----- Jazz Story #19 -----
「リサ」 水城雄
直線に出て見通しがよくなったのを見計らって、リサはギアをひとつシフトダウンした。
踏みこむと、アクセルは軽く吹きあがっていく。
ハンドルを切り、のろのろ走りのピックアップトラックを右にかわしながら、さらにアクセルを踏みこむ。
シートに背中が食いこむ加速感が、心地いい。
トラックの荷台には魚網が山のように積んであった。さっきからそのにおいにちょっとへきえきしていたのだ。
追い抜くとき、運転席を見ると、40がらみの浅黒く日に焼けた男がこちらに視線を向けた。怒ったように唇をへの字に結んでいる。いかにも漁師らしくがっちりしている。
これから仕事だろうか。
リサは一瞬、ケビンのことを思い出した。いまごろ、あたしを探しているだろうか。化粧台にリップで書きつけた伝言は、読んだだろうか。
トラックを追いこすと、風が気持ちよくなった。
ギアをトップに入れなおす。コトリとギアが気持ちよくおさまった。車の調子がいい証拠だ。
70年代製のこのオープンカーは、色が気に入って買ったのに、機嫌を取るのが難しくて、ときどきリサの手には負えなくなるのが困りものだ。
しかし、今日は違う。
右手には海。左手も海。前はキーウェスト。
そして、上は空。貿易風に乗った真っ白なコットンクラウズが、ぽんぽんと横切っていく。
いい気持ち。あごをあげ、髪をなびかせてそう思ったとき、ボン!
不快な音が車の後ろから聞こえて、ハンドルが取られた。
パンクだ。
点検したばかりなのに、なんてことだろう。
追いこしたばかりのピックアップトラックは、無表情な顔つきのまま、通りすぎてしまった。
リサはため息をつきながら車を降り、パンクしたタイヤを点検してみた。
右の後輪。前輪でなくてよかった。
ともかく、事故にはならずにすんだ。そしてスペアタイヤはトランクルームに入っている。
しかし、問題がひとつ。リサはタイヤ交換が自分でできないのだ。何度かやってみようとしたことはある。しかし、8角形の内角の和を求められないのと同様、彼女の手には負えない問題なのだ。
彼女は車の横に立ち、手をあげた。
通っている車の数はそう多くない。多くないが、まったくないわけではない。
手をあげている彼女を、ことごとく無視して、車はすべて通りすぎていった。
リサは足を組みかえ、腰をすこしひねって立ってみた。
胸をそらして、あごをあげてみる。
手をあげる。
大型のトレーラーがクラクションを鳴らしながら、轟音とともに通りすぎていった。
彼女は運転手たちの気を引くことをあきらめた。
スタンドまでどのくらいあったっけ? 2キロ、3キロ? たいした距離ではなかったと思う。いや、そう思いたい。
でも、歩く前に一服しよう。一服くらいつけても、ばちはあたらないだろう。
ボンネットに寄りかかり、セーラムに火をつける。
カモメがほとんど目の高さをゆっくりと横切っていった。
海の声が急に耳に入ってきた。
spoonで使わせていただきました。
返信削除ありがとうございました。
お借りします
返信削除気持ちよく車をぶっ飛ばしてる爽快な光景が浮かびました。そこでアクシデントが起き、やはり人生一筋縄ではいかないなぁと思わされました。しかし、決して暗い気持ちにはならず、情景が心にもたらす影響は少なからずあると感じられました。
返信削除ステキな文章をありがとうございます。本日の配信で使わせて頂きます。
お借りします!
返信削除「リサ」をyoutube朗読台本として使用させていただきたいと思います。
返信削除SpoonのCASTで使わせていただきます。ありがとうございます。
返信削除動画の朗読企画(無利益)にて使用させていただきます。ありがとうございます。
返信削除配信アプリでお借りいたします。ありがとうございます。
返信削除stand.fmにて読ませていただきます。
返信削除自身の配信で読ませて頂きました!
返信削除ありがとうございました。
HEARという音声投稿サイトにてお借りします。
返信削除SHOWROOMにて読ませて頂きました。
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