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----- Jazz Story #6 -----
「Solitary Woman」 水城雄
洗濯ものがまだ干しっぱなしになっていた。
まっ暗な部屋に帰ってきた彼女は、あわててベランダに出て、乾ききった衣類を取りこんだ。
部屋の蛍光灯は明るすぎる。
六畳ひと間。夫と別れ、生まれ故郷から出てきた彼女には、それがせいいっぱいだった。頼れるのは、古い男友だちがひとり。彼のほうも離婚したと聞いていたのに、たずねてみると新しい恋人と暮らしていた。
「とにかく、口をきいてやるから、面接だけでも受けてみろよ」
と、知り合いの会社を紹介してくれた。迷惑顔でもありがたかった。
床にすわりこみ、取りこんだ衣類をたたみながら、昼間のことを思いだしていた。
「ちょっといいですか」
女から突然声をかけられ、思わず答えてしまった。
「なんです?」
「よろしければアンケートに答えてくれませんか。美容に関する簡単なアンケートです。お時間は取らせませんので」
キャッチセールスだろう。話には聞いたことがあった。実際に見るのは初めてだ。
女の年齢はこちらより少しだけ上だろうか。
「すみません、急いでいるので」
これから面接に行こうとしていた。心も身体も冷たく緊張していた。
すると女は、ぱっと手を伸ばすと、こちらの腕をぐっとつかんできたのだ。
「痛いです、放してください」
びっくりして腕をふりほどこうとすると、女はさらにぎゅっと指に力をこめた。
目が合った。その瞬間、女がいった。
「気取ってんじゃないよ」
さっと腕を引き、立ち去った。
しばらく動くことさえできなかった。これが都会というものなのか。
面接会場に着くと、会社の男にいわれた。
「どうかしたんですか。顔色が悪いですよ」
シャツの皺を伸ばしてたたみながら、そんなことを思いだしている。
「採用の場合は、あとで連絡します」
携帯電話にかけてくれるように頼んだ。不採用の場合は、連絡はなし。
私はこれからどうなるのだろう。
ひとりぼっちだ。友だちはいない。仕事もない。明るすぎる蛍光灯を取りかえるお金もない。
明日もまた、この街に向かっていけるのだろうか。
べつに気取ってなんかいない。なにをどうしていいかわからないだけだ。
そのとき、開けたままだったベランダのドアから、音楽が聞こえてきた。
ラジオの音ではない。CDの音でもない。だれかがギターを弾いているのだ。
不思議な音色のギターだった。聞いたこともないメロディ。聞いたこともないサウンド。
近くだ。たぶん、おなじアパートの別の部屋からだろう。
彼女は洗濯物をわきへどけると、立ちあがり、ベランダに立った。
静かで、不思議なギターの音色が、大きな飛行船の影のように彼女を包みこんだ。
ギターの音がやんだ。
ポケットの電話が鳴りはじめた。
お借りいたします。
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