2009年10月27日火曜日

Nearness of You

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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #5 -----

  「Nearness of You」 水城雄


 朝方、バイト先からもどってくると、女は床の上で眠っていた。
 服を着たまま。ゲーム機のコントローラーを握りしめたまま。
 汚れたスニーカーを脱ぎすて、ドアロックをガチャンとかけても、彼女は目をさまさなかった。ゲームの画面がつきっぱなしになっている。
 おい、風邪ひくぞ、と声をかけて、手からコントローラーを取りあげた。わずかに身じろぎしたが、まだ起きない。何時まで起きて待っていたのか。先に寝ていろといつもいっているのに。
 疲れているはずなのに無理をする。夢を追いかけて全力疾走する。それなのに、ひとりで突っ走ればいいのに、こちらを振り返ったりする。気を使うなっての。おれにかまうな。ガンガンやってくれ。
 彼はいま、立ちどまっていた。それはわかっている。あせっちゃいない。いや、嘘だ。ひとり走っている彼女を見ていると、あせりを感じる。彼女の背中がどんどん遠くなるような気がして、あせりが深まる。だからといって、なにをどうすればいいのか、彼にはわからなかった。むやみに過激なヘアスタイルにしてみたりするばかりだ。
 バイトして、日々の生活費を稼いで、たまの記念日に安物のプレゼントをして、それでかつかつせいいっぱい。仕事も、夢も、ふたりの将来のことも、なにもわからない。なにもできない。
 どうにかなるわよ。彼女がいう。そのあとにつづけて、あたしがどうにかするという言葉をのみこんでいる。彼の顔を見て、それから視線をそらす。
 しかし、これだけは確かだ。おれはおまえといっしょにいたい。不幸のどん底に落ちようが、しびれるような栄光をつかもうが、おまえといっしょに味わいたい。おれの勝手な希望だけど。
 彼はゲームをリロードすると、コントローラーを握りなおした。
 かたわらの女は肩をむきだしにして寒そうだが、布団なんかかけてやらない。そのうち起きてきて、彼にうしろから抱きつく。抱きついて甘える。いつもそうだ。それがおれたちだ。

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