2010年6月8日火曜日

おんがくでんしゃ

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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #72 -----

  「おんがくでんしゃ」


逆爪できて痛い金色カバン膝に乗せた女短いぱんつに斜めチェックのストッキング太もも太くて膝開いてる両肘締めて両手でケータイ見る男トレンチ着て颯爽と立つ女背を反らし胸突き出して文庫本見てる毛糸の帽子すっぽりかぶった男本読みながらケータイ打ってる目白池袋たくさん乗り換えこんがらがったイヤホンのコードと格闘してるニキビいっぱいある女間隔調整のため停車いたします聴覚標識ぴよぴよぴよ右隣は黒づくめの女布カバーかぶせた文庫本読んでるすり切れた布古い型のiPodよろける白いパンプス膝の裏の青い血管The next station IS Ootsuka午後の外光にてらてらしてる床ゴムのにおい目を閉じる初老のサラリーマン光る胸のバッジバッジは彼の心臓動脈硬化起こしかけてる血管詰まってこんがらがるイヤホンのコード耳に突っ込んだまま寝てる高校生頭グラグラしてる西日暮里背もたれに背付けず前のめりで漫画読む中年男方角間違えて乗った山手線どうせそのままぐるりと回るご注意ください暖房と冷房の中間で迷ってる空調ユラクチョーは有楽町当駅は当面禁煙ですあ全面か左隣の若い男寝言いう

2010年6月7日月曜日

ふとんたたき

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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #72 -----

  「ふとんたたき」


 ベランダの戸をあけたら
 前の家のおばちゃんが物干し場でふとんをたたいていた
 力まかせに腕を振りあげ振りおろし
 ふとんたたきをふとんにたたきつけている

 ガシャンガシャンガシャン
 ガシガシ
 ガシャンガシャンガシャン

 おばちゃんの指はぎしぎしと力をこめて
 ふとんたたきを握りしめている
 ふとんたたきはいまにも折れそうだ
 ふとんたたきを振りあげるおばちゃんの腕はもりもりと力がはいり
 ふとんたたきはいまにもひんまがりそうだ
 振りあげたときにはがしんと屈曲し
 振りおろすときにはびしんと伸張するおばちゃんの腕関節は
 油が切れているのかぎいぎいと耳障りな音を立てる

 ガシャンガシャンガシャン
 ギシギシモリモリギイギイ
 ガシャンガシャンガシャン

 おばちゃんの意志とは関係なく
 あたえられたプログラムにしたがっておばちゃんの腕は動く
 ぼくの腕だってどうだろう
 あたえられたプログラムで動いているのだ

 なにもかんがえずに箸を持つ
 なにもかんがえずに空き缶を投げる
 なにもかんがえずにペンを走らせる
 なにもかんがえずにキーボードをたたく
 なにもかんがえずにきみに触れる

 取りもどすのだ、おばちゃん!
 あたえられたプログラムをゴミ箱にいれ
 自分の腕と身体を取りもどすのだ!
 自分の意志で動く自由な腕と身体を取りもどすのだ!

2010年6月6日日曜日

飛んでいたころ

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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #71 -----

  「飛んでいたころ」

いまはもう飛ぶことはできないけれど
まだかすかに
飛んでいたころの記憶がよみがえる

梅丘二丁目の信号から北にむかってまっすぐ降りてきて
駅前の通りと小田急線の高架をくぐった先にある信号
嵐の桜井くんがよくタクシーをつかまえようとしている交差点
渡って右手に北沢警察、左手に光明養護学校が見える通り
晴れているとぱあっとそらが広くなるあたり

飛んでいたころの眼球の感触
飛んでいたころの皮膚の感触
飛んでいたころの四肢の感触

あのとき
指は翼を引くロープをしっかりと握りしめていた
足先はバランスを取るためのベルトにひっかけていた
身体は体重移動のためにそりかえらせていた

頬が風を切り
ときおり水滴がひたいを打った
眼球の乾燥を防ぐために涙があふれ
遠くの積乱雲がぼやけた
陽に灼けることなど気にもしなかった

いまはもう飛ぶことはできないけれど
飛ぶことを思うことはできた
頬が風を切った
積乱雲を見た
風に揺れる森を飛びこえた
やがて年老いて動けなくなり灰になってしまっても
飛ぶことの思いはまだ駆けめぐっていただろう

2010年6月5日土曜日

身体のなかを蝶が飛ぶ

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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #70 -----

  「身体のなかを蝶が飛ぶ」


 あるいていたら
 蝶がぱちんとひたいにあたった
 どこに行ったのかとふりかえってみたが
 どこにもいない
 おかしいなとおもったら
 ひたいからそのまま私の身体のなかにはいっていた

 あたまのなかにちょうちょがいる
 ひらひら飛びまわっている
 せまいだろうに
 たのしそうに飛びまわっている
 おおきな蝶じゃない
 でも
 どんな色の蝶なのか
 どんな模様の蝶なのか
 私には見るすべがない
 なにしろ
 私のなかにいるのだから

 ちょうちょはあたまから身体のなかへと飛んできた
 口をあけたままにしていたら
 そこから外に出ていってくれたのかな
 とおもったけれど
 もうおそい

 ひらひら
 ひらひら
 蝶が私のなかを飛ぶ
 まるで自分のもののように私の身体のなかを飛ぶ
 まるでだれのものでもない自由な空を飛ぶように
 ひらひら
 ひらひら
 飛んでいる
 ひょっとして
 と私はおもう
 私は私の身体が私のものだとおもっていたけれど
 本当は私の身体は私のものではなくて蝶のものなのかもしれない
 私の身体は私のものではないのかもしれない
 私の身体は自由な空とおなじように
 だれのものでもないのかもしれない
 私はかってに自分の身体の内側と外側を区切って
 内側を自分のものだと思っていたけれど

 私のなかに蝶がいる
 楽しそうに飛んでいる
 そんなに楽しいのかい、きみ?
 じゃあ好きなだけいていいよ
 ずっとそこで遊んでいていいよ
 私も私の身体の内側が自分のものだなんて思うのは
 よすことにしよう

2010年6月4日金曜日

自転車をこぐ

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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #69 -----

  「自転車をこぐ」

自転車をこぐ
きみのもとに向かう
風が前から吹いている

自転車をこぐ
きみのもとから帰る
風が後ろから吹いている

自転車をこぐ
きみのもとに向かう
風が横から吹いている

自転車をこぐ
買物をしてから帰る
風がななめ後ろから吹いている

風はいろいろな方向から吹いてくる
ときには風のない日もある
寒い風
熱い風
いろいろある
自転車をこいでいると
それがわかる

自転車をこぐ
きみのことをかんがえながらこぐ
風が右から吹いている

自転車をこぐ
子どもが陰から飛びだした
あわててブレーキをかけた
子どものお母さんが
ぼくをにらみつけた

自転車をこぐ
きみのことをかんがえていたのに
大事なことをかんがえていたはずだったのに
どんな大事なことだったのか
忘れてしまった

自転車をこぐ
風はいろいろな方角から吹いてくるけれど
とりあえずはそれ以上のことはおこらない
ぼくはきみのことをかんがえながら
自転車をこぐ

自転車をこいでいても
地震は起きないし
(わからないけれど)
洪水にもならない
(わからないけれど)
機関銃の弾も飛んでこないし
(わからないけれど)
爆弾も破裂しない
(わからないけれど)
でも子どもは飛びだしてくる
(わからなかった)

自転車をこぐ
きみのことをかんがえながら
きみのもとに向かう
風が前から吹いている