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----- Urban Cruising #23 -----
「タイム・トラベラー」 水城雄
どこまでも続くまっ白な雪原。
樹木の枯れ枝に咲いた雪の花が、冬の陽光の中できらめいている。
その樹木のあいだを縫うようにしてテンテンと続いているのは、野ウサギの足跡だろうか。
年に一度、わたしは時間旅行をする。
大晦日、12月31日の午後11時59分、わたしは時間旅行者となって、自分の過去へとさかのぼるのだ。
いまもわたしは、自分の書斎の椅子にもたれ、手にスコッチのグラスを持って、その時が来るのを待っている。
お気にいりの部屋。
お気にいりの音楽。
お気にいりの飲物。
ゆったりとしたぜいたくな気分の中で、わたしは時間旅行を楽しむための心の準備をしている。
いつのことだろう、はじめて時間旅行を経験したのは。
それは神のおぼしめしだろうか、あるいは神の気まぐれか、ふいにやってきたのだ。数年前の大晦日、いつものように家族と年越し蕎麦を食べながらテレビを見終わり、ひとりのんびりと入浴しているときだった。
気がつくとわたしは、20歳にもどっていた。
20歳のわたしは、寒い風に身をちぢこまらせて、自転車をこいでいた。見おぼえのある街だった。当然だ。そこはわたしが20歳のとき住んでいた街なのだから。
わたしはこごえそうになりながらも、懸命に自転車をこいでいた。寒くてしようがないというのに、なぜか幸せな気分だった。手は冷たくかじかんでいたが、首に巻いたマフラーが暖かい。そうなのだ。このマフラーは、きみが編んでくれたものだ。クリスマスにきみがプレゼントしてくれたものだ。
横断歩道にさしかかると、ちょうど信号が赤から青に変わった。わたしはとても幸せな気分だった。そうだ。これから君に会いに行こうとしているんだ、わたしは。
そんなことがあったのを、数年前の大晦日まですっかり忘れてしまっていた。
それが最初の時間旅行の経験だ。
それ以来、毎年わたしは、いろいろな時間に旅行してきたものだ。
今年はどこに行くことができるのだろうか。
年に一度の時間旅行者となって以来、わたしは自分のさまざまな時代、年齢に旅行してきた。
あるときはまだほんの五歳の自分へと旅した。五歳のわたしは、いまはもういない父親の膝にまたがって遊んでもらっていた。父親はまだ若く、いまのわたしとほぼ同じ年齢のたくましい男だった。父親はわたしに顔をこすりつけ、ごわごわした髭でわたしを痛がらせて喜んでいた。
またあるときは、中学時代のわたしへと旅した。高校受験が間近にせまっていたわたしは、机にかじりついて英単語を暗記しようとしていた。わたしの背後にはストーブがあたたかく燃えており、わたしは必死になって睡魔とたたかっていた。部屋のドアがひらき、母親が夜食を持ってはいってきた。夜食のラーメンには、わたしの好きなもやしがたっぷり乗っかり、スープからはいい匂いの湯気が立ちのぼっていた。
またあるときは、ほんの数日前のわたしへと旅したものだ。
わたしはぬくぬくと布団にくるまり、目ざめようとしていた。妻がわたしの身体を揺すり、なにごとかをしきりに話しかけている。わたしはそれを聞くともなく聞いている。妻はわたしに、早く起きないと会社に遅れるわよ、といっているのだ。そのほかに、息子が昨日幼稚園でしでかしたいたずらの報告もしている。わたしは聞いているのだが、そのことは数日たつとすっかり忘れてしまうのだ。
さて、今年はどこへ行くことができるのだろうか。どの年齢、どの時代へと旅することができるのだろうか。
期待に胸をふくらませながら、わたしはスコッチをちびちびすすり、その時が来るのを待っている。
時計の長針がほとんど真上を指そうとしている。
今年もあと数分で終わりだ。新しい年がはじまろうとしている。しかし、わたしはその前に、時間旅行を経験してくるのだ。
わたしはいま、去年の時間旅行のことをなつかしく思いだしている。
去年の大晦日も、やはりいまと同じように、この書斎で時間旅行を経験したのだった。ただしスコッチではなく、確かブランディを飲んでいた。
気がつくと、わたしはまっ白な雪原に立っていた。雪原にはところどころ、枯れた樹木が立っており、枯れ枝には雪がつもっていた。妙に暖かな光景で、雪原を横ぎる野ウサギの足跡を、わたしはずっと目でたどっていた。
空には雲ひとつなく、冬の太陽がすべてをくっきりと照らしだしていた。ときおり枯れ枝から雪が音もなく落ちるのが見えた。雪が落ちるたびに、風に飛ばされた破片が空中に舞い、キラキラと光を反射している。
その光景に見とれているぼくの横に、だれかが立った。
顔をそちらにむけると、そこにはきみがいた。
やあ、きみか。
なつかしいね。
忘れてはいないよ、この顔は。
わたしの心の奥底で眠っていたなつかしい記憶が、いっきによみがえるのを感じた。そうだ。ここは、学生時代、きみとやってきた冬山だ。ほかにも何人かの仲間がいたんだっけ。みんな、どこに行ったのだろう。もうスキー場に出かけてしまったのかな?
まあ、そんなことはどうでもいい。いまはこうやってきみとふたりきりで、まっ白な雪原をながめていられるのだから。
時計の針が今年の終わりを告げようとしている。
わたしはひとり、わたしがこれまでに歩いてきた道に乾杯しようと、グラスを持ちあげた。その瞬間、いつものように時間旅行がはじまった。
さて、今年はどこに行くことができるのだろう。
この作品も大好きです。
返信削除朗読に使わせて頂きます。ありがとうございます。
とても素敵な夢のある作品でした。
返信削除朗読に使わせていただきました。ありがとうございました。
Spoonというアプリの配信で使用させていただきます。
返信削除配信アプリで使用させていただきました。ありがとうございます。
返信削除沢山の素敵な作品を有り難う御座います。
返信削除youtubeにて朗読作品としてお借りいたします。
SHOWROOMの朗読配信にて、朗読させていただきました。
返信削除素敵な作品をありがとうございます(他に2作品も朗読させていただきました)。
リスナー様からも大変好評で、これからも水城様の作品が末永く読み継がれますように、お祈り申し上げます。
お世話になります。以前、『朗読者』と『祈る人』をお借りしました、陸奥と申します。
返信削除僭越ながら、こちらの作品を朗読させていただきました。
今回も、素敵な作品をありがとうございました。
https://hear.jp/sounds/b3P7xg
お借りします
返信削除配信アプリにてお借りいたします。
返信削除お借りします
返信削除ネットラジオでお借りしました。
返信削除ありがとうございました。
配信アプリで使わせて頂きました
返信削除配信で使用させていただきます
返信削除YouTubeの配信にて使用させていただきます。
返信削除とてもすてきな作品をありがとうございます。
とても感動致しました。
返信削除youtubeで朗読させて頂きたいと思います。
素敵な作品をありがとうございます!
いつもありがとうございます。今回もspoonで使わせていただきます。
返信削除使わせて頂きました
返信削除https://www.youtube.com/watch?v=KKeGVPWr-Bo
お借りします。
返信削除配信にて使用させていただきます
返信削除ありがとうございます。
朗読に使用させていただきます。素敵なお話ありがとうございます!
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