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----- Jazz Story #5 -----
「Move」 水城雄
だいぶ上流までやってきた。
目的の滝壷はまだあらわれない。
連れてきた息子は、動きも軽く、ひょいひょいと渓流をさかのぼっていく。
ときおり、脚の故障を抱えている私のことを気遣うことも忘れない。
「お父さん、だいじょうぶか?」
「ああ、平気だ」
私は息を切らしながら、虚勢を張る。
中学2年生。背丈はもう追いこされそうだ。時間の問題だ。今年中には抜かれるだろう。体重のほうはまだしばらく心配ないだろうが。
手術のために入院していた妻が、退院し、体調も落ちついてきたので、ひさしぶりにひとり家に残し、息子とふたりでキャンプにやってきた。釣りのためのキャンプだ。狙うはイワナ。できれば尺以上のものをしとめたい。
場所は数年前に私の釣りの師匠から教えてもらった秘密の支流。このあたりの川も、このところの釣りブームにあおられて都会からの釣り客が多くおとずれるようになったが、秘密の支流はめったに人が入ることはない。本流への合流地点が水面下にもぐっていて、発見されにくい支流になっているのだ。
息子が歩みを止めた。
胸までの防水ズボンを着ている。それが岩陰に身をひそめ、竿をそっと突き出す姿は、もういっぱしの釣り師だ。
私も音を立てないように気をつけながら、息子のいる岩陰に近づいていった。
息子は、餌の川虫を何匹か張りつけた笹の葉を、口にくわえている。
目が真剣だ。
のばした竿先をじっと見つめている。私も見つめる。
竿先からは細いテグスが伸びている。テグスの途中に結びつけた鳥の羽が、わずかに見えている。テグスの先は、急流のなかのよどみに消えている。川虫をひっかけた釣り針がその先に伸びているはずだ。
竿先がツンとしなった。
すかさず、息子があわせる。
わが息子ながら、なかなかの反射神経だ。
クンと竿全体がしなり、ついでぴりぴりと震えた。
かかった!
息子はものもいわず、竿を慎重に立て、獲物がやっかいな岩陰にもぐりこんでしまわないようにあやつった。
そう、それでいい。私は背後で手網を用意して、待った。
獲物が姿をあらわした。
25センチくらいだろうか。大物ではない。息子が引きよせたイワナを、私は手網ですくった。
口から針をはずす。
うまい具合に、餌の川虫はまだ針についている。息子のあわせが早かったせいで、イワナは餌を呑みこむひまがなかったのだ。
獲物をビクに入れると、私たちはさらに上流に向かった。
そして、ようやく目的の滝壷にたどりついた。
大きな滝ではない。高さ5メートルほどから青白い水が流れ落ちている。しかし、水量は多く、深い滝壷が青黒く水をたたえている。細かい泡が深みから絶え間なくわきあがってくる。
この奥のどこかに、私たちがねらう大イワナがひそんでいるはずなのだ。
息子と私は背を低くかがめると、滝壷に向かってそろって竿を突き出した。
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