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子どものころの七つの話「三 父と釣りに出かけた話」
作・水城ゆう
子どものころに住んでいた家の前には大河が流れていて、それは堤防でせき止められているのだが、昔のなごりだろう、堤防の外側にも小さな支流や沼のようなものがたくさんあった。
家の近所にも池というか沼というか水たまりのようなものがあって、それは「どんぶ」と呼ばれていた。魚釣りに最適な水場だった。
高校の教員をしていた父は休みの日になると、よく私を連れてどんぶに魚釣りに出かけた。ホンダのカブに乗り、私はうしろの荷台ではなく父の前の股の間にハンドルにしがみつくようにしてまたがって、二人乗りで出かけた。釣り道具はおもちゃのような竹竿と簡単なしかけ。餌はそのへんの畑をほじくってつかまえたミミズ。
どんぶにつくと、ふたりならんでどんぶのふちにしゃがみ、草むらの切れ目から竿を出して釣りをはじめる。釣りといっても、釣れるのはほとんどがちっぽけな鮒《ふな》で、たまにハヤか鯰《まなず》が釣れることもあった。鯰が釣れると大変で、鯰は鰓《えら》のところにトゲみたいなぎざぎざしたものがあって、うっかりすると指を切ったり怪我をする。そして鯰は仕掛けを深く飲みこんでしまう癖があるので、針をはずすのもむずかしい。そういうときは仕掛けをあきらめて糸を切らなければならない。
その日は釣りをはじめてもあたりがまったくなく、数時間がたっても浮きはぴくりとも動かなかった。よく晴れた、暑い日だったように思う。父も私もダレはじめていて、もうそろそろ家に帰ろうかとかんがえていた。
そして実際に帰るために父が腰を浮かしかけたとき、いきなり浮きがシュポッと水中に消えた。父があわてて竿を取り、思いきりしゃくりあげた。
竿がグンとしなり、糸がさらに引きこまれた。
「お、お、えけぇぞ(大きいぞ)!」
父が興奮ぎみに叫び、竿をさらに立てて獲物を引きよせようとした。しかし、まったく獲物はあがってこず、糸を切られないように父はどんぶのへりを、草をばさばさ蹴倒しながら右往左往した。
どのくらいたったろうか、私には数十分にも思えたが、なんとか糸を切られないようにだましすかしのやりとりがあったあと、獲物がようやくこちらに近づいてきた。父がひときわ大きく竿をしゃくりあげると、いきなりどんぶのなかにじゃぶんと踏みこんでいった。水中に両腕を突っこみ、獲物をとらえてザバアッとすくいあげた。
大きな魚が岸へと投げあげられた。見たところ、一メートルはあろうかという鯉だった。しばらくビチビチとはねていたが、すぐにおとなしくなった。
父はその日、いつものように金魚すくいのちっぽけなビニール袋しか持ってきていなかった。それを鯉の口にかぶせ、カブの荷台に鯉をくくりつけて、家路についた。
その巨大鯉はしばらく私の家の小さな池でゆうゆうと泳いでいたが、台風で堤防が決壊してあたり一帯が浸水したとき、流れていっていなくなってしまった。いまごろ、どこでどうしているのだろう。生きていればもう五十歳以上だが、なんとなくまだ生きてそのあたりを仕切っているような気がしている。
お借りします!
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