(C)2011 by MIZUKI Yuu All rights reserved
Authorized by the author
「繭世界」
指先からつむがれた透明な音が長 私は生まれつつあった。
い尾を引いてからたちの刺にから 同時に死につつあった。
みつき真っ青な空の雲を誘惑する
梅雨が明けたばかりの夏の繭。き 世界は開かれつつあった。
らりと眼のすみを横切るのは塩辛 同時に閉じられつつあった。
蜻蛉か青条揚羽かふと顔を向ける
と自転車がもんどり打って倒れよ 闇に光が射しこみつつあった。
うとしていた繭。幾重にも連なっ 同時に闇に閉ざされつつあった。
ていつまでも打ち寄せてくる波の
向こうに見えるのは外洋航路に向
かうコンテナ船の色とりどりの繭。 我々は時間の軸を直線的に生きる
あなたは眼を閉じ身体を丸め折り わけではない。
曲げた脚を両手で抱えるようにし 時間はからまりあった糸のように
ている。あなたが目覚めているの もつれ行きつ戻りつしている。
か眠っているのかはあなた自身に 昨日は今日であり、今日は昨日で
すらわからない。閉じた眼の奥で もある。
線香のようにイメージが交錯する。 昨日の出来事はまだ起こっていな
濡れたアスファルトの上をどこま いことでもあり、明日の出来事は
でもつづいて伸びる烏の切断され すでに起こっていることでもある。
た首から流れ落ちた赤い繭。これ
は考えているのか、それとも夢見
ているのか、あるいは幻覚なのか。
あなたは自分が何者なのかは知ら
ないが、ここに来る前にいた場所 津波は来たのかもしれないし、ま
のことはぼんやりと思い浮かべる だ来ていないのかもしれない。
ことができる。青い海。青い空。 これから来るのかもしれないし、
打ち寄せる波。海岸線を不規則に すでに来てしまったのかもしれな
区切る岩山の上には沖からの強い い。
風で斜めにかしいで生えている細
長い松の木が何本か見えている。
波打ち際を歩いていたような気が
する。貝殻を拾い集めていたよう
な気がする。巻貝のからっぽの口 からまりあった糸が作る境界で、
を耳に押し当ててみたような気が 死者と生者が交錯する。
する。あなたは海が好きだったよ
うな気がする。しかしあなたが生
まれたのは海の見えない土地で、
いつも四方を山に囲まれたくぼん
だ場所だったような気がする。太 これは幻視なのか、それとも現実
陽は東にそびえる山脈の高い位置 なのか。
から遅くのぼり、西にも連なる山
々の高い場所に早く沈んだ。夏で
も一日は短く、そのくせ風も吹か
ずやたらと暑い土地だった。海の
近くに住んでみて、太陽が出てい すべてが不確実なことをだれもが
る時間が長いにもかかわらずいつ 知っている。
も風が吹いて涼しく、見晴らしが
よいことにおどろいた。空がこん
なに広い場所があるということを
あなは知って驚いた。あなたはこ
の地に住むことを決めたような気
がする。それを後悔してはいない。
あなたは自分が何者でどこから来
たのか、どこへ行こうとしている
のかもわからない。そもそもどこ
かへ行く必要があるのだろうか。
あなたはいつからこの繭のなかに どこかでだれかかが繭をつむいで
いるのかもわからない。だれかに いる。
試されているのか。だれかに観察
されているのか。だれかに飼われ 我々は時間軸の糸によって繭のな
ているのか。そもそも人間なんて かにからみとられていく。
そのようなものでどちらでもかま いまはまだ蛹ですらない未熟で愚
わない。ふいにはっきりした思考 かな存在だ。
があなたの前頭葉に浮かぶ。同時
に、ここへ来る前にあなたが見て
いたことを思い出したような気が 我々愚かな芋虫がこざかしい知恵
する。赤い血で染められたアスフ を振りかざし、あたりをいくばく
ァルトがでたらめなダンスを踊り か汚したところで、繭をつむぐ者
烏の首をはねた電線が喉を病んだ がなにを気にするというのか。
テノール歌手のように歌っていた。
四角い木綿豆腐が腐って爆発し腐
臭をあたりにまき散らしていた。
溶岩のように熱く重い水に巻かれ
ながらあなたはそれを見ていたよ
うな気がする。水は時間そのもの
でありあなたはそれにからめとら
れてこの繭のなかへとやってきた。
もはや生きているのかも死んでい もう眠ろう。
るのかもわからないしそんなこと 眠ってしまおう。
はどちらでもかまわない。ただい
まはもう時間のなか深いどろどろ 暖かな繭の奥深くで、どろどろの
の眠りへともぐり降りていくばか 液体に満たされた蛹になってしま
りだ。あなたのなかからなにか生 おう。
まれてくるかどうかはだれもわか
らないしそこにはもちろんあなた 生まれつつあると同時に、死にゆ
はもういない。 く存在になろう。
(おわり)
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2011年5月31日火曜日
2011年5月29日日曜日
帰り道
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「帰り道」
夜の帰り道
線路脇で星空を見上げるのが癖になった
東京の空は明るくて
星はいくらも数えられない
遠いふるさとの空には数えきれない星がある
電車が通過する音を聴きながら
そんなことを思う
〈地の光は絶え
築けしものも流れた
多くの魂が去り
幾万の涙が流れた〉
月のない夜
春が去っていく夜
かすかな星明かりをさがして
失われたものを思う
それでも風は吹き
波は打ち寄せ
木々は芽吹いて青々と茂る
それでも星は輝き
夜明けはやってくる
それでも人々は生き
涙は笑顔に変わる
朝になれば線路脇では
ヒバリがさえずるし
ハナミズキが咲きかけている
紫陽花さえもうじき咲きそうだ
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「帰り道」
夜の帰り道
線路脇で星空を見上げるのが癖になった
東京の空は明るくて
星はいくらも数えられない
遠いふるさとの空には数えきれない星がある
電車が通過する音を聴きながら
そんなことを思う
〈地の光は絶え
築けしものも流れた
多くの魂が去り
幾万の涙が流れた〉
月のない夜
春が去っていく夜
かすかな星明かりをさがして
失われたものを思う
それでも風は吹き
波は打ち寄せ
木々は芽吹いて青々と茂る
それでも星は輝き
夜明けはやってくる
それでも人々は生き
涙は笑顔に変わる
朝になれば線路脇では
ヒバリがさえずるし
ハナミズキが咲きかけている
紫陽花さえもうじき咲きそうだ
2011年5月22日日曜日
祝祭の歌
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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #78 -----
「祝祭の歌」
その時 きみは見たか
揺れ動くビルを
くずおれる家屋を
うなりをあげる電線を
ひび割れる大地を
波打つ海を
押し寄せる海水を
その時 きみは聞いたか
人々の悲鳴を
破壊の音を
風を切り裂く音を
地割れの響きを
とまどいと
怒りの声を
悲劇の彼岸の
それは祝祭だった
大地の歌と
ことほぎの踊りだった
あらゆる命を呑みこみ
死をもたらし
それでも祝祭として
大地は踊った
なぜならそれは 何万年
何億年とつづく 地のいとなみなのだ
人が築いたほんの数千年の文明
ほんの数百年の構造物
ほんの数十年の技術
大地の踊りの前に
あっけなく崩れさった
浅はかな技術が 大地を汚し
世界に永く闇をもたらす
そんなことすら 大地は気にも止めない
悠久の時のなかで
ゆっくりと激しく わずかずつ大きく
ただ踊りつづけてきた
私たちが見るのは 神の罰ではない
私たちが聴くのは 大地の怒りではない
私たちが見るのは ことほぎの踊り
私たちが聴くのは 祝祭の歌
私たちも また
よろこびながら
嘆きながら
怒りながら
悲しみながら
ことほぎの踊りをおどり
祝祭の歌をうたおう
大地とともにあることを
悠久の時の流れのなかで
祝おう
Authorized by the author
----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #78 -----
「祝祭の歌」
その時 きみは見たか
揺れ動くビルを
くずおれる家屋を
うなりをあげる電線を
ひび割れる大地を
波打つ海を
押し寄せる海水を
その時 きみは聞いたか
人々の悲鳴を
破壊の音を
風を切り裂く音を
地割れの響きを
とまどいと
怒りの声を
悲劇の彼岸の
それは祝祭だった
大地の歌と
ことほぎの踊りだった
あらゆる命を呑みこみ
死をもたらし
それでも祝祭として
大地は踊った
なぜならそれは 何万年
何億年とつづく 地のいとなみなのだ
人が築いたほんの数千年の文明
ほんの数百年の構造物
ほんの数十年の技術
大地の踊りの前に
あっけなく崩れさった
浅はかな技術が 大地を汚し
世界に永く闇をもたらす
そんなことすら 大地は気にも止めない
悠久の時のなかで
ゆっくりと激しく わずかずつ大きく
ただ踊りつづけてきた
私たちが見るのは 神の罰ではない
私たちが聴くのは 大地の怒りではない
私たちが見るのは ことほぎの踊り
私たちが聴くのは 祝祭の歌
私たちも また
よろこびながら
嘆きながら
怒りながら
悲しみながら
ことほぎの踊りをおどり
祝祭の歌をうたおう
大地とともにあることを
悠久の時の流れのなかで
祝おう