今年は彼にとって、所帯を持ってはじめての正月だったはずだ。どのようにすごしたのだろう。そういえば、ぼくが結婚してはじめて迎えた正月は、どうだったんだろうか。
あの頃は京都に住んでいたんだ。カミさんとふたりで、一条寺の神社まで初詣に行ったおぼえがあるなあ。そのあと、スケート場にも行ったっけ。
「ハラちゃん、だいじょうぶかなあ」
窓の外の雪を見ながら、ディレクターは名古屋から汽車でやってくる声優のことを気づかっている。
声優は30分ほど遅れただけで、ラジオ局に無事やってきた。
原稿を渡し、軽く打ち合わせをしてから、スタジオにはいる。もう半年以上もやっている番組だ。スタッフ同士、息は合っている。あとは、その日の原稿、選曲、声優の読みをどうするか、という問題だけだ。
夜の守衛さんが廊下を歩いている。
「遅くまでご苦労さんですね」
と声優が声をかけた。
「なあに、仕事やからね」
収録の終了まぎわ、ディレクターの妻が差し入れを持ってきてくれた。
「まだ休み?」
とぼくはたずねる。
「まだです。来週から」
彼女はこたえ、持ってきたケーキをみんなにくばった。
これも彼女が持ってきたカップに、ポットから熱いコーヒーが注がれた。番組はもう、エンディング・テーマを録音するだけで終わりだ。
「いただきます」
ぼくたちはそれぞれ、ケーキをパクつきはじめた。
話題がディレクターの健康のことになった。
「もうちょっとふとらせないとだめだよ」
とぼくと声優が忠告する。
「努力してるんですけどねえ。ちっとも食べてくれなくて。あたしの料理がまずいのかしら」
などといいながら、彼女は夫のカップに砂糖をいれてやっている。
ティースプーン1杯と、さらに四分の1ばかり。
微妙な匙加減を見ながら、ぼくはいった。
「まあ、ぶくぶくふとるよりはいいけどさ」
スタジオの外はもうまっ暗で、なにも見えない。窓のすぐ外を通過していく雪だけが、白くきらめいている。
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