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----- Jazz Story #11 -----
「Here's That Rainy Day」 水城雄
そうなんだ、ひとり。
珍しい? そうかな。そうか。そうだな、このところ、ひとりで来ることなんてなかったね。
いつもの。オンザロックで。いや、ダブルじゃなくてシングルで。
今日は静かだね。
そんなことはないだろう。つぶれやしないさ。今日はたまたまだろう。いつも繁盛してるじゃないか。だから、最近はなんとなく来にくくってさ。
もう何年になる、ここ? 10年? すごいじゃないか。やらないの、10周年とか?
ふうん、そりゃマスターらしいや。そのほうがいいかもな。うん、そのほうがいい。
それにしても、今日び、どんなことだって10年も続けるってのは大変なことだ。えらいよ、マスター。おれみたいに、ただ会社にぶらさがって、給料をもらってるだけじゃないもんな、こういう客商売は。
いや、お世辞じゃないって。本気だよ。本気でいってる。
これ、だれ?
ギターデュオ? 最近の? 珍しいじゃない。
なんて読むんだ、これ。ジーン・ベルト……ベルトンチーニ? イタリア系かい? それとジャック・ウイルキンス。
いいじゃない。気にいったよ。おれも買おうかな。
お、ライブなんだ。
こいつらも10年も20年もきちんとギターに向かい合ってやってきたんだろうな。じゃなきゃ、こんな演奏、できないもんな。
男と女だって、10年続けるのは大変なことさ。そう思わないか、マスター?
彼の前には、バーボンのはいったグラスが置かれている。
バーボンはメイカーズマーク。いつもこれを飲んできた。
かかっているのは、「ヒヤズ・ザット・レイニー・デイ」。これも彼の好きな曲だ。この聞きなれないギターデュオの演奏もいい。
静かな演奏の、音がとぎれる合間に、グラスのなかの氷がとける音が聞こえそうな気がする。
彼は上着の内ポケットに煙草をさぐった。
そうだ、ちょうど切らしていたんだ。
と、目の前に、一本振り出した煙草の箱が差し出された。彼が吸っている銘柄だ。マスターが吸っているものとはちがう。
昨日、彼女が来ましてねと、マスターがいった。そういえば、彼女はときどき、もらい煙草をして、一本だけ吸うことがあった。
抜き取り、口にくわえると、マスターがライターで火をつけてくれた。
煙草のかおりは、彼女の思い出を運んでくる。
彼はバーボンの残りをひと息にあおった。
しかたがないさ。もとからわかっていたことじゃないか。おれには妻も子どももいる。いつまでもつづくようなことじゃなかった。2年? 3年? 10年も20年もつづくなんて、彼女も信じていたわけじゃないだろう。
胃を熱くするアルコールの感触。
わずかに甘い煙草のにおい。
静かなギターの音色。
そして、思い出はいつも、苦い。
ツイキャス内で読ませて頂きました。
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