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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #23 -----
「At the Platform」 水城雄
彼女は今日も始発で職場に向かう。
日はまだ昇っていない。まっくらな中、そそくさと身じたくをすませ、アパートの部屋を出る。
始発電車にはもう乗客がかなり乗っている。サラリーマン、OL、徹夜帰りの若者、制服を着たガードマン風の初老男性。
会社から支給された駅の売店の制服を着た、化粧っ気のない中年女。それが彼女だ。
各停に七駅乗って、いつもの駅で降りる。
あまりひとけのないホーム。売店のシャッターは降りている。
しゃがみこんでキーを差しこむ。シャッターを引きあげる。ガラガラという音が線路を渡って上りホームに反射する。その音を断ち切るように急行が通過していく。
商品にかけられた覆いを取り、すでに届いている朝刊の束をならべていく。すぐに中年の男がひとり、経済新聞を一部買っていった。いつもの客だ。
「おはよう」
「ありがとうございます。いってらっしゃい」
交わす言葉は決まっている。それ以外の言葉を交わしたことはない。
ここで働きはじめて四年。それは夫と、そして娘と別れていた年数でもある。娘はまだこの路線で通勤しているはずだ。商品デザインの仕事をあの会社でまだ続けているなら。
ガムをひとつ。30に手が届いているだろうか。OL。
牛乳を一本。その場で飲み干して瓶を返してよこす。やがて定年だろう。初老のサラリーマン。
スポーツドリンクと菓子パンをひとつ。短いデニムスカート。たくさんおピアス。若い女。
昨日発売の週刊誌を二誌と、新刊コミックを一冊。太ったメガネの若い男。
次々と客がやってくる。
各停が停まる。かけこんでくる乗客。ホームがからになる。また客がやってきてたまりはじめる。十分おきの繰り返し。
しだいに乗客の数が増えていく。ピークになるとドアからこぼれそうになりながら押しこまれていく。彼女の売店も忙しさのピークを迎える。そうして波が引くように、ゆっくりと静かになっていく。彼女もほっとひと息つく。
心なしかスピードを落としゆっくりと通過していく急行が目にはいる。
ドアのところにこちらを向いて立っている若い女。目があったような気がする。女はしばらく会っていない自分の娘のような気がした。
向こうにもこちらがわかっただろうか。
彼女の四年間が一瞬に凝縮され、消える。消えて永遠が残る。
一日はまだはじまったばかりだ。
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